第16話 生徒の卒業
あくる日。ラドバウトが学校の門を修理していると、学校の方に向かって駆けてくる足音が三つあった。
「ラドバウト先生!」
「只今戻りました!」
同時に聞こえてくる聞き慣れた声。ラドバウトとフレイクがそちらに目を向ければ、「
久しぶりに見る三人の元気な顔。ラドバウトもフレイクもぱっと表情を輝かせる。
「カリスト! ミレーナとトゥーリオも!」
「おうおう、よくぞ生きて戻った、お主ら。無事で何よりじゃ」
嬉々として二人は、戻って来た冒険者たちを出迎えた。満面の笑みでお互いに手を握り合って、再会の喜びを分かち合う。
そしてひとしきり喜び合ったところで、ラドバウトがにこにこ笑顔のままにカリストに問いかけた。
「で、どうじゃった」
「ふっふっふ……」
その問いかけに、にやりと笑うカリストだ。そのままの表情でアイテムボックスに手を入れて、
「じゃーん! やってやりましたよ先生!」
破顔しながらカリストがラドバウトに突きつけたのは、紫色をした魔石だ。そう、魔王軍に属する魔物の身体に埋め込まれている、あの魔石である。
魔王軍の魔石は紫色をしていることから判別は容易だが、肉体に融合して魔力が同調しているため、それがどの魔物のものだったかが容易に判別できるようになっている。冒険者ギルドに持ち込めば、それが『黒の魔眼』ブロウスのものだと、すぐに分かるだろう。
「わあ、すごいですカリスト! 『まおうぐん』のませきです!」
「おお、ようやったようやった。とうとうお主ら、後虎院の配下の一人を殺すに至ったか」
フレイクが飛び跳ねて喜ぶ横で、ラドバウトも満足そうにうなずいた。ようやくカリストたちの手にした、明確な戦果だ。カリストがはにかみながら後頭部に手をやる。
「はい。単独での討伐とは、当然いきませんでしたけどね」
「三パーティーで合同で動いての討伐です。カリストの立てた陽動作戦が、先生のお言葉通り、うまくはまりました」
ミレーナが補足説明をすると、その言葉に嬉しそうな顔をするラドバウトだ。自分の教えをしっかり守り、活用した。それはやはり喜ばしいものだ。
「ほうほう。そうかそうか」
「やっぱり、皆驚いていましたよ。以前のカリストとは別人のようだ、と」
トゥーリオがニコニコしながら話す言葉に、ラドバウトは大きく頷いた。細められた目がますます細められる。
「そうじゃろうなあ」
「カリスト、えらいです! ほんもののゆうしゃさまです!」
フレイクも屈託のない笑顔を浮かべてカリストの顔を見上げた。こう話す様は町の子供と大差がないが、彼は立派な魔物であるわけで。魔物から「本物の勇者」と言われることに、カリストは内心複雑そうだった。
「俺、そんなに変わりましたかね? 自分じゃあまり実感が無いんですけど」
恥ずかしそうに頬を掻きながらカリストが問いを投げると、ラドバウトが腕を組みつつ話す。
「変わったとも。立派な勇者になりおったわ」
そう話しながら、目じりを下げっぱなしのラドバウトが腕を解いた。そのまま、カリストの肩に優しく手を置きながら言う。
「ここまで育ったら、わしの助言することもそうそう無いじゃろうのう」
「えっ」
告げられた言葉に、カリストがハッとした。ミレーナとトゥーリオもぎょっとした表情をしている。
そんな面食らっている三人に、カリストは追い打ちの一言を投げかけた。
「うむ、とりあえずはな、
「えぇっ」
「卒業」という言葉に、信じられない表情になる三人だ。すぐさま、ラドバウトのローブの袖に縋りながらわめき始める。
「そ、そんな、俺たち、まだ先生から教わりたいことがたくさんあります!」
「そうです、もっと強くなりたいです!」
泣きそうな顔をしながらわめきたてる三人に、苦笑するラドバウトだ。
厳しい訓練と鍛錬の日々からようやく卒業できるというのに、この三人はどうも、まだまだ学び足りないらしい。
実績はしっかり積んでいるのにおかしなものだ、と思いながら、ラドバウトは話し始める。
「落ち着け落ち着け。何もわしはな、もうここに来るな、と言いたいわけではないんじゃ。強くなったお主らが活躍して、いろんな冒険者や、冒険者の卵と出会ったら、ここを紹介してくれればいい」
その言葉に、三人は揃ってラドバウトをハッとした表情で見上げた。
確かにそうだ、出来たばかりの施設において、口コミほど強い宣伝媒体はない。ラドバウトの教えを受けて大きく成長したカリストが実績を残す中で、「ラドバウトのおかげでここまで強くなった」と話せば、一番効果があるだろう。
ただでさえ「魔王軍の元側近で名伯楽の、ホッジ公御自ら市民権と学校開校許可を与えたラドバウト・ドラゴネッティの学校」というだけでインパクトが強すぎるのだ。そこに「勇者カリストも学んだ」と枕詞が付けばどうなるか。
そしてにこりと微笑みながら、カリストに向かってラドバウトは話しかける。
「それに、後虎院や後虎院の配下の情報は、まだまだお主ら欲しいじゃろ? そういう情報はどんどんわしに聞きに来い。なんなら、冒険者ギルドにわしの話した内容を持っていくんでもいい」
今後も、何度も来てもいい。情報を教わりに来ればいい。その言葉に、カリストたちの目に涙が浮かんだ。
「せ……」
「先生……」
目にいっぱい涙を溜めながら、声を震わせる三人だ。ぐっと目をつむって服の袖で涙を拭い、「
「分かりました。きっと、先生の名に恥じない、立派な活躍をしてみせます!」
「精一杯頑張ります!」
「そして、これからも、お世話になります!」
そうして宣言してから、カリスト、ミレーナ、トゥーリオの三人は大きく頭を下げた。そして姿勢を戻すや、くるりとラドバウトに背を向けて歩き出す。
「うむ。生命を無駄にするでないぞ、三人とも」
「がんばってくださいね!」
ラドバウトとフレイクが手を振りながら声をかけると、カリストがさっと手を挙げた。と思ったらそのまま町の中へと走っていく。途中ですれ違った人々がぎょっとした顔をしていた。
その中にリヴィオもいたようで、不思議そうな顔をしながらこちらに歩いてきた。
「ドラゴネッティ様、『
「うむ、ちょっとな」
リヴィオの問いかけに苦笑しながら返すラドバウト。すぐに彼が小脇に抱えた包みに視線を向けた。話題を逸らすべく話を振る。
「それで、書記官殿はそのような大きなものをお抱えになって、いかがした」
「ああ、そうです。ようやく看板の準備が整いました故、ご案内に参りました。こちらになります」
そう答えながら、リヴィオが長い包みを解き始める。布の内側からは、木製の大きな看板が現れた。共通文字で大きく『公立バルザッリ冒険者学校』と書かれている。
「おお……」
それを目にしたラドバウトが感嘆の声を漏らした。
看板が出来たとあれば、いよいよ学校の開校準備は万全だ。看板を持ち上げるラドバウトを横から見ながら、不思議そうな顔をしてフレイクが言う。
「これが、ここのかんばん、ですか?」
「立派な看板ができたもんじゃのう」
嬉々として看板を手に門の外に向かい、門の横の程よい高さにラドバウトは看板をあてがった。こうして見ると、一気にちゃんとした学校のように見える。
リヴィオが頭を下げながら口を開いた。
「はい。市内に冒険者学校開校の布告もいたしました。一応私が窓口になっておりますが、一両日もしましたら応募の結果をご連絡できますでしょう」
その言葉に、ラドバウトがほっとした表情を見せた。こうした諸々の手続きや、告知を率先して行ってもらえるのはありがたい。ホッジ公自らが管轄する形になっていたら、こうも迅速にはいかなかっただろう。
つくづく、有難い環境に身を置かせてもらっているものだ。新しい国であるがゆえに与しやすいだろうと思っての行動だったが、思っていた以上にうまくいって内心喜んでいるラドバウトである。
と、看板を彼の手から預かりながら、リヴィオが思い出したように言った。
「ああ、それと。閣下から伝言が一つ」
「む?」
その言葉に、苦笑しながら彼は伝言を伝えてくる。
「『市内で魔物の姿を晒すことを許可する。貴様が目立った方が生徒の集まりもよいだろう』とのことで」
「……ほほう」
それを聞いて、口角を持ち上げるラドバウトだ。どうやらホッジ公は、思っていた以上に頭の切れる御仁らしい。
その言葉の通りだろう。ラドバウトの魔王軍での実績をアピールして生徒を集めるなら、ラドバウトが魔物の姿を晒した方が集まりがいい筈だ。いくら姿を明らかにしていたとして、臣民の首輪を身に付けていれば証は立てられる。
明日からの日々がどう変わっていくのか。楽しみに思いながら、ラドバウトは人知れず太い尻尾を揺らすのだった。
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