第3話 勇者の実力
「風のごとく駆け、風のごとく屠れ!
「汝の目は鷹、遠きを見定める光を宿せ!
ミレーナがカリストとトゥーリオに
「うぉぉぉっ!」
「いけっ!」
カリストが雄叫びを上げながらフレイクに斬りかかり、同時にトゥーリオがラドバウトに向けて短弓から矢を放つ。素早く精度の高い攻撃がフレイクを襲うが、そんな見え見えの攻撃を食らうほどに彼は弱くはない。
「甘いのう」
後方に下がり、同時に体を入れて矢をかわすと、フレイクも槍を横薙ぎに振るって相手の剣を弾いた。攻撃が防がれたことに二人の冒険者が目を見開く。
「く! まさか外すなんて!」
「諦めるな、攻め続けるぞ! ミレーナ、追加でエンチャントを……あっ、この!」
「先生はやらせないぞっ!」
トゥーリオが再び弓に矢を番えて、今度はフレイクに狙いを定めた。弱そうに見えるフレイクを先に排除して、それからラドバウトを狙おうと考えたらしい。
しかしフレイクも易易と殺されるほど弱い魔物ではない。何せ魔王城の衛兵を務めるくらいなのだ。勤務歴が短いし人間語を話せないだけで、立派な熟練者である。
「甘い、甘すぎる」
ラドバウトは悠然と声を漏らした。
それに気づく様子もなく、無為に剣を振るうカリストと、矢を浪費するトゥーリオ。ミレーナもどこを強化するか悩んでいる様子で、まごつきながら杖を振り上げた。
「一の刃が千の傷を作る!
「よし、これなら……わわっ!」
「えーいっ!」
そしてトゥーリオが矢を放とうとしたそこに、フレイクが攻撃を仕掛けていく。突き出される槍の切っ先はかわしたものの、大きく狙いを外した矢はラドバウトにも当たらない。
「むっむむむむ……!」
ほとんど、有利に戦闘を進めるフレイクと、彼に翻弄される三人の冒険者という構図になった戦いを見ているだけのラドバウト。彼の歯が噛み締められ、その隙間から苦々しい声が漏れていた。
彼らは魔王領の結界を超えられるくらいのレベルの持ち主であり、ランクにいる冒険者だ。それなのに、この無様な戦い方はどうだ。
「くそ、今度こそ――」
そしてカリストが、フレイクから視線を外してラドバウトの方に向き直ったその瞬間。
「全員、戦い方、止めーっ!!」
「いっ!?」
ラドバウトの腹から出された大きな声が、夜の森に響き渡った。
その大声と迫力に、全員が動きを止める。フレイクは勿論、カリストも、トゥーリオも、ミレーナもだ。
遠くの方で鳥が飛び立つ音がする。それだけ、彼の今の発声は遠くまで届いたらしい。その声の主が怒りを顕にして、カリストに向かってずんずんと歩いていく。
「敢えて黙っていてやるつもりじゃったが、もう我慢ならん。なんじゃお主ら、それでも勇者のパーティーか!」
目をまんまるに見開いて、口をぽかんと開けたカリストに、ラドバウトは怒り心頭で詰め寄った。殺そうという風ではない。完全に説教しにかかっている。
目を白黒させる彼へと、ラドバウトが言葉を重ねつつ説教している相手の喉をつついた。
「戦術のせの字すら知らんような戦い方をしおって! まずはわしの行動を
「え……えぇ……」
対して、説教されている側のカリストは情けない声を漏らすので精一杯だった。それはそうだろう、魔王の側近を長く勤めた、れっきとした魔王軍の重鎮に、戦術理論を懇切丁寧に教えられているのだから。
「なんで魔王の側近に戦い方について説教されてるの、僕たち……」
「しかも指導の仕方が具体的だわ……どうなっているの?」
後ろで聞いていたトゥーリオとミレーナも困惑した様子で言葉を交わしている。彼らもなんで今の戦闘が今の状況を引き起こしたのか、分かっていない様子だ。
槍を下ろしたフレイクが、おずおずとラドバウトに声をかける。
「先生、そんなに酷かったですか?」
「うむ、わしがこの38年間目にしてきた冒険者の中でも、稀に見る酷さじゃ」
彼の問いかけに、ラドバウトはばっさりと言ってのけた。その言葉に、カリストの喉からカエルが潰れたような音が漏れる。
38年間で見てきた中でも稀に見る酷さ。そこまで言われる筋合いがあるのか、と言いたげな表情をしているが、相手は何しろ『竜頭の翁』ラドバウト。数多の冒険者を魔王の側で見てきた男だ。ランクやレベルに依らない
ため息を付きながら、ラドバウトはカリストの顔を見つつ問うた。
「レベルは相応に高いんじゃがのう……お主ら、パーティーランクはいくつじゃ」
「え、Aだけど」
素直に答えるカリスト。彼の顔から視線を外して後方の二名に目を向けると、二人とも頷いた。嘘偽りを言っているわけではなさそうだ。
「ふむ、試験は受かっておるのじゃな。では、Sランクのモンスターを単独で討伐した経験はあるか」
「た、単独で?」
しかし、次いで投げられた質問に、三人が困惑の声を上げた。
Sランク。一般的な魔物の強さを示すくくりの中では、最上位に位置するランクだ。このランクにある魔物は群れのボスだったり魔物の住処のヌシだったりすることが多く、これを単独のパーティーで倒すことができれば一流、と言われる。
本来はその上に「規格外扱い」を示すXランクというのがあり、神獣や精霊がこのレベルにあるが、ここまで来るとステータスが飛び抜けて上がるので、冒険者パーティーが単独で相対するのはほぼ不可能だ。
果たして、カリストが振り返って仲間の二人を見た。その視線の先でミレーナが指を折りながら確認する。
「えーと……アンドルフィ高原の
「あとは、ファブリ山の
彼女の後を継いでトゥーリオも話すが、名前を出した
「
「マジか」
その事実に、カリストの口から気の抜けた言葉が漏れた。
アンドルフィ高原の
つまりこの三人は、まともにSランクの魔物と単独で相対したことがない、ということになる。いよいよもって呆れの色を隠さないラドバウトだ。
「はぁぁ……何と言う体たらくじゃ。それでよく、後虎院が全員健在の魔王城に、単独で乗り込もうとしたものよな」
先程まで魔王軍に在籍し、その内情をよく知っているラドバウトは呆れた。後虎院の面々が誰かしら殺されていたり、その配下が倒されたりしている状況なら魔王城に攻め入るのも分かるが、今は盤石の体制だ。
そんな時に、この程度の実力しか持たない彼らが、単独で乗り込むなどと。無謀にもほどがある。
「もう見ておれん。勇者がこんなではお主らを勇者と認めた国の
故にラドバウトは額を押さえながら言葉を吐いた。教育者として見過ごせなかった。
だから次に、彼はこう言ったのだ。
「わし直々に稽古をつけてやる」
「え……」
その言葉を聞いて、カリストも、トゥーリオも、ミレーナも目を見開き、次の瞬間には。
「えぇっ!?」
驚きを顕にして大きな声を上げるのだった。
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