第12話 変わった作業

 水道と貯水槽のチェックを終えたラドバウトが、ミレーナとトゥーリオと一緒に校舎になる予定の建物の二階を掃除していると。

 階下、校庭となる場所の方から草刈りをしていた二人の声が聞こえてきた。


「先生ー!」

「おわりましたー!」


 窓から顔を出せば、カリストとフレイクが剣を片手に満面の笑みを見せている。そしてその足元には乾いた地面が見えていた。きれいに草が刈れたようだ。


「おう、ごくろうさんじゃ。次はその刈った草を、建物の横に積んでおいてくれ」


 ラドバウトが二人の周囲に散らばった草を見つつ、自身の右手側、建物の北側を指差しながら言うと、カリストが首を傾げた。

 その方向を見ても、ただの空き地があるだけ。別に焼却炉があるわけでもない。元々こんな草なんて、炎魔法で燃やしてしまえば一発で片付くと思うのだが。


「横……って、あっちですか?」

「そうじゃ。日陰になっとるじゃろ。そこにまとめておいてくれ」


 しかしラドバウトはカリストの言葉に頷いた。どうやら何か、この草をまとめる必要があるようで。

 言われるがままに建物の北側に刈った草を運んでいく二人を見てから、ラドバウトは建物の内側に顔を戻した。廊下で自分を見てくるミレーナとトゥーリオに声をかける。


「さて……ミレーナ、トゥーリオ、お主らはこのまま建物内の掃除と、隙間の修繕を頼むぞ」

「分かりました」

「はぁい」


 彼の指示に素直に従う二人だ。一階はほぼ綺麗になったが、二階はまだまだ修繕箇所が多い。とはいえ後は、二人だけでも十分だろう。

 校舎の外に出て、建物の外周を回るようにして北側の空き地へ。そこではカリストとフレイクが一緒になって、刈った大量の草を山と積んでいた。


「せんせい、こんなかんじでいいですか?」

「言われた通り、積んどきましたけど……どうするんです? こんなもの」


 カリストが眉根を寄せながら首を傾げると、ラドバウトは空き地の状況に目をやりながら頷いた。その表情は満足そうだ。


「うむ、これはな、腐葉土・・・を作るのに使うんじゃよ。ここなら風通しも良いし水はけもよいじゃろ。都合がいい……おぉ、落ち葉もこの辺に十分溜まっておるな、よしよし」


 と、敷地の際に植えられていた木から落ちたものだろう、落ち葉が空き地にこんもり積もっているのを見たラドバウトが嬉しそうな声を上げた。そして彼の発した、自分にとっては耳慣れない単語を聞いて、ますます首を傾ける勇者である。


「腐葉土?」

「あ、ぼくしってます。くさをくさらせてつくるひりょうですね、せんせい」


 と、そこでフレイクが手を挙げた。彼の言葉に嬉しそうに微笑んだラドバウトが人指し指を立てつつ言う。


「そうじゃ、フレイクはわしの授業で一回作ったことがあるから、作り方は知っとるな?」

「はい! あなをほって、くさをいれて、みずとあぶらかすをいれて、ふみかためて、つちをかぶせてつくります!」


 ラドバウトの問いかけに、フレイクははつらつとして答えた。そのはっきりとした答えに驚くカリストだ。

 魔物と言えども、何も人や動物を襲い、奪うだけで生きているわけではない。獣人種や竜人種の魔物を中心に、農耕はするし、牧畜もやるし、工芸品も作る。魔物式の骨細工や石細工は魔物を殺して手に入れるしかないから希少性が高く、高値で取引されるのだ。

 だから、獣人種であるフレイクが作り方を知っていても、何らおかしな話ではないのだ。納得したように腕を組むカリストが、積み上げた草を見た。


「なるほど……でも、それを作ってどうするんですか? 農作業をするんじゃあるまいし……」


 作るものに納得はいっても、なぜそれを作るのかは納得がいかない。なおも首を傾げるカリストに、ラドバウトが笑いかける。


「農作業をするからこそ作るんじゃよ。わしの授業の、重要なカリキュラムじゃからな」

「えっ、冒険者の授業で農作業するんですか!?」


 その予想外の言葉にカリストが驚きの声を上げた。

 冒険者を鍛えるのに、農作業。冒険者を引退した後の職業訓練ではなく、鍛えるのに農作業をすると言う。

 れっきとした魔物であるラドバウトが人間に農作業を教えるというのもなかなかすごい構図だが、それにはれっきとした根拠があった。ラドバウトが自身の顎に手を当てながら言う。


「農作業を馬鹿にするでないぞ。今時は人間界でも農耕魔法が発達して久しく、どこの農家も皆、魔法で土を耕したり、土壌を活性化させたりしておるが、魔法に頼らないで農作業をすると、非常に体力がつく。土を耕す、水を汲んで撒く、肥料を混ぜ込む……これらの作業で、冒険者としての基礎体力を養うんじゃ」


 この時勢、ほとんどの農作業は魔法によって行われている。土を耕す、水を撒く、土壌に栄養を加える、雑草を刈るなど、そうした作業に対応した魔法が開発され、農家はほとんど皆、それらの魔法を使って小麦や豆、根菜や葉物野菜を育てているのだ。

 だが、これらを人間の手で行うと、重労働である故に体力がつく。それも戦闘訓練で身につくような体力ではない、筋力や体幹力といった、身体本来の強さだ。これを身に着けられれば、冒険者としての活動も長く、安定して続けられるようになる。

 つまりところ、冒険者としての基礎体力・・・・を付けるための訓練なのだ。


「はぁー……」

「のうさぎょうするとつよくなれます。ごはんもつくれます。『いっせきにちょう』ですよ、カリスト!」


 ぽかんとしながら声を発するカリストの腕を取りながら、フレイクがにこにこと笑った。幻影が被さっていなければ、尻尾を振っているのが見えただろう。

 その会話をほっこりしながら見つつ、ラドバウトが話を続ける。


「うむ。それにな、小麦を粉にするには粉挽き機が要るじゃろ。あれの大型のものは重たく、力を入れて回さねばならん。そこでもまた、訓練になるのじゃ」


 彼の言葉に、ますます目を見開く勇者だ。これではまるで、小麦を育てるところからパンを焼くところまで、全部を自前でやるためのパン工場を作ろうとしているかのようだ。


「あの、ラドバウト先生。冒険者の学校を作ろうとしているんですよね? パン屋を作ろうとしているのではなく」

「当然だとも。おお、パンを作るカリキュラムも取り入れようかのう。炎魔法のいい訓練になる」


 思わずカリストがツッコミを入れると、その発想はなかったと言わんばかりにラドバウトがぽんと手を打つ。これはいよいよ、パン作りもカリキュラムに含まれそうな勢いだ。

 それはそれとしてだ。まだまだ仕事は終わってはいない。両手を叩きながらラドバウトが二人を促した。


「さあ、二人とも次の仕事じゃ。カリストは町の油屋を回って、油かすを集めてくるんじゃ。酒場で生ゴミを集めてくるんでもいいぞ。フレイクはここに残れ、穴掘りじゃ」

「えぇー、ゴミ集めですか……」

「がんばってくださいカリスト、いいふようどをつくるためです!」


 文句を言いながらもしぶしぶ敷地の外、第一区の方へと歩いていくカリストを見送りながら、フレイクが剣をスコップに持ち替える。まだまだ三人も、中にいる二人も、やるべき仕事は終わりではない。忙しい時間は続きそうだった。

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