第22話 静かな見学

 翌朝。バルザッリ冒険者学校の校庭には、先日と同じように生徒である冒険者が整列していた。今日も、11人である。


「おはよう、諸君」

「おはようございます!」


 ラドバウトが朝の挨拶をした後に、フレイクが元気に手を挙げる。その声に続いて、11人の冒険者たちが揃って声を上げた。


「おはようございます、先生!」


 挨拶を返してきた冒険者たちをぐるりと見て、フレイクが小さく首を傾げる。


「せんせい、よろいのすごいひと、きょうもいないですね?」

「そうじゃのう。じゃが……む」


 ラドバウトも少し寂しそうな表情をしたが、ふと。冒険者たちの向こう、校門のあたりに視線を止めながら目を見開いた。

 いつもと様子の違うラドバウトに、目を見開いて口を開くのはセコンダだ。


「先生? なにか……」

「いや……そうじゃな」


 セコンダの不思議そうな言葉に、わずかに目を伏せるラドバウトだ。そして彼女から視線を外し、その隣のサルヴァトーレに声をかけた。


「サルヴァトーレ」

「はい」


 呼びかけられたサルヴァトーレが返事をすると、ラドバウトはゆるく右腕を前方に伸ばした。校門の柱を示しながら言う。


「あそこの門の影に、ピエルパオロが来ておる。『そんなところに隠れていないで、もっと堂々と見学しなさい』と伝えてくれんか」

「えっ」


 ラドバウトの言葉にサルヴァトーレが思わず振り返り、校門の方を見る。すると校門の影に隠れていたであろう人物がさっと柱の影に引っ込んだ。だが、その拍子に金属の擦れる音がする。鎧を着た人物であることは明白だ。

 サルヴァトーレがそちらに向かってしばし、彼はピエルパオロを連れて校庭に戻ってきた。サルヴァトーレ自身も何とも言えず、ばつの悪そうな顔をしている。ピエルパオロはいつものように頭をすべて覆う兜をかぶり、フルプレートアーマーを身に着けているゆえに表情を窺い知ることは出来ないが、纏う空気が明らかにトゲトゲしていた。

 彼に目を向けつつ苦笑したラドバウトだが、すぐに気を取り直して両手を叩いた。ピエルパオロ一人にかまけて、授業を遅らせるわけにはいかない。


「よし。それでは今日も授業を始めるぞ。まずは昨日に引き続き、畑の草むしりからじゃ」


 まずは毎朝行う畑の手入れだ。11人の冒険者たちに一斉に、畑の草むしりと腐葉土のすき込みをさせる。まだ小麦の種を撒くには土壌が整っていない。種撒きはもう少し後だ。

 そこそこの広さがある畑とは言え、11人が同時に作業をすれば程なくして仕事は終わる。1時間も経てば、畑はすっかり整った地面になっていた。

 ちらり、と後方に目を向ける。視線の先の木陰にはピエルパオロが座っていて、ラドバウトの一挙手一投足をじっと見ているが、何と言えばいいのだろう、驚いているのがありありと分かる雰囲気だ。


「先生、終わりました!」

「腐葉土のすき込みも出来ました!」


 冒険者たちが声を上げつつ鋤や鍬を持ち上げると、嬉しそうにうなずいたラドバウトがぽんと手を打った。


「うむうむ、順調じゃな。それでは次の授業に入る前に、10分休憩じゃ」


 そう言いつつ、校舎横の倉庫に指を向ける。そこに農具をしまっているのだ。

 冒険者たちが我先に倉庫へと向かう中、ラドバウトはおもむろに木陰のピエルパオロの方へと歩み寄った。


「どうじゃな、ピエルパオロ」


 彼の隣にそっと腰を下ろしながら笑みを見せると、わずかに身をずらしながらピエルパオロが問いを投げてきた。


「お前は……何を考えている? こんなことをして、鬼哭王を倒せるとでも?」


 その声色には、明らかな困惑の色が見て取れた。憎しみとか、怒りとか、そういうものよりも「どうしてこんなことをさせているのか」という疑問が先行しているようだ。

 いい反応だ。ピエルパオロに眉尻を下げつつ笑えば、ラドバウトは静かに答える。


「すぐに倒せるとは思っておらんよ。だが、ホッジ公国の冒険者には、とにかく基礎体力が足りん。過酷な冒険に耐えうるだけの基礎体力がのう」


 彼の発言に、ピエルパオロが兜のバイザーから覗く目を大きく見開く。

 確かに、冒険者にとって基礎体力は何に置いても重要だ。HP体力の高低に関わらない、言ってしまえばスタミナとも呼べるそれを疎かにしていては、魔物から逃げる時に置いていかれてしまって餌食になってしまう。

 だからこそ、魔法使いソーサラーだろうと付与術士エンチャンターだろうと、一定の基礎体力は求められる。ホッジ公国の冒険者たちも全く足りないというわけではないが、これから魔王城に攻め入ろうと言うなら、もっと基礎体力が必要だ。


「これを養い、的確に体力を使えるようになれば、ますます強くなれるじゃろう」


 それだけではない。その鍛えた体力を如何にして使うか、どう使えばより効率よく戦えて、冒険できるようになるか。ラドバウトはそこまで考えていた。名伯楽と名高い彼の思慮深さに、ピエルパオロは言葉を失っている。

 そんな彼へと、微笑みを向けながらラドバウトが声をかけた。


「どうじゃ、ピエルパオロ。お主は自分が、適切に体力を使えていると思うかの?」

「それは……」


 問われて、言葉に詰まるピエルパオロだ。彼も冒険者として経験は多く積んでいる。実体験としてどう動けば、どこで力を使えばより長く冒険できるかは知っている。

 しかし、それはあくまでも経験則でしか無い。ラドバウトのように、理論立てて考えてきたものではないのだ。

 視線を逸らすピエルパオロへと、ラドバウトがうなずきながら言う。


「そうじゃろう。あまり考えてこなかった、というのが正直なところじゃろうな。わしもいろんな冒険者をこれまで見てきたが、そうした基礎体力の部分を培ってきた冒険者は多くなかった」


 しみじみとそう話しながら、何度もうなずくラドバウトだ。その語り口調は町によくいる老人のそれと大差がないが、そこにいるのはかつて魔王軍にこの人ありと称えられた、若者を育て上げる力にかけては抜きん出た教師である。

 魔物にしろ、人間にしろ。ラドバウト・ドラゴネッティの持ち得る知識と理論がどれほどに冒険者にとって有用なものか。ピエルパオロは肌で感じ取っていた。そんな彼へと、目を細めながらラドバウトが優しく告げる。


「魔物を倒し、殺すだけが冒険者の腕前ではないんじゃよ、ピエルパオロ」


 そう言いつつ彼は立ち上がった。もうすぐ休憩が終わる時間だ。パンパンと両手を叩きながらラドバウトが声を張る。


「さて、休憩は終わりじゃぞ皆の衆! 次は魔法を使っての2対2での模擬戦闘じゃ! 全員、校庭に集合するように!」


 先程までの柔らかな雰囲気から一変、すぐさまに厳しい教師の顔になるラドバウト。生徒である冒険者たちも、すぐに彼の前へと集まっていく。


「……」


 その様を、ピエルパオロはぽかんと口を開いたままで見ていた。

 その優しさ。厳しさ。引き締めるところは引き締めて緩めるところは全力で緩める手綱の引き方。教える内容とカリキュラムの筋道だった内容。

 これは、自分が思っていた以上にためになることなのではないか、とピエルパオロは内心で感じていた。

 そうこうする間にも、「インゴイアーレ」の戦士ウォリアーのエンツォ・ブラスキと弓使いアーチャーのクリスティーナ・フラゴメーニ、「獣の守り人カストーデベスティア」の斥候スカウトのアントニーナ・ランツィ、そしてセコンダが手を挙げる。この4人は魔法を使うことが出来ない面々だ。


「先生! 俺たちは魔法を使えないですけれど、どうすればいいですか!」

「そうじゃな、魔法を使えない面々は武器を用いての戦闘を行う。ただし闇雲に武器を振るうのではない、魔法を使う面々との連携を心がけるんじゃ。よいな?」


 そう話しながら、ラドバウトは冒険者を二人ずつの組へと分けていく。ピエルパオロがいないから11人だが、空いた枠にはフレイクが入れば問題ない。

 すぐに6つのグループが出来上がって、まず最初に模擬戦闘を行う2グループがそれぞれが準備を済ませ武器や杖を構えた。間に立ちながらラドバウトが手を掲げる。


「よし、では各々、第二位階を重複詠唱なし、詠唱省略なしで使用して戦うんじゃ。攻撃だけじゃない、補助魔法も有効に使うように!」

「はいっ!」


 きっちりと使う魔法にも指定を入れてくるラドバウト。その言葉に見学していたピエルパオロがますます目を見開く。

 第二位階の魔法に限定されたら、大概の冒険者は思うように戦えないだろう。強化も難しく、魔法でダメージを与えるにしても限界がある。だが、これで的確に動くことができれば、戦闘の経験値は飛躍的に上がるはずだ。

 そして、校庭の隅に下がったラドバウトが手を振り下ろして声を張り上げる。


「よいな? では……はじめっ!」


 その言葉に、4人の冒険者が一斉に動き出す。ここから、多数の冒険者がぶつかり合っては相手を変えての模擬戦が、延々と続くのであった。

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