第4話 鬼のラドバウト

 全員が武器を下ろす中、ラドバウトが憮然とした表情で冒険者三人に指先を向けた。


「まずは、じゃ。お主らの所属国家、名前、職業ジョブを教えよ」


 つまりは自己紹介をしろ、ということだ。複雑そうな表情になりながら、カリスト、トゥーリオ、ミレーナが順番に口を開く。


「ホッジ公国冒険者ギルド所属、職業勇者ヴァラー、カリスト・シヴォリ」

「同じくホッジ公国冒険者ギルド所属、職業弓使いアーチャー、トゥーリオ・トゥリーニ」

「同じくホッジ公国冒険者ギルド所属、職業付与術士エンチャンター、ミレーナ・スキャパレッリです」


 彼らの簡潔な自己紹介を聞いたラドバウトは、腕を組みながらふんと鼻を鳴らした。


「ホッジ公国か……10年ほど前に、バジオーラ王国から分離した国じゃったな。君主はバルダッサーレ・ホッジ1世か」


 彼の発言に、カリストたち三人は目を見開いた。

 その言葉通り、ホッジ公国は12年前、バジオーラ王国の一地方を収めていたホッジ公爵が国の方針に異を唱え、分離独立した新興国だ。出来上がってからまだ間もない小国であるゆえに、人間社会でもその存在感は大きくない。

 それを、魔物であるラドバウトはしっかり認識して、君主の名前までそらんじて見せた。


「す、すごい……」

「そんなにすらすらと……うちの国はまだ小さな国なのに」


 トゥーリオが驚きの声を漏らし、ミレーナが口元を抑えながら言うと、ラドバウトはうっすら目を細めながら頷きを返した。


「出来たばかりの小さな国だからこそ、じゃよ。人間界の政局の変化を捉えるのも、わしの仕事じゃからな」


 そう、ラドバウトは魔王の側近を務めていた。人間界の情勢にも目を光らせ、その状況を魔王に伝えるのが彼の重要な仕事だ。なんなら幻影魔法を使って人間に化け、人間界を旅しながら情報を集めたこともある。

 ホッジ公国も、出来てすぐの頃に訪れたことがあった。あの慌ただしい空気を懐かしみながら、ラドバウトはカリストに目を向ける。


「ふむ……察するにお主らは、どこか別の国からホッジに移って来たんじゃろう? そして国家認定勇者に認定された。出来たばかりの国とあれば、生え抜きの冒険者など育ちようがないからのう」


 そう問いかけられて、カリストは困惑しながらも頷いた。まさか、ここまできっちりと言い当てられるとは思っていなかったのだろう。


「あ、ああ……俺たちはバジオーラ王国のギルドから移ったんだ。新しい国のギルドなら、活躍も出来るだろうって……」


 新しい国なら競争相手も少なく、自分たちはいい位置に行けるかもしれない。そう話すカリストに、ミレーナもトゥーリオも頷きつつラドバウトを見た。その視線は何とも心配そうだ。

 一般的に、冒険者が自分の所属するギルドを変えることは稀だ。国を離れた後にパーティーを組み直し、パーティーの統括ギルドが祖国のギルドと異なるケースはあるが、所属を変えることはほぼ無い。変えることがあったとしたら大概、「軟弱者」と罵られるものだ。

 ラドバウトも難しい表情をしながら頷いた。そうした冒険者ギルドの事情も、彼はよくよく知っている。


「間違いではない。しかしそういう出来たばかりのギルドは、得てして地盤が脆弱なものじゃ。お主ら、ホッジのギルドからあまり仕事を回してもらえなかったじゃろう」

「うぐっ」


 彼の指摘に、カリストが言葉に詰まった。図星だったらしい。

 実際、ホッジの冒険者ギルドに入ってくる仕事はとても少なかったらしい。強い魔物が頻繁に出てくるわけでもなく、魔物の襲撃が頻発するわけでもなかったから、彼らは突発クエスト制度を使って後付けで魔物討伐の依頼を行って報酬を得ることが多かったのだとか。

 その話を聞いて、ラドバウトは深くため息をついた。もう、嘆かわしいと言うしか無い。


「まったく腹立たしいったらないわ! こんな未熟な若者を勇者に祭り上げるならまだしも、経験もろくに積ませずに魔王城に差し向けるなど! お主らの弱さも腹立たしいが、お主らの国の所業も腹立たしい!」


 冒険者としての経験をまともに積めず、強力な魔物と相対する経験も少なく、しかし勇者としての地位だけは約束された状態で、きっと彼らは天狗になってしまっていたのだ。ともすれば無為に生命を散らすことにもなりかねないのに、である。

 ラドバウトは深く憤っていた。カリストたちが弱いことも勿論だが、カリストたちがそう弱いままであることを許容したホッジ公国の上層部が何よりも許せない様子。

 今まで魔王の側近として、魔物の教育者として、数多の魔物を手塩にかけて教育してきた彼のことだ。弱いままであることを許容する姿勢は、殊の外に許容できないものだ。怒り心頭にカリストに指を突きつける。


「特にお主じゃ、カリスト! 勇者でありながら剣をやみくもに振るだけで! お主らのパーティーは魔法による攻撃手に乏しいのじゃから、魔法も有効に使っていかんか!」


 その言葉に、カリストは大きく目を見開いた。

 確かに「湾曲する矢フレッシオーネフレッシア」の構成は、勇者ヴァラー弓使いアーチャー付与術士エンチャンター。魔法攻撃を行える人員が勇者ヴァラーのカリストしかいない。これでは物理攻撃に強い敵が出てきた時に手詰まりになってしまう。

 なのにカリストは剣を振り回すだけで、魔法を使う様子が欠片もない。これは戦術の大きな穴だ。


「そ、そんなこと言われても今まで使ったこと」

「そんなもこんなもあろうか、軟弱者め!」


 言い募るカリストだがラドバウトは容赦しない。言葉を遮って厳しい言葉をぶつけては、その手に持った杖を強かに地面に打ち付けた。


「よいか、第一位階の魔法を連射するだけでも魔法戦闘としては十分なのじゃ! 勇者だから高い位階の魔法を派手に使わないと、などと思っておるのやも知れんが、そんな固定観念は捨てろ!」

「お、おお……」


 厳しいながらも的確な、わかりやすい指導の言葉に、カリストは目からウロコが落ちた様子。その発想はなかったと言わんばかりだ。恐る恐る、彼が口を開く。


「じゃあ、その、氷矢アイスニードルを撃ちまくってるだけでも、いいってことなのか?」


 辛うじて問題なく使える水魔法第一位階、氷矢アイスニードルを挙げて言えば、ラドバウトは大きく頷いた。第一位階の魔法を連発するなど、およそ勇者らしくない戦い方と思われるだろうが、背に腹は代えられないのだ。


「無論じゃ! じゃがお主らは少人数、なるべく多くの属性の魔法を使えるに越したことはない。それにミレーナが属性付与アサインメントを使って、武器に属性を付与エンチャントして攻撃することも出来ようが」


 ラドバウトが今度はミレーナに目を向ければ、彼女もぽんと手を打った。今まで攻撃速度を高めたり、攻撃精度を高めたりと、物理攻撃を強化する方向で付与エンチャントする彼女だったが、何も付与魔法はそういうことばかりする魔法ではない。

 武器に属性を付与して、物理攻撃に魔法を乗せる属性付与アサインメントは、付与魔法第三位階。比較的基本的な魔法であるゆえに、ミレーナは重要視していなかったらしい。


「な、なるほど! その発想はありませんでした!」

「物理に強い敵は、今までなるべく避けて通って来たから……」


 彼女の言葉に続いてトゥーリオが声を漏らすと、彼に向かってラドバウトが厳しい視線を向ける。

 自分たちが与し易い敵ばかりを選んで倒していく、なるほどそれも冒険者パーティーとしては一つの形だ。しかし、彼らは国家認定勇者。そんなことを言っていたらまともに活躍が出来ないだろう。


「勇者をようするパーティーともあろう者が、敵の選り好みなどして何とする! ええい腹立たしい、骨の髄まで戦闘理論を叩き込んでやるから覚悟しやれ!!」

「ひぃ……!」


 ラドバウトが我慢ならないと言った様子で杖を地面に打ち付けると、カリストが引きつった声をあげる。

 そのやり取りを少し離れて見ていたフレイクが、感嘆を顕にしながら言葉を漏らした。


「うわぁ、先生の本領発揮だぁ……」


 『竜頭の翁』ラドバウト、またの名を「鬼のラドバウト」。

 教え導くことに関しては比類なき熱意と厳しさを以て生徒と相対する彼の、情け容赦のない勇者への指導が、夜だと言うのに始まった。

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