第6話 老爺の作戦

 夜が更け、月が天頂から沈み始めた頃。魔王領の結界の外には、三人の冒険者が息も絶え絶えの状態で地面に転がっていた。


「はぁっ、はぁっ……」

「つ、疲れた……」

「死ぬ……死んじゃう……」


 誰あろう、カリスト、ミレーナ、トゥーリオ。「湾曲する矢フレッシオーネフレッシア」の三人である。

 三人が三人とも、ラドバウトの鬼指導を絶え間なく受けて、体力も気力も魔法力も全部すっからかんになるまで使い果たしたのだ。もう、起き上がる力さえも残っていない様子。

 それを見てラドバウトはようやく杖を下ろし、近くの岩に腰を下ろした。フレイクも一緒に草の上に腰を下ろす。


「ふむ、とりあえずはこんなところにしてやるかの。このままではお主らがここから動けなくなる」


 そう話しながら、ラドバウトは倒れ伏したままの三人を見て息を吐いた。

 呆れた、というわけではない。むしろこの時間までよくよく耐え抜いたものである。ラドバウトの訓練は魔王城の衛兵でも数時間で音を上げるほどきついものだと、人間界でも評判だ。

 その厳しい訓練を、カリストたちは月が天頂に昇って沈みだすまで耐え抜いた。そこは褒められるべきだ。

 と、ラドバウトが目を細めながらカリストに声をかける。


「カリストよ、そもそもの話じゃ。どうしてお主らは魔王城に乗り込もうと思った?」


 その、根本的なところを問うラドバウトの言葉に、三人が三人とも目を見開いた。

 少しだけ、互いに視線を交わし合うと、カリストが意を決したように口を開く。


「それは……俺たちなら、首にも手が届くかと思って……」

「いいや、誓って言う。他に理由が、大きな理由があるはずじゃ」


 だが、その言葉はあっさりとラドバウトに遮られた。ゆるゆると頭を振った彼が、鋭い視線を若者たちに向ける。


「もう一度言うぞ。魔王軍は未だかつてないほどに強大で、後虎院は全員がピンピンしておる。そこに単独で、しかもお主ら程度の・・・実力で乗り込むなど、死にに行くようなものじゃ。城に辿り着くまでもなく衛兵に殺されて終わりじゃよ」

「ぐっ」


 その容赦ない言葉を聞いて、カリストが呻いた。

 そう、彼らは未熟だ。びっくりするくらいに未熟だ。そして魔王軍はこれまでの常識を覆すほどに強く、安定している。

 たくさんの冒険者と一緒に攻め込むなら、まだ分からないでもない。だが彼らは単独なのだ。たった三人で魔王城に乗り込むなど、アリがドラゴンに立ち向かうようなもの。ラドバウトは、静かにそう諭す。


「自分の実力を推し量れないのなら、ただ無謀なだけの愚か者じゃ。しかしお主らは仮にも国家認定の勇者。無謀なだけの愚か者は勇者にはなれん」

「うぅっ」


 重ねての言葉に、ますますカリストは押し黙った。

 カリスト・シヴォリは勇者だ。自称勇者ではない、ホッジ公国という国がその力を認めた勇者だ。それが何を意味するものか、ラドバウトはよくよく知っている。

 国家認定勇者は、その国に所属する冒険者のうち、特に実力が優れ、恐れを知らない・・・・・・・者に国家から与えられる称号だ。その実力と勇気は国家によって保証される。

 カリストはその勇者であるが故に、実力と勇気はホッジ公国の後ろ盾がある。しかしだからこそ、その力は自覚されて然るべきなのだ。

 つまり、自分たちの認識の甘さだけでここまでのことができようはずがない。


「どうじゃ? お主らに魔王討伐をけしかけた・・・・・何者かがいる、と見るのが自然じゃろ。例えば、バルダッサーレ・ホッジ1世」

「なっ」


 すべてを見透かしたような目をしてラドバウトが言うと、三人の表情が途端に曇った。ミレーナが僅かに身体を起こしながら言葉を発する。


「どうしてそれを……はっ」


 その言葉が口から飛び出して、ようやく彼女も状況が飲み込めたのだろう。信じられないものを見るかのような目でラドバウトを見た。

 その視線に視線を返しながら、ラドバウトは目を細める。


「当たりか」

「凄いですね、先生。まるで見ていたみたいです」


 話を黙って聞いていたフレイクが、感心するように喉を鳴らして言った。

 ラドバウトが予想したとおりなのだろう。カリストたちはホッジ公から、魔王城に攻め入ることをけしかけられた。差し向けられたと言ってもいいだろう。その時、彼の自尊心をくすぐるような言葉を並べ立て、彼をその気にさせたに違いない。

 いくらホッジ公国が出来たばかりの小さい国だからといって、魔王軍の実情が伝わっていないはずはない。ホッジ公は、カリストたちが無為に生命を散らすことを分かっていたはずだ。

 そうでなければとんだ愚か者が玉座に座っていることになるが、他国から分離独立したばかりの国の君主、その線は薄い。でなければ独立など夢のまた夢だからだ。

 なら、ホッジ公の目的は何か。

 思わず身を起こしたカリストとトゥーリオも、信じられない表情で互いに互いを見合った。そんな彼らに、ラドバウトは静かに告げる。


「カリスト、トゥーリオ、ミレーナ。わしはれっきとした魔物で、魔王軍の重鎮だった者じゃ。これまでならお主ら冒険者がどれだけ無謀な挑戦をしようが意にも介さなかったが、未熟者を戦場に送り込むことが分かった以上、教育者としてただ座してはいられん」


 静かに、だが怒りを滲ませながら、ラドバウトははっきりと三人に告げた。


「故に、じゃ。わしとフレイクをホッジ公国へ連れて行け・・・・・・・・・・・

「え……」


 彼のその発言に、三人が、いや、フレイクもが大きく目を見開き、口を開いた。

 ホッジ公国に、彼らの祖国に、この竜人ドラゴヒューマンは連れて行けと言う。


「えぇっ!?」

「連れて行く!?」

「うちの国に!?」


 三人が三人とも、同時に驚きの声を上げた。そしてフレイクもラドバウトにすがりながら、耳を伏せつつ声を上げる。


「せ、先生、本気ですか!? この人たちの国って、この人たちを未熟なまま魔王城に送り込むような人のいる国ですよ!?」


 不安を顕にしながら話すフレイクに、ラドバウトはニコリと笑った。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、人差し指をピンと立てる。


「だからじゃよ。一つ作戦があってじゃな。お主ら、ちと耳を貸せ……」


 そう言うとラドバウトは立ち上がった。身を起こした冒険者三人を一箇所に集めると、そこでひそひそと耳打ちする。

 作戦の内容を聞いたカリストも、ミレーナも、トゥーリオもハッとした表情になる。


「……な、なるほど」

「確かに、ホッジ公なら大いに喜ぶわ、こんな戦果・・

「そうすれば、後は……」


 話を聞いた三人が、改めて顔を見合わせる。

 ものすごいことを考えつくものだ、この老爺は。だが、聞いて分かる。勝算がない立ち回りではない。

 その事を理解した三人の瞳に光が宿るのを、ラドバウトは見た。


「決まりじゃな。では、明朝からホッジ公国に行くとしようかの」


 大きく頷いて、冒険者三人と竜人と獣人はキャンプを整える。明朝からの移動にあたり、体力を回復させる必要があるのだ。

 明日から、事態は大きく動くだろう。それは五人とも、間違いなく確信していた。

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