第13話 「酷いなぁ。私は輝夜ちゃんの事は好きだよ。喰べちゃいたいぐらいには、ね」


「――キサラ! ボクの邪魔をするな!!」


 深紅の瞳を爛々と輝かせながら、キサラに向けて鬼淋は吠えた。

 「JOKER」の社内規則で、仲間同士の決闘は基本的に禁止されている為、鬼淋はあくまで睨みつけるだけで済ませていた。

 鬼の目で睨まれたキサラは、顔を引き去らせながらも溜息を吐く。


「はあ。鬼林ちゃん。――――眠れ」


「―― ―― …………」


 キサラは先程までとは別人のような声で言う。

 すると鬼林は、ふらつき、武器である「天望万化」を手から落とし、膝から崩れ落ちた。

 近寄ると寝息を立てながら眠っていることが確認できる。


「アナスタシア。回収宜しくー。「JOKER」本社の地下にでも放り込んでて。目覚めたら、きっと暴れまくると思うし」


「分かりました、お嬢様」


 キサラの後ろに控えていた雪のように白い髪をしたメイドは、眠っている鬼林を抱きかかえ、「天望万化」を持つと空間を歪ませて消えた。


「七も蛇を戻して。貴女程度じゃあ、輝夜ちゃんは斃せないから、無駄なことはやめようか」


「……は、い」


 七は頷くと、巨大な蛇は小さくなり、七の足に絡みつき、スカートの中に潜った。

 そしてキサラは、パンパンと手を叩き、再び輝夜を見る。


「それじゃあ、輝夜ちゃん。話し合いをしようか? まず言っておくと、私達「JOKER」は、輝夜ちゃんと争う気はありません。ぶっちゃけ勝てないし、ただコッチに被害が出るだけだし。割に合わないし。人的消耗は本当に勘弁。だから、手打ちの条件を言って欲しいな」


「――今から48時間以内に、芸能プロダクション「ハーロック」の接待の事実を公にして、事務所自体を潰してくれるなら、争う必要は無くなるね」


「まあ……仕方ないかぁ。輝夜ちゃんと敵対するぐらいなら、ちょっと痛い出費になるけど我慢しよう」


 キサラは頭を掻きながら、大きく溜息を吐き、やれやれと言った感じでスマートフォンを操作する

 連絡している相手は、「JOKER」の社長、臥龍岡孔明。

 この件に関しては、全権が与えられているものの、報告は怠らないキサラだった。


「あ、さっきの件は現在から未来に関しての事だけど、現在から過去に関してはどう支払ってくれるのかな?」


「えー、さっきのでチャラにしよう。こっちは割と損しているんですけど?」


「知らないよ。呪いの蛇で喉元を食い千切られたり、食事の邪魔をされた上に、傷害容疑で警察から指名手配されてるし、とてもチャラには出来ないね」


 輝夜は、多少の慰謝料を貰う程度にしようと考え言った事だったが、その考えを見透かされているためか、キサラは想像にもしなかった事を提案してきた。


「分かった。なら、七を半年ほど輝夜ちゃんに貸してあげるよ」


「は?」


「え?」


 輝夜と七は同時に驚きの声を上げる。


「いやいやいや。ちょっと待って。なんで私があの子を借りないといけないの? 意味が分からないね」


「輝夜ちゃんに迷惑かけたのは七だし。輝夜ちゃんを関わらせるような下手を打った×ゲゲーム的な意味もあるよ。会社としては、ミスした場合、ちょっとは責任を取らさないと、他のメンバーに示しがつかないの」


「全部! そっちの都合じゃん!! それに半年って言った? あの子、もう数日したら死ぬんだけど!」


「うん。でも、輝夜ちゃんなら、普通に呪いを無効化出来るよね?」


「……」


 輝夜は黙った。

 出来る、出来ないで言えば、間違いなく出来る。

 ただ七には色々な呪いの副次的効果に加えて、輝夜がした呪い返しの影響もある為、かなり七面倒な事なのは間違いなかった。

 面倒事だが、なんとかメリットを見つけ出そうと輝夜は、キサラに向けて言う。


「――借りる以上は、呪いは解いてあげる。借りてる最中に死なれたら、目覚めが悪いし、私も『JOKER』と全面戦争は避けたいからね。借りる以上は、私の好きにさせて貰うよ」


「いいよ。でも、エッチな事は禁止だからね」


「……」


「勿論、当社にはそういうことを扱う部署もあるけれど、七は呪術専門部署だから、そっち系の事は許さない」


「……でも、呪いだから、異常が無いか、身体検査はしないとダメだよ。うん」


「輝夜ちゃんの「眼」があれば、見ただけで正常がどうかなんて直ぐに判断できるよねぇ」


「……」


「七も輝夜ちゃんになにかされたら私に報告してくれていいからね? 私の友達にもしかしたらうっかり零しちゃうかもしれないけど」


「――――」


 キサラと永久は同じ学校の先輩後輩であり友達でもあった。

 だから先程の言葉は、七に変な事をしたら永久に言いつけるという、一種の脅しでもあった。

 忌々しげに輝夜はキサラを睨み付ける。


「――神喰。私は、お前が嫌い。大嫌い」


「酷いなぁ。私は輝夜ちゃんの事は好きだよ。喰べちゃいたいぐらいには、ね」


 2人の間で、バチッと火花が散った。


「こわいこわい。余り怒らせると、神の逆鱗に触れて、雷霆でもぶっ放されたら、お臍どころか魂魄すら残らない。本当、私なんてただの神のバックアップの失敗作。成功作の輝夜ちゃんにはとてもとても敵わないもの」


 輝夜の手には雷が握られていた。

 ギリシャ神話の主神であるゼウスが持っていたとされる『雷霆』である。

 それを見ても、キサラの輝夜に対する態度は変わらない。

 輝夜が珍しく一方的に、喧嘩を仕掛けようとしていると、キサラの後ろに控えていた、燕尾服を来た黒髪に赤メッシュを入れている執事風の男――バサラが間へと入る。


「お嬢。好い加減に挑発は控えてくれ」


「――――ごめんね? 喰べちゃいたいぐらい大好きな輝夜ちゃんと顔を合わすと、つい、ね」


 舌舐めずりをして口元を両手で覆うキサラ。


「お詫びに一晩。私の身体を自由にしてみる? なんたって今の私は花の女子高生♪」


「お嬢!」


「はっ。私だって誰とエッチをするかは選ぶ権利があるんだよッ。第一、なんちゃって女子高生の神喰とするぐらいなら、コスプレしたソープ嬢とした方が、断然マシッ」


「うわぁ。酷いなぁ。こう見えても現役女子高生って色々と大変なんだよぉ」


 ブツブツと文句を輝夜に向けて文句を言うキサラだった。

 舌打ちをした輝夜は、雷霆を掻き消し、手に契約書を取り出した。

 先程、穗乃華と交わした契約書と同じく、テスタメントによる神と人の契約。反故が許されない絶対的なものとなっている。


 正直、輝夜はキサラの相手は、色々と疲れることもあって早々に切り上げたかった。

 輝夜が知る限りで、「キサラ」は元より「JOKER」の面々達の中には、テスタメントによる契約を何かしらの方法で解除出来る者は、今現在はいない。

 だからこそ、さっさと契約を結びぶことで、行動を縛り、キサラと離れたかった。




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