第17話 冒険者学校開校

 あくる日の朝、学校の門の前には「公立バルザッリ冒険者学校 入学式典会場」の看板が、でかでかと掲げられていた。

 校庭には演台が置かれ、その前には冒険者たちがずらりと並んで、式典の開始を待っている。

 決して華美な式典ではない。しかし、このバルザッリという町にとって、ホッジ公国という国にとって、初めての式典内容だ。期待も高まる。


「準備はよろしいですか、ドラゴネッティ様」

「うむ、問題ない」


 校舎の中で、式典服に身を包んだラドバウトは、同じく式典服を身に付けたリヴィオと最後の相談をしていた。

 これから、ラドバウトは冒険者たちの前に立って、学校開校の挨拶を行う。竜人ドラゴヒューマンの身体にも合うよう、式典服はリヴィオに依頼して用立ててもらった。準備は万端だ。

 だが、しかし。校舎の外をちらと覗き見て、ラドバウトはため息をつく。


「しかしのう……書記官殿、一体どんな布告の仕方をしたんじゃ」

「と、申しますと?」


 彼の言葉に、リヴィオが小さく目を見開く。そんな書記官に、ラドバウトが親指を校舎の外に向けながら言った。


28人・・・じゃぞ。よくもまあそれだけの人数が集まったものじゃと、わしは思う。教室の机が足りんわい」


 そう、この数日間――およそ一週間に渡って、「ホッジ公国に初の公営の冒険者学校が開校!」と、リヴィオを通じて市内に布告をしてもらったのだが。

 ラドバウトが予想していた以上に、それこそ教室のキャパシティを大幅に上回る人数が、入学希望を出してきたのだ。

 A級冒険者からC級冒険者まで、総勢28人、7パーティー。いずれもSランクモンスターの討伐実績のある実力者ばかりだ。冒険者ならホッジ公国のギルドに所属すること、という条件を付けたというのに、よくここまでの人数が集まったものだと思う。


「ホッジ公国立冒険者ギルドの所属者を中心に声掛けをいたしました。ギルドへの掲示も同様に。全くの新人を鍛え上げるよりは、既にある程度実績のある者を鍛え直した方が、ドラゴネッティ様のご希望にも適いましょうと」

「まあ、確かにそうなんじゃがな」


 しれっと言うリヴィオに、苦笑を禁じえないラドバウトだ。

 彼の発言に間違いはない。全くの新人を一から鍛え上げるより、既に実績を積んだ冒険者を矯正し、鍛え直していくほうが、「公国の冒険者で魔王軍の力を削ぐ」という目的には合致する。

 しかし、そうだとしても。これはさすがに集まりすぎだ。ため息をつくラドバウトである。


「やれやれ、これは幾ばくか、選別・・せねばなるまいのう」

「心中お察しいたします」


 そう話しながら、彼はさっと足を踏み出した。その後ろからリヴィオもついてくる。

 そしてようやく姿を表した竜人ドラゴヒューマンに、集まった冒険者達がざわついた。


「おおっ……」

「出てきたぞ」


 いよいよ、始まる。ホッジ公国で初めて魔物でありながら市民と認められた男が姿を現したのだ。ざわつくのも当然である。

 ざわつく冒険者達を両手で制し、そしてラドバウトの手が拡声用の短杖を握った。


「諸君。この度は『公立バルザッリ冒険者学校』の開校式典にお集まりいただき、誠に感謝いたす。わしがこの学校の校長を仰せつかり、教鞭を取らせてもらう、ラドバウト・ドラゴネッティじゃ」


 自己紹介を始めると、急に水を打ったように会場が静まり返った。そして冒険者の目がラドバウトに集まる。

 注目を集めながら、両腕を広げつつラドバウトは話を続けた。


「諸君は、既に公国の冒険者ギルドに所属し、冒険者としての実績を積んでいる者が大半だと聞く。しかしここに立っているということは、諸君は自分の実力に、経歴に満足していないはずじゃ。もっと結果を出したい、もっと強くなりたい、もっと魔王軍に打撃を与えたい、そう思っていることじゃろう」


 冒険者は、無言のままラドバウトを見つめてきた。その全員の瞳から、力を感じる。もっと活躍したい、戦果を上げたいという力を。

 ラドバウトの鱗に覆われた手が、彼の胸を叩いた。


「大いに結構。わしが手助けをする。必ずや、諸君に栄光への道筋を作って見せよう。その道の先には、後虎院撃破、鬼哭王ローデヴェイグ撃破の栄光が待っているはずじゃ」


 その言葉に、会場がわっと沸き立った。

 ようやくホッジ公国の中でも、こういう事を言って、賛同できるような状況になったのだ。この冒険者学校の開校はまさにその一歩。その一歩を共に踏み出せるとあれば、冒険者たちも喜ばないはずはない。

 ラドバウトの言葉にも熱が入る。手を大きく振りながら最後の挨拶に入った。


「よいか諸君! 今こそ諸君が拳を振り上げ立ち上がる時だ。この国に鬼哭王ローデヴェイグの首を掲げて帰るため、死力を尽くして自らの力を高めようではないか!」

「「おぉぉーっ!!」」


 拳を振り上げたラドバウト。彼に呼応して冒険者たちも拳を突き上げた。

 ここから、冒険者たちの反撃が始まろうとしていた。その冒険者たちの勢いに満足そうにうなずいて、ラドバウトは話し始める。

 結局、選別は必要だ。ここにいる全員を教えるわけには行かない。


「よろしい。本来なら諸君全員が、これからわしの生徒となるわけじゃが……さすがにこの人数を全て受け入れるだけの力は、本校には無い。故に諸君らに、一つ『試験』を課す」


 「試験」という言葉に、別の意味で冒険者たちがざわつき始めた。

 冒険者として強くなれる、そう思ってやってきたのに、そうなれるのは一部の者のみという事実。驚きもするだろう。しかし、さしものラドバウトも28人もの生徒を一人で見るのは現実的ではない。教室も足りない。

 一気に真剣な表情になった冒険者たちの前で、ラドバウトが二度手を叩きながら呼びかける。


「フレイク」

「はい!」


 元気な声を上げて姿を見せたのは、普段着に身を包んだフレイクだ。手には長い木の棒を持っている。勿論、獣人ファーヒューマンの姿で、だ。

 新たな魔物の登場に再び会場がざわつく。それを抑えながらラドバウトは説明を続けた。


「ここにおるフレイクは、わしが魔王軍に在籍しておった頃からの教え子の一人じゃ。元は魔王城の衛兵を勤めていた故、腕も立つ。諸君には、このフレイクと一対一での連続組手れんぞくくみてをやってもらう」


 そして、発せられた試験の内容。それによってますますざわつきが大きくなる。


「れ……」

「連続組手……!?」


 冒険者たちは戸惑いを隠せないでいるようだ。

 連続組手とは、冒険者ギルドでも採用されている訓練法の一つだ。一人の教官役が複数の生徒役を、一対一の試合形式で相手をする。生徒役は教官役に一撃を入れるか、教官役に一撃を入れられたら次の生徒に交代、そしてまた試合が始まる、という形だ。

 それを、フレイクが教官役を務め、28人分、全員に対して・・・・・・行うというのだ。

 無茶だと言う声をラドバウトは無視した。実際、魔王城の衛兵を一年とはいえ務めていたフレイクの実力は魔物の中でも高い。一対多ならともかく、一対一なら人数が多くても、問題ではないと判断したのだろう。


「28人じゃからな、7人ずつの組を4つでよかろう。その組の中で順番を決め、一人ずつフレイクと組手を行う。一撃入れられたら交代じゃ。それを組の中で順番が一巡するまで行う。組を変える際には休憩を挟むが、基本的に休憩は無いものと思え」


 そうしてざわつき、浮足立つ冒険者にラドバウトはきっぱりと告げる。その言葉に迷いも、躊躇いもない。

 そこでようやくラドバウトはフレイクに目を向けた。事前に内容は説明しているから、フレイクに戸惑いはない。さすがに彼も、これだけの大人数が集まるのは予想していなかったようだけれど。


「そういうわけじゃ。やれるな?」

「はい! だれにもまけませんよ!」


 ラドバウトの問いかけに、元気よく返事をしながら棒を持ち上げるフレイクだ。

 彼はやる気だ。それを目の当たりにした冒険者たちも、いよいよ覚悟を決める。

 急速に落ち着きを取り戻していく彼らに、ラドバウトが最後、引き締めるように告げた。


「試験は20分後に開始する。それまでに7人の組を作り、順番を決めておくのじゃ。順番が決まったらそちらにおられる書記官殿に代表者が伝えるように」


 その言葉を最後に、短杖を下ろすラドバウト。冒険者たちの前から立ち去っていく彼の視界には、どの人と組を作ろうか、相談し始める冒険者の姿がある。

 さて、何人がフレイクに一撃を入れられるだろうか。内心でほくそ笑むラドバウトは、試験の準備に取り掛かった。

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