第20話 欠員

 翌朝、8時。

 公立バルザッリ冒険者学校の校庭に立つラドバウトの前には、昨日に合格を言い渡された「石の投手ランチャトーレピエトレ」、「獣の守り人カストーデベスティア」、「インゴイアーレ」の三つのパーティーの面々が立っていた。


「おはようございます!」


 元気よく、まずフレイクが挨拶をする。それを見て満足そうにうなずきながら、ラドバウトが続けて挨拶をした。


「おはよう、諸君」


 ラドバウトが挨拶を冒険者たちに向けると、彼らも姿勢を正しながら声を張った。


「「おはようございます!」」


 総勢12人、はっきりと返事を返してくる。それを受けて嬉しそうに頷きながら、ラドバウトが自分の顎髭をなでた。


「うむうむ、いい返事じゃ。全員揃って……んん?」


 だが、ふと気づく。12人いると思っていたが、目の前の冒険者の数には違和感があった。4人横に並んで、その後ろに3人ずつ、と思ったのだが。


「一人足らんな」


 列に一人分の欠けがあった。総勢11人。誰がいないか、ひと目見て分かる。ピエルパオロ・カルテーリだ。あのフルアーマーを見に付けた大柄な人物を見逃すはずがない。

 フレイクもその事に気がついたらしい。きょろきょろとあたりを見回しながら言った。


「あれ、よろいのすごいひとはどこですか?」

「確かに、おらんな……『石の投手ランチャトーレピエトレ』の三人、ピエルパオロはどうした」


 ラドバウトもフレイクの言葉に小さく頷きながら、「石の投手ランチャトーレピエトレ」の残り三人、ブルネッラ、セコンダ、サルヴァトーレの並んだ列に視線を向けた。

 すると、三人が三人とも居心地の悪そうな表情をしながら口を開いた。


「それが……」

「今朝出てきた時に、『俺は行かない』と言い出して……」

「昨夜も、なんかずっと思い悩んでいたようだったんですが……」


 三人の言葉に目を見開くラドバウトだ。同時に、傍に控えていたリヴィオも目を見開いている。

 昨日の入学試験であそこまで好評を得た当人が、入学を拒否するとは余程のことだ。自ら志願しておきながらこの行動、というところも余計に釈然としない。


「なんと」

「どうしてですか? おなかいたいですか?」

「珍しいですね……ピエルパオロ・カルテーリがそんな行動を取りますとは」


 フレイクの言葉に頷きながら、リヴィオも首をひねった。

 ピエルパオロがそこまでの行動に出るというのなら、何かしらの理由がきっとあるはずだ。そうでなければ自分から志願したこの入学に、拒否するということは早々ない。

 と、ブルネッラが視線を落としながら口を開いた。


「多分……ラドバウト殿を、恨んでいるからだと思います」

「恨む?」


 恨む。その言葉にラドバウトが目を見開いた。しばらく考え込んでから、彼ははたと目を見開く。


「……あっ、まさか」

「せんせい?」


 ラドバウトの言葉にフレイクが首を傾げた。何かを思い至ったらしいラドバウトがすぐさま、リヴィオに顔を向けて言う。


「書記官殿、ピエルパオロの経歴は、今すぐに出せるかの。出身地の情報が欲しい」

「え、えと……少々、お待ちくださいませ」


 彼の言葉に戸惑いながら、手元の資料をめくるリヴィオだ。ホッジ公国の書記官であり、ラドバウトの補佐を行う彼の手元には、冒険者の情報が集まっている、結果として、資料をめくっていたリヴィオは重々しく口を開いた。


「……出ました。ヴィエリ宗主国、シアーノ村です」

「ヴィエリ宗主国……ああ、やはりか」


 彼の告げた国名と村の名前に、ラドバウトが落胆したような表情を見せた。

 ヴィエリ宗主国。数年前に鬼哭王ローデヴェイグによって制圧され、魔王領に併合された国だ。


「せんせい?」


 ラドバウトの沈鬱な表情に、フレイクが不思議そうな表情をしつつ問いかける。その言葉に、ラドバウトはゆるゆると頭を振りながら零した。


「実に惜しい話じゃが……仕方がないのやも知れんな」


 その言葉に目を見開いたのはリヴィオだ。彼が何を言うよりも早く、ラドバウトは両手をぽんと叩く。


「こほん、皆、すまなんだ。一人欠けてはいるが、予定通り入学ガイダンスを執り行う」


 彼の言葉に、いよいよリヴィオが当惑する。手元の資料を投げ出しそうな勢いで、彼はラドバウトに歩み寄って言った。


「ド、ドラゴネッティ様、よろしいのですか。あれほど優秀な若者は、公国には二人とおりませんよ」


 彼に視線を返しながら、もう一度頭を振るラドバウトだ。その表情には、明らかに諦めの色が見て取れる。


「無理強いは出来んよ。あの子・・・のわしへの恨みは、骨髄に徹していよう」

「む……?」


 彼の物言いに、何か含みがあるように感じてリヴィオが眉間を寄せる。だがその様子を無視するかのように、ざわつき始めた生徒たちをラドバウトは手を叩いて抑えた。


「皆、静粛に。すぐに終わるから安心せい。これから諸君には、わしの下に付いて冒険者としての基礎の補強、戦術面の補強を行ってもらう」


 その説明に、改めて視線を正す冒険者たち。これからいよいよ、強くなるための学習が始まるとなれば、無理もない。

 真面目な表情になった冒険者たちに、ラドバウトは淡々と説明していく。


「カリキュラムは三つじゃ。座学、基礎体力作り、実践演習。これを一日のうち2時間から3時間ずつ、計8時間に渡って行う」


 その言葉に改めて、冒険者11名は背筋を伸ばした。

 一日の内に8時間の学習。S級冒険者でも、ここまで長期間の講習を受けることはまず無い。この学校での授業がどれほどまでに力が入っているか、それを如実に表していた。

 ラドバウトが生徒たちを見回しながら説明を続ける。


「講師は基本的にわしが行うが、フレイクにも補佐に入ってもらう。座学はその名の通り、席について対面での授業となる。基礎体力作りはこの学校の中に作った畑での農作業が中心じゃ。実践演習はこの校舎前の校庭での模擬戦、実際に依頼を冒険者ギルドで受注しての外部演習などを含む」


 彼の説明に、冒険者たちがごくりとつばを飲んだ。

 非常に本格的で実践的だ。座学で理論を学び、基礎体力を養い、戦闘訓練に実際のギルドでの仕事に。ここまでみっちりと教え込むのなら、確かに後虎院の配下の一人、あるいは後虎院そのものを倒すことも出来るのではないか、そう思わずにはいられない。

 冒険者たちが表情を固くしたところで、ラドバウトがきっぱりと告げる。


「途中で根を上げても構わん。しかしそうなったら、わしは容赦なく切り捨てるぞ。強くなりたければ、文句を言わずについてくることじゃ。いいな?」

「「はい!」」


 その言葉に、冒険者たちは一斉に返事を返した。

 やる気は十分、教えがいがあるというものだ。頷いたラドバウトがさっと手を広げて言う。


「よろしい、ではまずは座学から入ろうかの。教室に案内するからついてきなさい」


 彼の言葉に、冒険者たちが一斉に動き出す。こうして、公立バルザッリ冒険者学校の一日目が始まった。

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