第15話 堕ちる獣

 一方その頃。冒険者にすでに発見されていると気付いてもいない『黒の魔眼』ブロウスは、大きな木の上に乗っかって、パトゥッツィ村の様子を見ていた。

 この近隣に潜伏して数日、近くを通りかかる村人を殺して喰らいながら、彼はこの村に狙いを定めつつ機を伺っていた。そろそろ、村人をなぶり殺しにするいい機会だと考えていた。


「ギヘヘヘ……ここからなら人間共の姿がよく見えるぞ。さーてどいつから術中に収めて――」


 そうしてブロウスが、村の入口近隣で話している村人に狙いを定め、視線を送ったその時である。自分の尻に横合いから、鋭い矢が突き刺さった。


「ギィッ!?」

「よし、入った!」

「ほら、こっち向けよ、『黒の魔眼』!」


 見れば、長弓を構えている冒険者が一人と、短弓に矢を番えている冒険者が一人、ブロウスへと声を飛ばしている。その手前には盾を持った男、後方には杖を持った男と女が一人ずつ。

 明らかに冒険者の一集団パーティーだ。


「冒険者共か! 先にこっちが見つかるとは迂闊だった! だが、俺様が返り討ちにしてやるぞ!」


 ブロウスが口から魔獣語を吐き出し、ピエルパオロが盾を構える。その後ろから次々にトゥーリオとヤコポがブロウスに矢の雨を降らせた。ミレーナが二人の狙いを研ぎ澄まさせ、サルヴァトーレはピエルパオロに防御力アップの付与エンチャントをかける。

 実に理にかなった立ち回りだ。その場で人員を組んで構成した即席のパーティーとは思えない。

 そう感じながら、カリストたち六人はその反対側、ブロウスの乗っかっている木を挟む位置の茂みから覗きつつ、様子をうかがっていた。

 ラディスラーオが声を潜めながらカリストに声をかける。


「行けそうか?」

「ああ、やつはこちらに背を向けている……だが、まだだ」


 彼の言葉に同意を返すカリストだが、首は横に振られた。まだ、その時ではないとの判断だ。これもまた理にかなったものである。

 カリストとも面識のあるセコンダが、驚いた様子で口角を持ち上げつつ言った。


「へえ? 本当に変わったわね。昔の貴方だったら、敵が隙を見せたら我先にと飛び出していったのに」


 セコンダの言葉に振り返ったカリストは、小さく微笑みながらうなずいた。彼女の言葉通り、昔の彼なら隙を見つけたらすぐさま飛び出して剣を振りかざしていたからだ。

 それが、今はタイミングをしっかり見極めて動くようになっている。成長は著しい。


「敵を挟撃する際は、まず相手の意識を片方に向けさせ、そちらが本隊だと思ったところで虚を突くべし……そう教わったからな」


 その言葉に、ますます目を見開くラディスラーオたちである。

 片方に意識を向けさせるだけではない、意識を向けた相手を本隊だと思わせる事ができれば、挟撃の成功率は格段に上がる。それをこんな短期間できっちり身に着けさせるとは、只者ではない。


「いやに本格的だな……戦をよく分かっているな、その師匠とやら」

「ホッジ公国にそんな優れた軍師がいたなんて知らなかったわ」


 ダニエーレが言葉を零しつつ、同じように頷いたアイーダが信じられないというように息を吐けば。

 当のカリストは小さく首を振って、再び前を見た。


「先生は軍師というよりは、教師だな……いいだろ今は。それより、状況は」


 カリストの言葉にうなずきながら他の五人も前方を見る。今も、ブロウスはこちらに背を向けて魔法を放ち、味方をかばうピエルパオロを攻撃していた。


「ギヘヘヘ! たった一パーティーでこのブロウス様を殺そうとはいい度胸だ!」


 すっかり意識はあちらに……囮側のパーティーに集中しているようだ。いつでも攻め込める。


「うん、大丈夫。私たちには気付いていないよ」

「よし。俺が氷矢アイスニードルを撃ったら出るぞ」


 ブルネッラの言葉にカリストもうなずいた。こっそり、少しだけ膝を伸ばして茂みから顔を出す。

 そして、ちょうどその時。ブロウスが地面に降りるべく体を動かし始めた。


「決めた! 貴様らは俺様が念入りに殺してやる! 待っていろ、今――」

「今だ、氷矢アイスニードル!」


 その瞬間。カリストの手から氷の矢が放たれる。

 全く予期しない方向からの攻撃に、ブロウスは全く反応できなかった。その脚に氷矢アイスニードルが突き刺さり、体勢を崩したブロウスが木の上から落下する。


「ギ――!?」


 どすん、と大きな音を立ててブロウスの真っ黒な身体が落下した。そこを狙ってラディスラーオ、セコンダがまず飛び出す。続けてブルネッラとダニエーレも魔力を溜めながら茂みから飛び出した。


「よし、今だ! れ!」

「覚悟しなさい、『黒の魔眼』!」


 ラディスラーオの斧とセコンダの剣が、同時にブロウスの身体に傷をつけた。さらに魔法が叩きつけられ、ブロウスのダメージが蓄積していく。

 しかもアイーダが茂みの中に残り、いつでも回復を行えるように構えている。体勢は盤石だ。


「な、なんだとっ、どういうことだ!?」


 突然背後から攻撃を受け、少なくないダメージを負ったブロウスは大いに慌てた。まさか自分の背後にも冒険者がいただなんて、思いもしなかったという表情だ。

 トゥーリオが勝ち誇った顔をしながら、倒れたままのブロウスに矢を射かける。


「やりーぃ、作戦成功! そのままそこで倒れてろよ!」

「トゥーリオ、油断するな! 息の根を止めるまで撃ち続けるぞ!」


 ヤコポがそう声をかけるが、彼もちらちらと氷矢アイスニードルを撃ち続けるカリストに視線を送っていた。こんなにうまくいくとは、彼自身思っていなかったのだろう。

 そしてその冒険者の猛攻に晒されているブロウスは、ますます困惑の色を濃くした。


「ギヒッ、馬鹿な!? こんな戦い方を人間がするなんて聞いてないぞ!?」


 タイミングを見計らっての挟撃、片方を本隊と思わせてから本来の本隊で叩く手法、これはまるで魔王軍の戦い方・・・・・・・のようだ。

 この作戦の立案者がその魔王軍に長く籍を置いていたラドバウトに教えられたと、ブロウスは知る由もない。その生徒であるカリストが、両手から氷を次々発しながら戦士二人に声をかけた。


「ラディスラーオ、セコンダ、奴の顔を集中的に狙え! 目を潰せれば一番いい!」

「任せろっ、うぉらぁぁぁっ!」

「くらえぇぇっ!」


 その言葉に、ラディスラーオとセコンダが自らの武器を振り上げる。狙うはブロウスの顔、さらに言えば両目だ。

 攻撃を避けようにも、ひっきりなしに撃たれるカリストの氷矢アイスニードルと二人の弓使いアーチャーの矢で、ブロウスには逃げ場がない。何とか小さく身を引くが、ラディスラーオの斧がブロウスの右目を叩き潰した。


「グギャ……!」

「よしいいぞ。ヤコポ、ブルネッラ、ダニエーレ! お前たちも頭を撃て!」

「言われずとも!」

「行きますよ!」


 そして次々に叩き込まれる火砲フレイムバースト雷撃サンダーボルト。そこに矢が雨あられと降ってくる。ブロウスの頭はもはやまっ黒焦げで、口を開いたまま口から煙を吐いていた。元の威容は見る影もない。


「ギ、ギヒャッ……バ、馬鹿な……」

「よし、トドメだ! 行くぞカリスト!」

「ああ、合わせるぞ!」


 そして、これを好機とラディスラーオが飛び出した。カリストも魔法の詠唱を止めて剣を抜く。そして二人が同時に攻撃を叩き込むと、それがトドメとなってブロウスは力なく地面に倒れ伏した。

 もう、その手足がぴくりとも動かないことを確認すると、ラディスラーオが斧を背に負う。


「ふー……っ、やったか?」

「討伐できたら、胸の魔石に魔力が通らなくなって外せるはずだったな……ええと」


 カリストが慎重にブロウスの死体に近づくと、その身体をひっくり返した。黒焦げになった頭のすぐ下、胸元にはまった魔石。その皮膚との継ぎ目に素材回収用のナイフを突っ込むと、カキンという音を立てて魔石が地面に転がった。


「外れた。もう大丈夫だろう」

「おお……勇者カリストが自分で素材回収をしたぞ」

「今まではトゥーリオに任せっきりだったのに……」


 カリストが魔石を拾い上げると、その一連の動作を信じられないと言う様子でピエルパオロとサルヴァトーレがため息を吐いた。

 確かに今まで、カリストは自分で魔物の素材回収をやらなかった。全てトゥーリオに任せきりで、自分では手を動かそうとしなかったのだ。それが、今回は自分で率先してナイフを握っている。

 サルヴァトーレの言葉に、カリストは小さく肩をすくめた。彼自身、当然身に覚えがあったらしい。


「それもまた耳が痛いな」

「それ、それだよカリスト」


 と、返されたカリストの言葉に反応するのはブルネッラだ。カリストに指を突きつけながら、はっきりと言う。


「今までは何を言われても、諫められても、『勇者はそういうものだ』って聞き入れなかったじゃないか。耳が痛いなんて反応、今までの君は絶対にしなかった」


 ブルネッラのその率直な意見に、全員が、ミレーナとトゥーリオまでもがうなずいた。アイーダも不思議そうな表情をしながら口を開く。


「そうですよ、そもそも今までは私たち一般パーティーを馬鹿にする態度を隠そうともしなかったのに……何があったんですか」


 恐らく、この場のほとんどのものが知りたがっていた。「この勇者に何が起こったのか」と。

 先程までは敵が目の前にいたが、その敵はもう倒した。カリストも観念したように肩をすくめて口を開く。


「そうだな、もう戦闘が終わったし、いいだろう。さっきも話した通り、俺たち『湾曲する矢フレッシオーネフレッシア』は、とある方を師匠として仰ぎ、教えを受けている。戦術理論、魔法の使い方、大人としての立ち振る舞い、礼儀作法なんかをな」


 そしてカリストの話したことに、八人が八人とも目を見開いた。あまりにも当たり前・・・・なことだったからだ。

 ラディスラーオが脱力するように肩を落としながら言う。


「なんだよ、冒険者学校で教えるようなことを今更教わっているのか。驚かせやがって」

「そこなんだよ。俺たちはあまりにも、冒険者としての基礎を置き去りにしすぎた。そこを補強してもらった結果、今の俺たちがあるってことだ」


 呆れたようなラディスラーオの発言に、カリストも苦笑しながら話した。

 確かにそうだ。カリストたち三人は、冒険者としてのレベルを上げることばかり優先しすぎた。レベルだけ上げて、冒険者としてしっかり頭を使うことをしてこなかったのだ。

 そこをラドバウトに補強してもらって、本来の「勇者相応の」才能が開花した、というわけだ。

 ピエルパオロが眉間にしわを寄せながら問う。


「勇者パーティーとしてAランクにまで達したお前らに、今更冒険者の基礎を教え込めるって……ほんとに誰なんだ、お前らの師匠」


 彼の問いかけに、カリストは冒険者たちを見回しながら言った。


「有名な人だ。皆もきっと知っている」


 そう言って、一つ呼吸を置く。そしてカリストが、つい最近公国内に知れ渡ったその名を告げた。


「ラドバウト・ドラゴネッティ」

「は……!?」

「え……!?」


 当然といえば当然。八人が八人とも大いに驚いた。

 魔物であり。魔王軍の重鎮であった老いた竜人ドラゴヒューマンが。つい先日ホッジ公国の国民となった者が。

 八人が八人とも、ラドバウト・ドラゴネッティの称号を叫んだ。


「「『竜頭の翁』!?」」

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