第12話 「もしも私を本当に殺す事が出来るのなら、諸手を挙げて大歓迎するところだけど」


 愛彩の刀を砕くと、鬼淋は「天望万化」を鉄パイプのような形状から、今度は棍棒のような形状へと変化させる。

 

 鬼神具「天望万化」

 ありとあらゆる武具に変化する事が可能な鬼族が持つ至宝の1つ。妖力により耐性・破壊力も変化するため、担い手の力量によって威力が変わる宝具である。

 鬼淋は今の時代に生きる鬼種の中では、最強クラスの実力者であるため、「天望万化」は正に鬼に金棒と言って良かった。


 「天望万化」はバチバチバチと黒い雷を纏わり付かせると、鬼淋は愛彩に向けてフルスイングをした。

 咄嗟に両腕を重ね合わせて防御を取るものの、「万砕」の威力も相まって、骨が砕け散る音がすると同時に、愛彩は吹き飛んだ。

 入ってきた穴を飛び越え、隣のビルに激突した。


《――辛うじて死んではないようですね。「万砕」ではなく「万壊」の方なら、肉体が壊れて死んでいた事でしょう。仮にも同族ということで、手加減をしたのでしょうかね》


「鬼淋ちゃんは、そんなタイプに見えないけどね」


 デウス・エクス・マキナの言葉に、輝夜は否定的な考えを示した。

 同族だからと言って手を抜き殺さないような人物であれば、そもそも同族殺しで一族から追放されたり、実弟の角を折ったりはしないだろうというのが、輝夜の考えだ。


「ただ単に、警察を殺したら面倒だからじゃない? 893と同じで警察も身内には優しくて仲間意識が強いからさ。それよりも、もう少し嫁姑バトルは長引くかと思ったけどなぁ」


《羅生門と鬼淋の実力・武器の性能差を考えれば、あと1分程度早い決着もありえました》


 わざわざ武器破壊してから、フルスイングで退場させた。

 鬼淋の実力であれば、初手で武器ごと愛彩を砕くにしてろ破壊するにしろ出来た。

 それをしてなかったので、手加減云々は置いておき、輝夜は七との戦いが終わるまでは長引くだろうと思っていた。一対二よりも、一対一が圧倒的に楽な為だ。


「阿頼耶識! 次はお前の番だ。お前だけは、絶対ニ殺スッ!!!」


 まるでホームラン宣言のように「天望万化」を、輝夜に向ける鬼淋。


「もしも私を本当に殺す事が出来るのなら、諸手を挙げて大歓迎するところだけど、鬼淋ちゃんに私を殺す事が出来るかな~~♪」


 冗談のような声で言うが表情は真面目であり、虹色に光輝く眼で、鬼淋を見つめる輝夜。

 深紅に爛々と輝く眼と、虹色に光輝く眼がバチバチと物理的に火花を散らす。

 一秒にも満たない僅かな睨み合い。

 先に動いたのは、鬼淋だった。

 「天望万化」を身の丈ほどの金棒に変化させ、輝夜に向けて特攻を仕掛ける。


「はい! そこまで!!!」


 パンパンと手を叩く音がすると、鬼淋は立ち止まった。

 この場にいる全員が、手を叩いた人物の方へと視線を送る。


「げ」


 輝夜は誰にも聞こえない形で舌打ちをした。

 そこにはいたのはツインテールで虹色のカラフルな髪をした学生服を身につけた少女がいた。

 彼女の名は神喰キサラ。

 輝夜が天敵と呼べる数少ない相手であった。









 少しだけ前。

 某カラオケ店の一室で、キサラは学校の友達数名とカラオケで盛り上がっていた。


「♪♪ ♪ ♪♪ ♪♪♪」


 キサラが歌い終えると、モニターに「98.5点」と数字が表示された。


「キサラちゃん。相変わらず上手だね」

 

「神宮さんの歌声。素敵。歌唱部に入れば良いのに」

 

「アハハハ。ありがとうね♪ それじゃ、次は――」

 

「あ、次は私です」


 キサラは手を上げた同級生の女の子に、自分が使っていたマイクを手渡した。

 するとタイミング良くキサラが持つスマートフォンが鳴る。


「あ、ごめんね。バイト先からの電話だ。出ないと面倒だから、ちょっと出てくるねー」


 キサラはそう言うと、部屋を出てると電話に出た。

 電話の相手との会話はあまり他人には聞かれたくない為、カラオケ店の外へ向けて歩き出す。


「社長。なんですかー。今、私は同級生と一緒に放課後カラオケという青春イベントの真っ最中なんだけど?」


『緊急事態だ』


 電話の相手は、人材派遣会社「JOKER」の社長、臥龍岡(ナガオカ)孔明(コウメイ)。


「本当ですかー。もし緊急事態じゃなかったら、青春の時間を奪われた慰謝料請求しちゃいますよ?」


『A案件だ』


「それは……緊急事態ですねぇ」


 A案件。つまる所、阿頼耶識輝夜が関わってきた場合に使われる記号。

 しかし輝夜は、ほとんど働かない為、あまり使用される事はない。


『しかも、不味いことに、偶然居合わせて鬼淋が飛び出ていった』


「oh。なんで鬼淋ちゃんを止めなかったんですか! と、言うかですね。なんで鬼淋ちゃんがいるんです? 確かソマリア沖の海賊退治の依頼を受けて外国に行ってたはずでは?」


『昨日、帰国して、今日は報告にやって来ていた。その時に、偶然A案件を耳にしたんだ』


「――運が良いのか、悪いのか」


『鬼淋にとっては良いことだろうが、俺達からすれば最悪だ。現状、アレに勝てる手段は無いに斉しい』


「それはそうでしょうとも。なんたってマジモンの神サマですよ。昔から触らぬ神に祟り無しっていうじゃないですか。一種の天災だと思って諦めるしかないですね。うんうん」


『鬼淋を喪うにはあまりにも惜しい。ウチの会社で、単純な物理攻撃で解決できる荒事の解決率は、TOP3に入る人材だ。――だから、お前がなんとかしろ』


「無茶振りキター。え、本気で言ってます?」


『本気だ。ウチの会社で、アレと交渉できるのは、お前だけだからな。今回の件は、お前に全て任せた。ただし、金銭面では幾ら損をしても良いが、人材だけは損なうな。金はどうにかなるが、人材だけは代えが効かない』


「――私、社長のそういうところ、好きです。分かりました。微力を尽くしますとも。あ、バサラとアナスタシアを付けて下さい。」


『…………分かった。兎に角急げ。鬼淋は阿頼耶識を見た瞬間に仕掛けるぞ』


「かしこまり。かしこまり」


 キサラは電話を切ると同時に大きく溜息を吐いた。

 絶対に後で特別ボーナスを請求するぞ、と心に決めて、キサラは友達のいるルームへと戻り、歌いに来ていた友達に平謝りをして自分の分の料金を机の上に置くと、急ぎ目標の場所へと向かうのだった。


 

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