第13話 反撃の始まり

 作業を一通り終わらせて、掃除と修繕も目につくところは全てやって、ラドバウトとフレイク、冒険者たちは校庭で一つ息をついていた。学校の看板についてはリヴィオが手配中とのことである。


「よし、これで一通りの作業は終わりじゃな。休憩にするかの」

「はい、先生」


 校舎を隅から隅まできっちり掃除していたミレーナが、返事をするとぐっと背筋を伸ばした。彼女の隣でトゥーリオが小さく首をかしげる。


「先生とフレイクはここに住み込むということですけれど、何処に住むんですか?」


 その問いかけに、ラドバウトが指をさすのは校舎から見て左側、敷地の南側に面した小さな棟だ。先程、ラドバウトとトゥーリオが念入りに掃除していた場所である。


「あちらに、さっきまで掃除していた二階建ての棟があるじゃろ。あそこが元々、商会の社員寮だったようでのう、あそこに住むのじゃ」

「せんせいといっしょにすみたいです!」


 彼の言葉にフレイクがぴょんと飛び跳ねた。この調子だとラドバウトと部屋を分けても、夜には彼の部屋までやってきそうだ。部屋の間取りはどうだったか、とラドバウトが思案する中で、フレイクとトゥーリオが顔を見合わせながら話す。


「私たちは自分の拠点があるから、別に住み込む必要はないわね」

「そうだね、引っ越しするのも面倒だし」


 彼ら「湾曲する矢フレッシオーネフレッシア」には、この首都バルザッリの中にホッジ1世から与えられた本拠地が存在する。第三区にある小さな一軒家だが、それでも三人で暮らすには十分な広さだ。これもまた、勇者パーティーの特権である。

 そうして各々が、どこで過ごし、どうやって過ごすかを話す中で、カリストが腰に手をやりながら言う。


「それにしても、すごいよな」


 その改めての言葉に、全員の視線がカリストへと向いた。自分を見やる全員に目を向けながら、カリストはにっこりと笑う。


「ラドバウト先生に師事してから、レベルもステータスもどんどん上がったし、冒険が随分楽になった」


 その言葉に、ミレーナもトゥーリオも大きく頷いた。

 ラドバウトと魔王領で出会った時、カリストはレベルが62、ミレーナとトゥーリオは60だった。決して低いレベルではなかったのだが、今や三人ともレベルが70近くにまで上がっている。

 おまけに冒険者としての基礎がしっかりと固まったから、レベルやステータスの高さ以上に効率的な動きができるようになっている。今なら名実ともに、勇者らしい・・・働きが出来るはずだ。


「ほんとほんと。Sランクのモンスター相手でも、そんなに苦戦しなくなったもんね」

「Aランクのモンスターなら、単独で問題なく倒せるようになりましたしね」


 トゥーリオとミレーナも顔を見合わせながら笑顔を零す。教え子たちの明確な成長を前にして、ラドバウトも嬉しそうだ。


「うむ、成果が出ているようで何よりじゃよ。これなら本格的に、後虎院の配下を倒す働きをしても良いかもしれんのう」

「おや、それでしたらちょうどいい」


 と、そんな彼らに声をかけてくる者がいる。声のした方に目を向ければ、短い金髪が特徴的な整った服装の男性。誰あろう、書記官のリヴィオである。


「リヴィオさん?」

「書記官殿か。いかがなさった」


 カリストとラドバウトが声をかけると、リヴィオは手元に携えていた書類をカリストに手渡しながら言った。


「はい、『湾曲する矢フレッシオーネフレッシア』の皆様に、閣下からの依頼を携えてまいりました」

「あっ、もしかして見つかったんですか!?」


 書類を受け取るカリストの後ろでトゥーリオが嬉しそうな声を上げた。その言葉に頷きながら、リヴィオが説明を始める。


「その通りです。昨日にホッジ公国パトゥッツィ村近隣にて、『黒の魔眼』ブロウスの姿が確認されました故、討伐依頼が冒険者ギルドより発行されております。こちらはその資料の写しでございます」


 カリストが手渡された資料の内容は、つまりこうだ。

 ホッジ公国パトゥッツィ村近隣の草原にて、黒い体毛をして胸に紫色の石が埋まった魔物を村民が見かけた。村民はすぐに逃げ帰って被害はなかったが、その道中で食い殺された旅人の死体を発見。

 パトゥッツィ村から冒険者ギルドに情報が回り、後虎院の一員、『黒曜の牙』ヴィレムの配下の一員だと判明したとのことで、緊急の討伐依頼が組まれたのだという。

 ミレーナが資料に載せられたブロウスの明細画を見ながら眉根を寄せた。


「『黒の魔眼』ブロウス……ヴィレムの配下ですね」

「結構厄介な魔眼持ちだって話だったよな。相手に幻覚を見せるとか……」


 カリストも眉間にしわを寄せながら、ラドバウトに目を向けた。

 幸い、ここにはつい先日まで魔王軍にいたラドバウトがいる。彼なら、ブロウスの戦い方、弱点を知っていても何らおかしくはない。果たして、ラドバウトが小さく頷いた。


「そうじゃな、ブロウスの魔眼は厄介なものじゃ。その幻覚はいつ囚われたかも分からぬ、非常に自然な風景に見えるもの。彼奴に見つめられたが最後、気付かぬ内に幻覚に囚われ、知らず識らずの内に殺されてしまう」


 そう話しながらラドバウトは自分の顎に手をやりながらカリストを見た。その目が細められながら、口角が上がる。


「じゃが、付け入る隙はあるぞ。あやつの魔眼は十秒以上、相手を視界の中心に入れて見据えなくてはならん。故にあやつは物陰に隠れ、先んじて魔眼の支配下に置く戦術を取る」


 その言葉に、カリストとトゥーリオがハッとした。

 ブロウスは物陰や木の上など、相手が気付かない内に視界に収められる場所を好む。そうして気付かれない内に幻覚にはめ、混乱しているところを狩るのだ。

 逆に言えば、居場所を先んじて見つけてしまえば、奇襲をかけるのは容易いということ。それに加えて魔眼の性質上、一点をじっと見つめていなくてはならないのだ。

 カリストがラドバウトの情報から、自分がどうすればいいかを導き出して手を打った。


「なるほど……ということは、逆にこちらから相手に奇襲をかければいい、ということですね」


 その言葉に、話を聞いていたリヴィオがそっと目を見開いた。

 少し前までの勇者カリストは、ここまで敏いものではなかったはずだ、と言いたげな表情をしている。彼の認識は概ね間違っていない。

 そんな目を向けられているとは露知らず、満足気に頷くカリストへと、ラドバウトは言葉をかけていく。


「そういうことじゃ。加えて顔への攻撃を嫌う。魔法や矢を放つ時は、極力顔を狙うんじゃ。剣で攻撃する際も相手の正面に立ってはならんぞ」

「分かりました、ありがとうございます!」


 その言葉にカリスト、トゥーリオ、ミレーナの三人が頷いて、意気揚々と学校の敷地を後にしていく。きっと彼らはこれから冒険者ギルドに向かい、正式に依頼参加の登録をしてからパトゥッツィ村に向かうのだろう。

 彼らの背中を見送りながら、ラドバウトはにんまりと笑みを浮かべて言った。


「ふふ……さあ、ここから反撃じゃぞローデヴェイグ。わしの教え子の力、とくと味わうがいいわ」


 そう言って笑いながら、ラドバウトはフレイクの手を引いて町へと繰り出していく。自室に置くための家具など、必要なものを揃えなくてはならない。

 そんな二人の背中をしばらく見つめていたリヴィオも、ふっと笑みを浮かべながら、ホッジ1世への報告のために学校の敷地を後にするのだった。

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