第2話「大魔女である飛鳥ですら私を呪い殺せなかったんだから」


 カランッカランッカラン


 「ウイッチクラフト」の入り口扉に付けられている鐘が鳴る。

 入ってきたのは16歳ほどの少女。黒い髪の短髪に可愛らしい顔は、今は曇っている。紺色のスカート、白いシャツ、首元には赤いリボンがある学生服を身につけていた。

 おどおどとしていて緊張しているようだった。


「あ、あの、ここに、2階にある万事屋を営んでいる、阿頼耶識さん、いますか?」

「いないよ?」

「コイツよ」


 輝夜は速攻で嘘をつくものの、飛鳥は指を差して言った。


「ちょっと飛鳥っ」

「アンタの所に来る依頼人なんて滅多にいないんだから、素直に受けて今月のノルマを果たしておきなさい」

「……面倒くさいなぁ」


 溜息を吐きつつも、輝夜は席から立ち上がった。

 もう今月も残すところ10日しかない。

 月に1つの依頼を受ける。という彼方との約束を守るなら、飛鳥が言うとおり、素直に受けるしかないのだが。

 輝夜はとことんやる気を起こさない性分なのは、生来の運の悪さもあって、来る依頼は面倒くさいものだとほぼ確信しているからでもあった。


(……ん。この子、可愛くない? これはちょっとだけやる気が出てくるなぁ)


 可愛いは正義が信条である輝夜は、少しだけ前向きに依頼を受ける気持ちになった。

 輝夜は少女の前に立つと、指先を天井に向けて差すと言った。


「とりあえず、上の事務所に行こっか」

「は、はい」


 緊張しているのか少女は、言葉を詰まらせながらも、首を縦に振って返事をした。

 輝夜は『ウイッチクラフト』の扉を開けて外に出ると、熱気が躰を襲う。

 8月になりテレビでは、観測史上で二番目だとニュースになるほどだ。幾らビルとビルの間で、薄暗いとは言え熱いものは熱い。

 さっさと事務所に行くことにした輝夜は、『ウイッチクラフト』の横にある階段を昇り事務所がある二階へと向かった。


「ヒッ」


 少女は声を出して驚く。

 事務所の横に置かれている神像。

 それは不可思議な貌をした像で、無貌のように見えて幾つもの貌を持つ、とてもとても妖しく奇妙な貌をした像であった。

 少女の怯えた声を気にする様子も無く、輝夜はポケットから鍵を取り出して事務所の扉を解錠して開けた。


「万事屋「アンダーテイカー」へようこそ。適当にソファーに座ってて。飲物は何がいい? コーヒー、麦茶、天然水、炭酸水、烏龍茶、後はジュース各種があるけど」

「あ。水で、大丈夫です」

「そ」


 少女は椅子に座り、輝夜は事務所の奥にある扉を開けて中へと入った。

 輝夜が入った扉の先には、シンクと冷蔵庫とガスコンロが、設置されている棚には色々なお菓子が置かれている。

 依頼を受けて働きたくない輝夜だが、万が一、今回のように依頼人が来た場合に備えて、一通りの準備だけはしていた。

 相手が学生という事で、棚に置いてあるポテトチップスやポッキーなど比較的に安いお菓子(※依頼人にマウントを取られないように高めのお菓子も一応用意はしている)を皿に乗せ、コップに冷蔵庫の冷凍室にある氷を幾つか入れ、冷蔵庫に入れてある天然水のペットボトルを取り出してコップに注いだ。

 お盆にお菓子の乗った皿と水を入れてコップを乗せると、少女がいる場所へと戻った。


「はい。どうぞ」

「あり、がとう、ございます」


 少女は頭を下げると、コップを手に持ち水を飲んだ。

 喉が渇いているのか、ゴクゴクと飲み、コップに入っていた水はすぐに空になった。

 空になったコップを少女がテーブルに置いたタイミングで、輝夜は問いかける。


「そう言えば名前を聞いてなかったね」

「あ、鎗水穗乃華、といいます」

「ヤリミズ・ホノカ。オーケー。で、依頼内容はなにかな」

「……それは、」


 穗乃華はスカートをぎゅっと握りしめ、緊張した面持ちで依頼内容を言おうとした瞬間のことだった。


「     っ     ぁっ ぁっ  ぁっっっっ」


 首元に手を当てて呻きだした。

 穗乃華の首には黒い蛇のような模様が浮かび上がり、まるでそれが首を絞めているかのようであった。


(なるほどなるほど。口止めの咒印。一定の言葉を喋ろうとすると、喋ることが出来なくなる咒法。さて、どれぐらいの物だろう)


 輝夜はソファーから立ち上がり、窓際にあるデスクに向かうと、デスクの上に置いてあるメモ用紙とボールペンを取ると、穗乃華のテーブル上へと置いた。


「喋れないみたいだから、紙に書いてくれる」

「……ハ、イ」


 1分ほど苦しんでいた穗乃華は、深呼吸を何度か繰り返し、自身を落ち着かせる。

 そして目の前のテーブルに置かれたボールペンを手に持つと、メモ用紙に依頼内容を書こうとすると、今度は腕から手にかけて黒い蛇のような模様が浮かび上がる。


(メモ用紙もダメかぁ。これだと、スマホとかの電子機器を使ったのもダメそう。――全く面倒くさいなぁ)


 輝夜の黒い両目は虹色に変化して輝き、左手を伸ばし穗乃華の右腕を強く握りしめた。


「――い、いや、いやいやいや。なにをするんですか!!」


 穗乃華は怯え、輝夜の左手をなんとか外そうとする。

 当然だろう。

 輝夜の右手には光を受け付けないほどに黒い、ただただ黒い刀身をした剣が握られているからである。怯えない方がどうかしている。

 その黒い剣を輝夜は、黒い蛇のような模様に向けて振り下ろした。模様の向けてと言っても剣の刀身の幅から腕を切断するほどなので難しくない。


「いやぁぁぁあああああ――――!!」


 穗乃華は叫び声を上げた。彼女から見た場合、腕を切断したかのように見えるのだから仕方ない。

 だが、実際には切断はされていない。それどころか血の一滴からも出ていなかった。


 輝夜が所持している魔剣が一振り。

 対咒法・呪い還えし専用の魔剣。銘は【因果応報(※命名・輝夜)】

 この魔剣は霊剣であり、肉体を傷つけずに、霊や呪いなどの普通の物理攻撃が効かないものに絶対的な威力を誇る。

 特に呪いなどの場合は、魔剣の効果で何十倍にもなって、呪ってきた相手にその咒を還す効果を持っていた。


 穗乃華は躰を震わせて大きく口を開くと、黒い蛇が口から飛び出して来た。

 黒い蛇は大きく口を開け、自身に攻撃をしてきた輝夜の喉元に噛み付く。


「――これ、は、呪い祓いされた、場合の、カウンター、トラップ……ッ」


 喉元に噛み付いた黒い蛇は、猛毒に等しい咒を輝夜の中に流し込む。

 常人であればその瞬間に死ぬ。それほどに強い呪い。

 輝夜は穗乃華の腕を押さえていた左手を外し、酔っ払いのように足をふらつかせて、右手に持っていた魔剣は地面へと落とす。


 ただ、それは僅か、1秒ほどの出来事だった。


 輝夜は直ぐに喉元に噛み付いている黒い蛇の躰を、左手で握りしめると力任せで無理矢理に引っ張り外した。骨、肉片、血が飛び散る。

 右手を損傷のあった場所に当てると、一瞬だけ光る。右手を外したときには、ダメージ痕は消えていた。

 手に持っている黒い蛇の赤い眼と、輝夜の虹色に輝く眼の視線が重なり合う。


「もしかしたらって、微粒子レベルで期待してたけど、この程度じゃあ私を殺せないね。まぁ、大魔女である飛鳥ですら私を呪い殺せなかったんだから然もありなんだけど」


 遠い目をして輝夜は言う。

 左手で掴んでいた黒い蛇の躰を、右手も使い両手で掴むと一気に穗乃華の口から引っ張り出した。

 全長は8メートルほどの黒い蛇。魔剣で切断された影響で、尻尾は無い。

 輝夜は黒い蛇を床に叩き付けた。虹色に輝く眼が爛々と光ると、黒い蛇はジタバタと暴れ回り、風船のように全体が膨らむと割れて黒い粒子となり消え去った。



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