第14話 見違えた勇者

 ラドバウトが内心でほくそ笑んでいた、その翌日のこと。

 冒険者ギルドで依頼の参加登録を行い、乗合馬車に乗り込んでパトゥッツィ村の近隣まで向かった「湾曲する矢フレッシオーネフレッシア」の三人は、足音を殺しながら茂みの中を歩いていた。


「そろそろか?」

「ギルドから話を聞いた限りでは、もうそろそろのはずよ」


 カリストが小さくミレーナに問えば、後方で地図を手にする彼女がうなずく。最後尾を行くトゥーリオが、声を潜めて言った。


「他の勇者パーティーが参加していなかったのはラッキーだったね」

「そりゃな。この国の中で見つかったんだ。うちに真っ先に話が来るだろう」


 トゥーリオの言葉にうなずきながらカリストが改めて前を見る。視界の先、木陰で身を屈めながら様子を伺っている冒険者の姿があった。

 総勢八人、ギルドで確認したパーティーの特徴とも一致する。静かに距離を詰めていくと、フルフェイスの兜を被った人物がこちらに気が付いた。重装兵ガードの一人、ピエルパオロ・カルテーリがそっとこちらを手招きしつつ、声をかけてくる。


「『湾曲する矢フレッシオーネフレッシア』の勇者カリストだな?」

「ああ。そちらは『石の投手ランチャトーレピエトレ』と『嘆く翡翠ジャーダラメントーサ』だな、ギルドから話は聞いている。今日はよろしく頼む」


 手短に挨拶をしながら集団に加わるカリストたち三人。その頭上に表示されているステータスを目にした冒険者たちが、一様に目を大きく見開いた。

 何しろ、レベル60台だった彼らが、この一週間二週間でレベルを10近く上げているのだ。驚かれて当然である。


「へえ……? 『竜頭の翁』を捕らえたとは聞いていたけれど、随分短期間で腕を上げたのね。以前はろくに鍛錬もしなかったのに」


 治癒士ヒーラーのアイーダ・チッチが皮肉っぽい笑顔を見せながら言えば、カリストが首筋をかきながら口角を持ち上げた。


「耳が痛いな」

「でも、以前の私たちとは違うわ。とても強くなったの、新しい先生のおかげで」


 彼の言葉の後を継いでミレーナが声を発すると、その内容に冒険者八人全員が再び目を見開いた。

 冒険者とその師匠は、固い絆で結ばれている。特に勇者パーティーの構成メンバーの動向はつぶさにチェックされ、定期的に師匠に当たる人物に報告が行く決まりだ。

 師事する師匠を変えることなど、そうそうありはしないのだ。だのに彼らは新しい先生のおかげで、と大っぴらに言う。

 戦士ウォリアーのラディスラーオ・モンテサントが、肩をすくめながら呆れ顔で言った。


「新しい? おいおい、この期に及んで新たな師匠の下に付いたのか、お前ら」


 信じられないと言いたげなその言葉に、カリストはちらと視線を返してうなずいた。

 それと一緒に、親指を茂みの向こうに向ける。


「細かい話は後でするよ……それで、標的は」


 カリストが一層声を潜めて問うと、魔法使いソーサラーのブルネッラ・モンタルチーニが杖の先をそっと前に出した。


「まだ感づかれてはいないわ。でも場所は掴んでいる。あそこの木の上よ」


 ブルネッラの杖が示す先には、一本の大木がある。その大木の枝葉に隠れるようにして、黒い毛皮の大きな獣が枝の上に身を伏せていた。

 胸元に微かに、紫色に光るものがある。間違いない、ブロウスだ。


「分かった……トゥーリオ、距離的にどうだ」


 カリストが視線をトゥーリオに向けると、彼は小さく首を振った。


「さすがに僕の弓じゃ、ここからは届かないよ。せめてあと20メートルは近づかないと」


 そう言いながらトゥーリオが自分の弓に手を添えた。

 彼の使う短弓は、連射性に優れるが長い距離は射れない。この茂みからブロウスのいる大木まではおよそ40メートル、しかも相手の方が高い位置にいる。相当距離を詰めないとこの弓では無理だ。


「だろうな。ヤコポ、君の弓は長弓だろう、届けられるか」


 うなずいたカリストが、この場にいるもう一人の弓使いアーチャー、ヤコポ・ナゾリーニに目を向ける。

 彼の背には大きな長弓がある。木材と鉄板を張り合わせて作った合成弓コンポジットボウだ。これなら、今いる茂みからでもブロウスまで矢を届けられる。

 しかして、ヤコポが戸惑いがちにうなずいた。


「あ、ああ。俺なら問題ない」

「分かった」


 その言葉を聞いたカリストが一つうなすく。そして周りをぐるりと見回した。


「トゥーリオ、ヤコポと連携を取りながらブロウスの気を引いてくれ。ミレーナとサルヴァトーレは二人を後方から支援、ピエルパオロは重装兵カードとして、可能な範囲でトゥーリオとヤコポを守ってくれ」


 すぐさま、カリストがてきぱきと周りの面々に指示を飛ばしていく。これに面食らったのは先行してここに来ていた冒険者八人である。

 カリストがこうして場を仕切ることそのものは、別に珍しくはない。勇者なのだから場のまとめ役になるのは重要なことだ。

 問題はそこではない。カリストが今しがた言った、作戦の内容に彼らは驚いたのだ。

 もう一人の付与術士エンチャンター、サルヴァトーレ・アラビーゾも、名前を挙げられたことに驚いている様子。その内心を知ってか知らずか、カリストは言葉を続けながらラディスラーオの方を見た。


「俺は五人がブロウスの気を引いているうちに、後方から奇襲する。アイーダは俺と一緒に来て、隠れて支援してくれ。その後は俺が魔法で適時顔を狙って魔眼を妨害するから、残りの皆で横から叩いてくれ」


 続けて話されたカリストの作戦の全貌に、ラディスラーオ、ブルネッラ、アイーダ、そして戦士ウォリアーのセコンダ・ファッシ、魔法使いソーサラーのダニエーレ・ファーゴ、以上の五人がますます驚きに目を見開く。

 今は身を隠している最中だと言うことを忘れていそうな声色で、ラディスラーオが口を開いた。


「おい、カリスト」

「なんだ、ラディスラーオ」


 その上擦った声を諌めるようにカリストが目を向けると、ラディスラーオが彼にぐっと顔を近付けてきた。カリストの勇者らしい端正な顔に、戦士の無骨な顔が触れそうなくらいの距離に来る。


「お前……本当に、何があった?」

「そうだよ、そんな理にかなった作戦を立ててくるような奴だったか?」


 話を聞いていたピエルパオロも、ラディスラーオの肩に手をかけながらも訝しむ視線を隠そうともしない。

 ホッジ公国の冒険者ギルドでは、「カリストに作戦立案をさせるな」というのが合言葉だったのだ。ミレーナとトゥーリオが何度諌めても、無茶な作戦を平気な顔をして放り込んできたからだ。

 だから彼と一緒に大物の魔物を討伐する際は、まず同行するパーティー側で作戦を立て、ミレーナとトゥーリオに話を通し、全て固まってからカリストに許可を取る、が定番の流れだったし、今回もそうするつもりだった。

 それがどうだ、あまりにも自然に、的確に、理論だった作戦を自分から提示している。おまけにカリスト自身が陽動を担うなど。

 これは文句の付けようがない。だから逆におかしい。

 そんな視線を一身に浴びて、カリストが小さく肩をすくめた。


「先生のおかげだよ、これも」

「誰だよ。誰がお前を、そんな立派な勇者・・にしたんだ」


 彼の言葉に、ラディスラーオは最早立ち上がりそうな勢いだった。ピエルパオロとサルヴァトーレが慌てて彼を抑える。

 そのやり取りに小さく首を傾けて、カリストがさっと手を動かす。


「後で話す。今は目の前の敵に集中しよう」


 そのぐうの音も出ないほどの正論に、誰も彼もが押し黙った。

 今の言葉は、かつてのカリスト自身が散々言われてきたことだというのに。

 信じられない状況に混乱しながら、冒険者たちは位置につくのだった。

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