第19話 優秀な者と不出来な者

 フレイクの握る棒が、戦士ウォリアーの鎧の表面を叩く。リヴィオが試合終了を告げると同時に、観戦していたラドバウトが前に進み出た。


「うむ。諸君、ご苦労じゃった」


 これで28戦、すべての試合は終了だ。結果はフレイクの25勝3敗。7戦ずつの連続組手だったとは言え、この成績はさすがの一言だ。ラドバウトがフレイクの頭に手をやる。


「フレイクもご苦労。よくやってくれた」

「はい! ありがとうございます!」


 尻尾を振りながら元気よく返すフレイクだ。まだまだ元気いっぱい、戦えるという様子である。へばって座り込んでいる者が半数以上という、疲労困憊の冒険者たちとは対象的だ。

 フレイクの頭を撫でるラドバウトが、そんな冒険者たちに向き直る。


「さて……諸君。先程、フレイクとの連続組手を行ってもらったわけじゃが、負けたから不合格だ、と言うつもりは毛頭ない。そもそも勝ち目の薄い試合じゃからな」


 そう話すラドバウトに、肩を落とす冒険者たちである。分かりきっていたことだが、こうも圧倒的な結果を見せつけられると、心に来るものがあるようで。

 容赦無く現実を突きつけてくるラドバウトだが、ここでようやく入学の手続に入れそうだ。指を一本立てながら話を続ける。


「今のホッジ公国に、魔王城の衛兵と一対一で戦って勝ちを収められる者が大勢いるとは思っておらん。じゃからこそ、勝ちを収めるだけの力が、能力があるかどうかは、この際重要ではないんじゃ」


 そう説明しながらラドバウトは視線を冒険者たちのうち、とある三人に向けた。先程の連続組手で、フレイクに一撃を入れた三人だ。その三人へと笑顔を向けながら、ラドバウトは話す。


「『爆ぜる鉄フェッロエスプローデ』ドメニコ・コレッラ、『黄昏の鳩コロンバトラモント』ジョヴァンナ・ボルツィ、『石の投手ランチャトーレピエトレ』ピエルパオロ・カルテーリ。お主ら三人は見事フレイクに一撃を入れた。その実力は称賛されるべきものじゃが、わしが教えを授けるかどうかは別問題じゃ。良いな?」


 その言葉に、ドメニコとジョヴァンナは目を大きく見開いていた。ピエルパオロは兜に隠されて表情が伺えないが、もしかしたら彼も驚いているかもしれない。

 せっかく必死に試合をやって、勝利したと言うのに、その勝利が入学の可否に繋がらないとは。予想もしていなかったことだろう。

 しかし、既に相応の力を持っていることは、ラドバウトの教えを受けるのにふさわしいことと同義ではない。ラドバウトが見どころがある、と感じなければいけないのだ。

 全員がごくりと生唾を飲み込んだところで、ラドバウトが手にした杖を天に掲げる。


「よろしい。では、これより合格者の発表を行う。全員、その場から動かないように」


 厳粛な面持ちでそう告げると、ラドバウトは大きな声で呪文を唱えた。


「生ける者よ、おのれの存在を世界に示せ! 存在証明エグジスタンスプルーブ!」


 特定の人物に向かって魔法を放ち、居場所を明らかにする光魔法、存在証明エグジスタンスプルーフ。それが放たれるや、冒険者の半数に満たない程度の身体が一斉に輝き始めた。その人数、12人。

 一気に冒険者たちから歓声が上がった。


「おぉっ!?」

「今わしの魔法を受けて、身体が光り輝いている12名。合格じゃ、おめでとう」


 にこやかな笑顔とともにラドバウトが告げると、身体が光り輝いた12人が仲間と手を取り合って喜んだ。

 「石の投手ランチャトーレピエトレ」、「インゴイアーレ」、「獣の守り人カストーデベスティア」。この3つのパーティーが冒険者学校への入学を許可されたのだ。

 落胆の表情を見せる、残りの4パーティー16人。彼らに、ラドバウトは声をかけていく。


「残りの16名については、今回は残念じゃった。じゃが、冒険者としての経歴がこれによって損なわれることはない。おのれの力をさらに磨き、卒業が出た後にまた挑んでくれ。わしは歓迎するぞ」


 その言葉を聞いて、不合格の冒険者たちがホッとした表情をした。自分たちが劣っているわけではない、と分かっただけでもいいことだ。

 そうして冒険者28名が、一斉に立ち上がる。


「以上じゃ。合格者は明日の8時に後ろの校舎の前に集合するように」

「「はいっ!」」


 返事を返した冒険者たちが喜びも悲しみも抱えながら学校の外へと歩んでいく。そして彼らの姿が見えなくなった時、ラドバウトが安堵したように息を吐き出した。


「ふぅ……」


 これで、一仕事終わりだ。

 やりきったという表情で肩を回すラドバウトに、リヴィオとベリザーリオが歩み寄ってくる。


「お疲れ様でございました、ドラゴネッティ様」

「お疲れ様です」


 笑みを湛えながら近づいてくる二人に、ラドバウトも笑みを返す。そして彼は、小さく頭を下げた。


「書記官殿にギルド長殿か。お二方もお疲れ様ですじゃ。今後ともご面倒をおかけしますが、よろしくお願いしますのじゃ」


 ふたりにそう告げると、ベリザーリオがますます口角を持ち上げながら頭を振る。


「いえいえ。本国の冒険者の力を増すためなら、このくらい容易いことです」

「本国や冒険者ギルドとの橋渡しは引き続き私が担当させていただきますので、どうぞお頼りくださいませ」


 リヴィオもラドバウトに頭を下げ返した。これからも持ちつ持たれつ、互いに協力し合いながら事を進めていきたいものである。

 そして、ラドバウト、リヴィオ、ベリザーリオの三人で雑談が始まった。先程の試験の話が、自然と話題に登る。


「しかし、『石の投手ランチャトーレピエトレ』のピエルパオロは、フレイク殿に一撃を入れるわ入学を許可されるわで、大変ですな。明日からの注目度が気になるところです」

「そうじゃろうな」


 ベリザーリオが感心しきりでそう言うと、ラドバウトもこくりと頷いた。


重装兵ガードとして、最も光るものを持っておったのが彼じゃった。既に相応の実力は有しておるが、鍛えれば勇者カリストを上回ることも出来よう」


 彼の物言いに、ベリザーリオが目を大きく見開く。

 国家認定勇者を上回るとは相当だ。確かにピエルパオロは重装兵ガード、職業的な適性で言っても勇者ヴァラーには向かないが、それでもなお彼には才能があるということだ。

 リヴィオが納得したように腕を組んで頷く。


「確かに。国家認定勇者となるには、冒険者としての実力のみならず生来の性根が大きい要素でございますゆえに」


 その言葉に、二人とも異論を唱えることはなかった。

 国家認定勇者として認められるためには、冒険者としての実力もさることながら、「何者をも恐れない」という気質が物を言う。恐れず、怯まないその気概があってこその勇者なのだ。

 もし冒険者としての才能や実力だけで勇者が選定されるのならば、カリスト・シヴォリは確実にその選から漏れていただろう。今ならそうはならないだろうが。

 つまり、ラドバウトのこの冒険者学校は、次代の勇者を育成するに等しいのだ。

 ベリザーリオがニコニコと嬉しそうにしながら、ラドバウトに問いかける。


「『獣の守り人カストーデベスティア』も、『インゴイアーレ』も、見どころがありましたか?」

「うむ。どちらもまだまだ未熟ではあったがな。内に秘めるものは大きい」


 それに対して大きく頷く老竜だ。

 「石の投手ランチャトーレピエトレ」は既に力のあるパーティーだが、磨けばさらに光ると見られた。「獣の守り人カストーデベスティア」と「インゴイアーレ」はまだ芽が出ていないが、育てれば大輪の花を咲かせるだろう。

 ラドバウトは総判断して、彼らを入学させたわけである。


「あしたからがたのしみですね、せんせい」

「うむ、頑張っていこうかのう」


 今の勇者を、巣立っていった生徒を超える力を持つ生徒を育てる日が、明日から始まる。

 フレイクの言葉に頷きながら、ラドバウトは晴れ渡る空を見上げていた。

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