第2話 勇者カリスト
ラドバウトとフレイクが徐々に距離を詰めていく一方、その詰められている側の冒険者パーティー三人は、近くに魔王直々の側近がいることなど露ほども思わず、結界のすぐ傍で焚火を囲んでいた。
Aランクの冒険者パーティー「
「いよいよ明日は、結界の内側に乗り込むな……」
「そうね……」
パーティー唯一の女性、
ここはもう魔王領の中だ。結界を越えればものすごく強い魔物がうようよしている。しかし、彼らはここまで来たのだ。今更引き返すなんてことは出来ない。
「とうとう来ちゃったね、カリスト」
「ああ。俺たちの手で、鬼哭王ローデヴェイグの息の根を止めてやるぞ」
トゥーリオの言葉に頷いたカリストが、木の枝から吊り下げた魔法ランタンを見上げながら言った。
ホッジ公国所属の冒険者として、魔王領に踏み込むのは彼らが初めてだ。そもそも10年ほど前に出来たばかりの新興国家、冒険者ギルドの力もまだ弱い。それが、ここまでやって来れるパーティーが出るに至ったのだ。
祖国に、君主たるホッジ公に、恥ずかしい姿は見せられない。ミレーナが身を乗り出しながら声を上げた。
「大丈夫よ、私たちならきっと負けないわ」
「そうだよね、大丈夫だよ」
彼女の強気な言葉に、不安がっていたトゥーリオも目を見開いて頷いた。二人の思いを受け止めて、カリストはすっくと立ちあがった。
「レベルも十分に上げた。パーティーのランクもちゃんと規定まで上げた。何も心配はないさ」
意気軒昂に拳を突き上げるカリスト。それに続いてトゥーリオも立ち上がる。
「だ、だよね! うん」
「シッ、待ってトゥーリオ」
が、すぐさまミレーナに制止された。手を引かれたトゥーリオが慌てて腰を下ろす。
カリストにも動かないよう手で制しながら、ミレーナが視線を向けるのは結界の中だ。
「何か聞こえるわ。魔物かもしれない」
「来たか」
「結界のすぐ傍だもん、そうだよね」
カリストも動かずに、しかし腰に挿した剣の柄に手をかける。トゥーリオも愛用の短弓を握った。
彼らのキャンプに近づいてくる影は、どんどん大きくなっている。草を踏んで分け進む音も同様に。カリストの手に力が籠もる。
「近づいてくる。ミレーナ、トゥーリオ、構えろ!」
「ええ!」
「来るなら来い!」
ミレーナも杖を握り、トゥーリオも弓に矢を番えた。
そして、結界を越えて木々の向こうから姿を現したのは。
「おお、やはり冒険者のパーティーであったか」
「先生、危ないですって!」
「……っ!?」
誰あろう、ラドバウトとフレイクである。
三人が三人とも、驚愕に目を見開いて動きを止めた。棒立ちになった三人の冒険者へと、ラドバウトは随分と気軽に、にこやかな笑みを浮かべながら両手を挙げつつ声をかけた。
「キャンプ中に邪魔をしたようで申し訳ない。少々、時間を取ってもらってよいかの?」
魔物らしからぬ、優しい問いかけ。しかし冒険者三人の耳には、ちっとも入っていない様子だ。
それはそうだろう、ラドバウトが魔王の側近を解任され、魔王軍から追放された話は、まだ魔物たちにすら伝達されていない。魔王城の中でですら、ようやく現実の話として末端の魔物の話題に上り始めた程度だろう。
当然、冒険者である彼らに伝わるはずもない。結果、ラドバウトは他ならぬ「魔王の側近」として警戒された。
「ラ……」
「ラドバウトだ……」
「『竜頭の翁』……何故ここに……」
小さく震えだす冒険者たち。剣の切っ先が、矢の向く先が、小さくぶれる。だがしかし、まず我に返ったカリストが剣を握り直して言った。
「きゅ、休憩中に襲ってくるとは卑怯だぞ! だがこの『突風の勇者』カリスト・シヴォリが、貴様の首を祖国に持ち帰って門に掲げてやる!」
「私たち『
ミレーナもきっと眉尻を上げながら杖を突きつける。トゥーリオも気持ちを持ち直したのか、弓を構え直した。
臨戦態勢である。ラドバウトを「魔王の側近」と思っているのだから当然だ。こんな大物を前にして全力で殺しにかからない冒険者など、いるはずがない。
両手を挙げた姿勢のままで口をへの字に曲げるラドバウトのローブの裾を、涙目になったフレイクが引いた。
「だから先生、危ないって言ったじゃないですか! 襲ってきますよ!」
「穏便に行ければよいと思っておったが、そううまくは行かんのう。仕方あるまい」
慌てた様子のフレイクに対し、ラドバウトは悠然と微笑みながらカリストたちから距離を取った。こうした対応の落ち着きは、さすがに年季を積んでいるだけはある。
フレイクは魔獣語しか話せないので、彼が何を言っているかはカリストたちには伝わらないが、終始人間語を話しているラドバウトの言葉は問題なく伝わっている。彼が槍を構える小さな獣人に話す言葉も。
「フレイク、構えよ。殺すでないぞ」
「はいっ!」
その「殺すでないぞ」の一言に、冒険者たちは目を剥いた。
自分たちは今からこの魔物を殺そうとしているのに、魔物の側が殺さないつもりで来るという。
それは当然、憤慨もするだろう。馬鹿にされていることに他ならないのだから。普段は温厚に見えるミレーナも、おっとりした気性のトゥーリオも、これには怒りをあらわにした。
「殺す気でこないだって!? 馬鹿にして!」
「容赦するな、行くぞっ!」
カリストに至っては耳まで赤い。激高した様子で剣を振りかぶると、一気に地を蹴ってラドバウトに襲い掛かった。
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