第25話 空飛ぶ教師

 上空高くに飛び上がったラドバウトが、一挙に拳を振り下ろす。


「ここにたりて集え! 暴風テンペスト!」


 下ろされた拳から放たれた魔力が弾丸となって地面にぶつかる。次の瞬間にはそこから暴風が竜巻のように巻き起こり、上を見上げていた生徒たちを襲った。


「うわ――!!」

「く……っ!!」


 何人もの冒険者が顔を覆っているそこに、なおもラドバウトの魔法が牙を剥く。炎矢フレイムアロー氷矢アイスニードル風矢ウインドアロー石矢ストーンアロー。いずれも第一位階の魔法ながら、上空から降り注ぐように放たれれば十分に脅威だ。

 「獣の守り手カストーデベスティア」の重装兵ガード、チェルソ・マッツォーネが剣を握りながら、悔しげに上空を睨んで言う。


「卑怯ですよ先生! 上空に逃げられて魔法を撃たれたら、攻撃できないじゃないですか!」

弓使いアーチャー付与術士エンチャンター、先生の動きを止めろ! そこを魔法使いソーサラーの魔法で墜とせ!」


 指示を飛ばすのはタツィオだ。付与術士エンチャンターである彼とサルヴァトーレには、視野を広く持って戦場を把握する能力が求められる。こうして他の冒険者に指示を飛ばすのも、必要なスキルの一つだ。

 それはそれとして、卑怯との言葉。眉間にシワを寄せながらラドバウトが返す。


「何が卑怯か! 世の中の魔物など姿を隠して魔法を放ってくる者も多いんじゃぞ、姿を隠さずいるだけ有り難いと思え!」


 そう言いながら、なおもラドバウトは魔法を放つ。今度は炎魔法第三位階、炎波フレイムウェーブ。広範囲に広がる炎を追いかけるように、ラドバウトが一気に高度を下げる。


「空を飛ぶ魔物を相手取る方法は昨日の授業で教えたじゃろう! まず矢や第一位階の魔法で行動を制限する、距離を取られたら冷静に狙いすまして攻撃する。降りてきたところを――」


 放った炎を目くらましに使いながら、見る見るうちにラドバウトが冒険者達に接近した。背に負っていた杖を引き抜き、振るう。


「叩く!」

「く……!」


 炎を突き破るように現れたラドバウトに、即座に反応したのは戦士ウォリアーのエンツォだ。振るわれる杖をいなすように剣の腹をぶつける。そのスキにセコンダが横から飛び出すが、不意に彼女の眼前に小さな丸い魔力の盾が現れた。


「ほれ、防護盾シールド

「あっ!?」


 結界魔法第一位階、防護盾シールドだ。人間一人をカバーできればせいぜいという結界を、盾のように発生させる初級の結界魔法だが、障害物としても機能する。事実、セコンダは結界にぶつかって動きを阻まれ、その間にエンツォの剣をかわしたラドバウトが再び空中に舞い上がった。


「ほーれ、どうじゃ」

「くっ、また……!」

弓使いアーチャー魔法使いソーサラー! 先生がさっき話したようにやるぞ!」


 生徒達を嘲笑うように上空へと逃げたラドバウトに、魔法使いソーサラーが第一位階の魔法を重複詠唱し、連射性能を持たせて放つ。飛び舞う魔法の間を、ひらりひらりとかわしながら飛び回るラドバウトは、再び魔法戦闘を開始した。

 それをじっと見ていたピエルパオロが、驚きに目を見開いている。


「あいつ……」


 ラドバウトの動きを見上げながら、ピエルパオロが声を漏らした。先程までと打って変わって、ラドバウトが地上と空中を行ったり来たりし始めたのだ。

 魔法を放っている魔法使いソーサラーを急襲して杖で打ったと思えばまた飛び上がり、しばらく魔法を撃ったら今度は魔法を放ちながら弓使いアーチャーへと飛びかかる。戦士ウォリアー斥候スカウトが武器を振る頃には、もういない。

 完全にきりきり舞いさせられている冒険者たちを見ながら、ピエルパオロの隣りに座ったフレイクが、胸を張って言った。


「あれがどらごひゅーまんの、『空飛そらと重装兵ガード』とよばれるたたかいかたですよ、よろいのすごいひと」

「空飛ぶ……重装兵ガード?」


 フレイクの言葉を繰り返しながら、ピエルパオロが首を傾げる。ラドバウトはどちらかといえば魔法使いソーサラー寄りの戦い方を得意とするはずだ。それが重装兵ガードとは。

 見れば、今度はエンツォとサルヴァトーレの間に割って入っていた。エンツォの頭上から杖を振り下ろすラドバウトが、そのままの流れでサルヴァトーレに杖の石突で一撃を加える。


「ほれ、次はここじゃ」

「あっ!?」

「サルヴァトーレ、避けろ! そこにいたら当たる!」


 よろめくサルヴァトーレだが、そこに立ってはいられない。既にエンツォが剣を振るっているが、ラドバウトは地を蹴った後だ。このままでは刃が届く。

 今は双方ともに対して攻撃の動作だ。それが同じ動作を、片方を守るために行えばどうなるか。フレイクが言葉を続ける。


「そらをとんで、うえからこうげきできるだけではない。なかまのまえにおりたって、そのかたいうろこでまもること。どらごひゅーまんにはそれができます」


 フレイクが話せば、ピエルパオロが再び前方に目を向ける。そこでは、なおも翻弄を続けるラドバウトが、飛び上がり際にアントニーナの顎を打ち据えていた。昏倒するアントニーナが、まず最初に脱落だ。


「そうか……翼があるからあらゆる位置の味方を守れる。前衛だけではない……後衛も。そういうことか」

「はい。せんせいはまほうをつかえるから、うえからのこうげきができます。そのぶん、まもりはうすいけれど……」


 ピエルパオロの言葉に頷いたフレイクが、上空から再び魔法を放つラドバウトに目を向けて言う。

 確かに彼は魔法を得手とする。自前の鱗はあれど防御としてはそれなりだ。だが、魔法を使えない代わりに盤石の守りを敷けるピエルパオロなら、もっと効率よく立ち回れる。

 そう言いたげに、フレイクがピエルパオロに目を向けて笑った。


「よろいのすごいひとなら、どんなこうげきでも、へっちゃらですよね?」

「……買いかぶりすぎだ、獣人ファーヒューマン


 憮然としながらも、フレイクの言葉を否定はしないピエルパオロだ。自分のステータスも、守る技術も、自分が一番理解している。

 ラドバウトが戦い方も示してくれた。後は、自分が応える番だ。

 眼前ではなおも攻防が続いていたが、冒険者たちの劣勢は目に見えて明らかだ。既にセコンダと、「インゴイアーレ」の弓使いアーチャー、フェデリコ・アンドレーニが戦闘不能。残りの冒険者たちも疲労の色が濃い。

 疲弊すれば当然、回避の動きが鈍る。またも、急速に接近したラドバウトの風矢ウインドアローが、クリスティーナの眉間に迫っていた。


風矢ウインドアロー!」

「わ……!」

「クリスティーナ!」


 額に突風が炸裂し、クリスティーナが地面に倒れ込む。これで、四人目。


「また一人脱落。さぁ生徒たち、わしをどのように止めてみせる!」

「くそっ……!」

魔法使いソーサラー、多方面から第一位階を連射するんだ! 先生の行動範囲を狭めろ!」


 タツィオの声にも焦りが見える。サルヴァトーレも補佐しているが、顔色には余裕がない。これが本番なら、確実に撤退を考える頃だ。

 3パーティーとはいえ、たったの十数分でこの有様である。老いて、力も衰えたとはいえ魔王軍に38年籍を置き続けてきたラドバウトなのだ。本気を出せば、否、本気を出さずともこれだけのことは容易いわけである。


「まったく……生徒相手なんだ、ちょっとは容赦すればいいものを」


 ピエルパオロがため息を零しながら言うと、隣でフレイクが真剣な顔をしながら言った。


「ちがうんですよ」

「なに?」


 声をかけられ、そちらを見たピエルパオロは目を見開いた。いつもニコニコ笑っているはずのフレイクが、存外に真剣な顔をしている。

 口元に指を当てながら、フレイクが静かな声で言った。


「ほんばんだったら、まものはもっとようしゃなく『ころし』にきます。まほうもつよいものを、どんどんつかってきます。なんなら、まものせんようの・・・・・・・・まほうもつかいます」

「あっ……」


 その言葉を聞いて、ピエルパオロがハッとした。そう、ラドバウトが今使っている魔法は人間の使う魔法と同じもの。魔物特有の・・・・・咆哮や翼の動きで発動させる魔法は、一度も使っていない。

 強力な魔物と相対する時に脅威になるのが、これらの無詠唱の魔法だ。詠唱という時間のかかる動作を排し、咆哮や羽ばたきなどの自然な動作が高位の魔法と同じ効果をもたらす。

 だから重装兵ガードは特に、いつどこから魔法が飛んでくるかを警戒して動かなくてはならないのだ。それがないだけ、まだ優しいということだろう。


「……無詠唱で魔法を使わないだけ、まだあいつは手加減しているか」

「そういうことですよ」


 ピエルパオロがため息をつきながら言えば、フレイクがこくりと頷いた。その視線の先では、ラドバウトに至近距離から暴風テンペストを使われ、吹き飛ばされたブルネッラが木の幹に身体を打ち付けて崩れ落ちる。


「ぐ……!」

「ブルネッラ!」

「これで五人目。さあ、まだまだいくぞい!」


 戦線が半壊してもなお、ラドバウトは攻めの手を緩めない。冒険者たちが11人全員、戦闘不能になるまで時間はさほどかからなかった。

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魔王の元側近、弱小国で教職に就く 八百十三 @HarutoK

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