第5話 熱血指導

 驚きに目を見開く冒険者三人に対して、真剣な表情をしながらラドバウトが声をかけた。


「まずはそうじゃな、お主らが魔法をどれだけ維持できるかを見るか」


 つまりは、魔法に不慣れだった彼らが今の段階で、どのくらい魔法を使い続けられるか、の確認だ。

 MP魔法力の総量を見ることでもある程度は計れるものの、その人物が一度の魔法行使でどれだけMP魔法力を消費し、また自然に回復させるのにどれだけの時間を要するかは、実際に使わせてみないとわからない。

 同じレベルの同じランクの冒険者でも、大気中の魔力を取り込む効率がいいためにMP魔法力の回復が早く、結果たくさん魔法を使い続けられる、という差もあるのだ。

 ラドバウトがカリストに目を向けながら、鱗に覆われた腕を手近な木の幹に向ける。


「カリスト、MP魔法力が尽きるまで、あの木に向かって第一位階の魔法を連射しろ」

「き、切れるまで!?」


 その言葉に、カリストが目を剥いた。勇者なので第一位階の魔法は問題なく使えるが、今までまともに魔法を使ってこなかった彼だ。

 魔法に関しては初心者もいいところな彼に、ラドバウトは容赦なく言い放つ。


「何を驚いておる、MP魔法力が尽きようが、お主らは生命に別状など無かろう。つべこべ言わずに始めい」


 そう言いながら彼は、杖の先端でとんとんと地面を叩き始めた。容赦なしという感じである。逆らうことも出来ず、カリストは両手を前に突き出しながら声を張り上げた。


「冷たき刃よ、冷たき刃よ! 氷矢アイスニードル!」


 水魔法第一位階、氷矢アイスニードルの重複詠唱。魔法を連射し続けるには無詠唱も挟んで魔法を何度も唱えるのと、重複詠唱して連射の特性を持たせることの二パターンがあるが、魔法を何度も唱えるのは効率も悪いし息切れも早い。重複詠唱するのが一般的である。

 はたしてカリストの手から放たれた氷の塊が、次々に目標とする木の幹にぶつかった。魔法の精度は悪くない。魔法の矢マジックミサイルで狙い通りの方向に魔法を飛ばせない者が居たら、それはもう才能以前の問題ではあるが。


「……ふむ」


 その様子を見て、ラドバウトは小さく舌を舐めずった。悪くはない、が、やはりまだまだ無駄が多いようだ。

 そう思って彼は視線をミレーナに向けた。


「ミレーナ、トゥーリオに属性付与アサインメントを使え。それをなるべく維持し続けるんじゃ」

「は、はい」


 指示を出されたミレーナが身を強張らせるも、すぐに杖を構えてトゥーリオに意識を向けた。魔力を練り上げ、付与エンチャントを施していく。


「汝の手に冷たき氷を宿さん! 属性付与アサインメントウォーター!」


 その言葉が発せられるや、トゥーリオの弓が冷気を帯びた。これで彼の放つ矢は、氷の力を帯びたことになる。

 それを確認してからラドバウトはトゥーリオに声を飛ばした。カリストが氷矢アイスニードルを撃ち込む木に指を向ける。


「よし。トゥーリオ、その状態で矢を射掛け続けろ。あの木に向かってのう」

「はい……!」


 すぐにトゥーリオが弓を番えて放つ。弓に宿った冷気は矢にも宿ると、そのまま放たれて木に突き刺さった。幹の表面、樹皮が凍りついたのが見える。

 そしてそのままそれを続ける。ミレーナは途中で何度も魔法を練り上げてトゥーリオに属性付与アサインメントを施し、トゥーリオも矢を生成しながら放ち続けた。カリストもMP魔法力が空っぽになるまで魔法を撃ち続ける。

 そして、おおよそ4分後。その間絶え間なく魔法を放ち続けたカリストが、顔中汗まみれになりながら腕を下ろした。同時にミレーナとトゥーリオもそれぞれの武器を下ろす。


「はぁっ、はぁっ……!」

「くっ……!」


 カリストのMP魔法力が底をついたのだ。自然回復して再び魔法が撃てるようになるまでは、しばらくかかるだろう。これで一先ずは終いだ。


「よし、そこでやめい」


 ラドバウトがそう告げると、三人はその場でどっと尻餅をついた。精根尽き果てた、といった様子である。


「も、もうMP魔法力が空っぽだ」

「私は、まだ余裕があるけれど……ここまで一つの魔法を継続して維持させたことはなかったから……疲れたわ」


 確かに生命維持に直結するHP体力と違って、MP魔法力は尽きても何の問題もない。それどころか空気中の魔力を吸収して、自然に回復させることが出来る。それでも、それが尽きることに慣れていないカリストには大きな負担だ。

 まだMP魔法力にはだいぶ余裕があるミレーナに視線を向けながら、ラドバウトが話す。


付与術士エンチャンターの大きな役割は、如何にかけた付与エンチャントを途切れさせないか、ということに尽きる。普段なら一度かけたら一定時間維持されて、切れたらまたかけ直す、ということになるじゃろうが、付与エンチャントが切れた瞬間というそのスキを突かれたらどうにもなるまい」


 彼の説明に、ミレーナがはっとした表情を見せた。思い当たる経験が、やはりいくつかあるらしい。


「そ、そうか……! 確かに今までも、付与エンチャントが切れてかけ直すまでの間に、危ないことになったことはあります」


 曰く、多数の魔物に囲まれた時とか、付与術士エンチャンターのいない他の冒険者のパーティーと共同で魔物に相対した時とか、自分一人で多数の対象に目を配り、付与エンチャントを支えなければならない時に、どうしても全てに手が回らなくて、その付与エンチャントを回せなかった部分から攻め込まれる、ということが、これまでにあったのだそうだ。

 付与術士エンチャンターは冒険者の職業の中でも、縁の下の力持ちと言った役割が強い。盤石の支えが必要となる場面でこそ大いに力を発揮するが、そのためには判断力と素早さが必要なのだ。

 ラドバウトが大きく頷き、同時に柔らかな笑みを見せた。


「そうじゃろう。だから、定期的に付与し続ける、ということが大事なんじゃ」


 そう、だから付与魔法は「効果が切れるギリギリまで耐えてからかけ直す」より「定期的にかけ直して効果が切れないようにする」という使い方が重要なのである。

 三人がほっと息を吐いたところで、ラドバウトの指が再び前方に向けられた。先程標的にしていた木を指し示す。


「さて、と。三人ともあの木を見てみい」

「あ……!」


 その木を見て、三人は驚きに目を見張った。

 多数の矢が突き刺さって、表面が凍りついているのは今更言うことでもない。度重なる攻撃によって、大きな穴が穿たれているのだ。カリストが驚きに満ちた声を漏らす。


「すごい……いつの間に穴が」

「一点に攻撃を集中させれば、いかに第一位階の魔法と言えどもあれだけの威力を出せるんじゃよ。あとは、動き回る魔物に如何にして攻撃を当てていくかじゃ」


 彼の感動した言葉に頷きながら、ラドバウトは言葉を重ねた。

 魔物はどんな相手でも、大人しく攻撃を受け続けたりはしてくれない。大概が動き回り、逆に向こうからも攻撃を仕掛けてくる。それに対抗して、如何に魔法を当てていくか。魔法戦闘の肝はそこだ。

 納得した様子で頷く三人に、ラドバウトは両手を叩きながら言った。


「さあ、次は魔物の攻撃をよけながら魔法を維持する訓練じゃ! フレイク、来い」

「はいっ!」


 今まで出番のなかったフレイクを呼び寄せると、ラドバウトはその辺に落ちていたそこそこの長さの棒切れを彼に持たせた。そうしてその背を叩きながら言う。


「今からフレイクにミレーナを攻撃させる。槍は使わせないから安心せい。その状態でカリストとトゥーリオに付与エンチャントをかけ続けるんじゃ」

「えっ、い、今からですか!? あの、ちょっと休憩を」


 困惑するのは冒険者三人の方だ。今まで休んでいたフレイクは体力気力共に十分。対して三人は先程まで魔法を使い続けて疲弊しているのだ。

 しかしラドバウトは容赦しない。「鬼」の異名の通りに厳しい言葉を三人にかけていく。


「何を言うか、魔物は待ってはくれんのじゃぞ! ほれカリスト、お主も立たんか。早くしないとフレイクが殴りに来るぞ!」

「ひい……!」


 引きつった声を出しながら慌てて立ち上がるミレーナ。つられてカリストとトゥーリオも立ち上がって逃げ始める。そのまま、追いかけっこのような訓練が始まった。

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