第18話 入学試験

 バシン、と皮鎧の表面を木の棒が叩く乾いた音が校庭に響く。それと同時にリヴィオがさっと手を上げた。


「そこまで、勝負あり! 第3班三番手、『黄昏の鳩コロンバトラモント』ソニア・アナスタージ、前へ!」

「はいっ!」


 後方に下がっていく斥候スカウトの青年と入れ替わるように、片手剣を手にした戦士ウォリアーの少女が前に出る。そしてすぐさまフレイクに切りかかっていくのを、彼は棒を巧みに使ってかわしていく。

 今はまさしく、入学試験の真っ最中だ。現在第3班の3人め、既に16人がフレイクとの組手を終えて、現在17人目だ。

 7人目が終わった後と14人目が終わった後に休憩を挟んでいるが、フレイクにとっては連戦に次ぐ連戦だ。それでも、その動きの冴え渡りは変わらず。巧みに棒を操っては冒険者の武器や魔法をかわしている。


「ふーむ……」


 それを校庭の隅から見つつ、手元にある入学希望者の資料に目を配るラドバウトは小さく唸った。

 さすがは最低でもC級、魔王城の衛兵を勤めたフレイクを前にしても一歩も引くことがない。さすがはここに来てまで、教えを請おうとする者たちだ。

 だが、しかし。ラドバウトが難しい顔をするところで、彼の隣に歩み寄ってくる人物がいた。


「やっておりますな」

「む……おお、ギルド長殿」


 このホッジ公国立冒険者ギルドのギルド長を勤める、ベリザーリオ・ボスケッティだ。恰幅のいい体をした彼の横に並ぶと、ラドバウトは随分ほっそりとして見える。

 そのベリザーリオが、ラドバウトに向かって小さく頭を下げる。


「此度は大変に申し訳ない。こちらでもっと人数を絞れればよかったのですが」

「いや、ギルド長殿がお気になさることはない。応募を締め切った時点ではこの二倍近くの人数がいた旨、書記官殿より伺っております」


 それに対してラドバウトもベリザーリオに頭を下げた。謝らなければならないのはこちらの方だ。

 実際、今でこそ「多い」と感じた冒険者の数は、募集時点では更に多かったのだ。ギルドの方でいくらかふるいにかけてもらった上での、この人数である。


「全くです。当初はE級からA級に至るまで、総勢62名の応募がございました。その中からC級以上、Sランクモンスター討伐実績あり、の冒険者に的を絞った結果、このように……せめて討伐実績を2回に引き上げるべきでしたでしょうか」

「いやいや、構いませんとも。それで優秀な若者が振り落とされては元も子もない。であれば、わしの目で見極めた方が何倍もよろしい」


 恐縮するベリザーリオに、ラドバウトは手を振りながら言葉を返した。

 ラドバウトとしても、あんまり冒険者として未熟な人間を一から育てるのは骨が折れる。「Sランクモンスター討伐実績」という条件についても、複数パーティーで討伐に参加した場合も含むとはいえ、そう簡単にクリアできる条件ではない。

 ギルドとしても、その条件に合致する人間が28人もいるとは思っていなかったのだろう。それなら多くの人員に来てもらい、直接選抜したほうがいいはずだ。

 ラドバウトの言葉に、ベリザーリオが頷きながら腹を撫でる。


「確かに。それで、いかがですか、ラドバウト殿の目から見て」


 その言葉に、ラドバウトはそっと目を細めた。そして力なく、頭を振って言う。


「誰もかれも、悲しいくらいになっとらんですな」

「ほう……」


 その容赦のない言葉に、ベリザーリオが小さく目を見開いた。厳しく選抜し、しかしそれでも予想以上の人数が条件に合致したそれを指して、なっていないとは。

 しかしラドバウトの目には迷いがない。今もまだ試合を続けるフレイクと、そのフレイクに翻弄されているソニアを見ながら言う。


「見てご覧なさい、これまでに短い休みを二度挟んだだけで16戦をこなしているフレイクに、太刀筋を完全に読まれて対処されている。あのソニアも、打ち込む場所を巧みに誘導されているのがお分かりになるじゃろう……ああ、ほら、また」


 ラドバウトが力なく言葉を漏らした時だ。フレイクの振るった棒がソニアの足を打った。勝負ありだ。

 リヴィオが無情にも手を挙げて言う。


「そこまで! 勝負あり! 第3班四番手、『石の投手ランチャトーレピエトレ』ピエルパオロ・カルテーリ、前へ!」

「はいっ!」


 項垂れるソニアと入れ替わるようにしてやってきたのは重装兵ガードの青年だ。大きな盾を構えながらフレイクの前に立つ。

 その青年と、去っていく少女に視線を向けながら、ラドバウトはため息混じりに告げた。


「体を大きく動かして回避するから消費も大きい。相手の行動を考慮せずに自分本位で動くから避けられると対処が間に合わない」

「ははあ……」


 その言葉に長く息を吐くベリザーリオだ。

 彼の話す言葉は正しく正鵠を射ている。先に試合をしていたソニアも、随分と回避の動きを大きく取って、無駄に体力を消費していた。あれでは、最小限の動きで回避をするフレイクより早くバテるのも無理はない。

 冒険者たちの不甲斐なさにため息をつくラドバウトに、ベリザーリオが苦笑しながら話す。


「それにしても、ラドバウト殿。先程のお話、非常に感じ入るものがございました。魔王軍に対抗できる冒険者を育て上げ、撃破にかかろうというお心にも深く納得いたします」


 その言葉に、ちらと視線を返すラドバウトだ。その視線を受けながら、ベリザーリオは続けて問いを投げる。


「ですが、分からないことが一つある。貴方は長きに渡って、魔王軍を裏から支えてこられたはずです。貴方の教え子も多数いるはずだ。自らが手塩にかけて育ててこられた魔王軍を、どうして自らの手で壊そうとなさるのですか?」


 彼の問いかけに、ラドバウトは深くため息をついた。長く息を吐いて、そして目を閉じながら話す。


「そうですのう。わしは確かに、今の魔王軍を作り上げた張本人じゃ。しかしわしの手で強大に育った魔王軍は、いつしかわしを軽んじるようになった。そしてとうとう、わしを魔王軍から放逐した」


 その呆れ混じりの、しかし自戒するような言葉に、ベリザーリオが目を見開く。

 彼の目を見返して、ラドバウトは口を開いた。


「これはローデヴェイグの傲慢さにも依るものですが、あやつを適切に支えてこなかったわしの責任でもあります。じゃから、わしの関与できる範囲内で、正しいやり方に則って・・・・・・・・・・、わしが尻拭いをせねばならんのですじゃ」

「おお……!」


 ラドバウトの発言に、ベリザーリオは大きく目を見開いた。

 この時分、魔物は粗野で本能に従い生きるものという考えは根強い。その魔物が、しかも魔王軍に長らく仕えた人物が、これほどまでに思慮深いことを言ってのけるとは。

 再び、頭を垂れるベリザーリオである。


「ありがとうございます。魔物でありながらなんと見上げたお心、このベリザーリオ、深く感服いたしました」


 その心底から感服したと言わんばかりのベリザーリオの言葉に、ラドバウトはそっと目を細めた。


「面映ゆいことじゃのう……む」

「ん? 何か……」


 だが、彼の視線はすぐさま前方へと向けられる。ベリザーリオが釣られてそちらに視線を向けると、そこでは試合開始の時より一歩も動かないままの、ピエルパオロとフレイクが立っていた。


「……」

「……」


 二人とも、微動だにしていない。ただ、お互いを睨みつけてお互いの出方を伺っていた。

 その様を見て、目を見開くラドバウトだ。


「あの青年……」

「ピエルパオロですか? ……ああ、つい先日、勇者カリストと一緒に『黒の魔眼』を討伐した一人ですよ。気に入りましたか?」


 ベリザーリオも口元に笑みを浮かべながら声をかける。その口調は随分と嬉しそうだ。

 勿論、ラドバウトはカリストが、勇者たる人物になれた理由としてラドバウトの名前を挙げたことを知らない。しかし、それを抜きにしてもラドバウトの目には、ピエルパオロは光るものを持っているように見えた。


「ほう……」


 関心深そうに声を漏らすラドバウト。その目の前で、フレイクとピエルパオロが同時に地を蹴った。

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