阿頼耶識輝夜は働きたくない!

華洛

第1話 「万事屋「アンダーテイカー」は年中有休なんだよ」


 人通りの多い表通りから少しだけ脇道に逸れて路地裏に入る。

 昼間だというのにビルとビルの間である為か薄暗い。

 あまり人が集客率がお世辞にも良いとはいえない場所であるが、昼間は喫茶店、夜はバーとして営業している『ウイッチクラフト』という店がある。

 店内はカウンターには椅子が6個とテーブル席が2つほど。内装は年代物のピアノやギター音響機器一通り揃えられているものの、雰囲気作りのため使用される事はほぼない。

 ちょうど昼食の時刻だが、場所が場所のためカウンター席に髪をボサボサさせた白シャツにジーパンの20代女性――阿頼耶識(アラヤシキ)輝夜(カグヤ)が1人いるだけだった。


「ご注文のミックスサンドとエナジーハイボールよ」

「ありがとう!」


 店長の鵜久森(ウグモリ)飛鳥は、玉子・ツナ・ハムの3つのサンドイッチとエナジードリンクを合わせたハイボールを、輝夜の前へと置いた。

 輝夜はサンドイッチを手に持つと美味しそうに食べ始める。


「美味しい?」

「飛鳥が作ってくれたんだもの。不味いわけないよ」

「当たり前でしょう。でも、私が聞いているのはそうじゃなくて、女子中学生から貰ったお金で食べるご飯とお酒は美味しいかってこと」

「とても美味しいよ? それが何か?」


 一切の躊躇いもなく輝夜は真顔で言い切った。


「……」

「な、なに、まるで人をクズのような目で見るのかなッ。た、ただで、貰った訳じゃないもん。きちんとセックスもしたよ!!」

「つまり女子中学生とセックスした事で得た金って訳ね。ちょっと警察を呼んでも良い?」

「私と永久(トワ)は純愛だからいいの!」

「女子中学生のヒモをしていて何が純愛よ」


 呆れたように飛鳥は言う。

 安心院(アジム)永久(トワ)は、このビルの所有者である安心院(アジム)彼方(カナタ)の1人娘だ。

 輝夜が二階に万事屋を開いてからしばらくしてちょっとした出来事があり、それ以来の付き合いで自称・恋人同士の関係である。

 また飛鳥の「ヒモ」発言は事実。

 ビル2階にある万事屋「アンダーテイカー」を営んでいるものの、「年中有休」の札を出していて、滅多に仕事を受けないし、働かない。


「……真面目に働きなさいよ。アンタは無能じゃないんだから、やる気さえあれば十二分に稼げるでしょう」

「今の生活に不満はないからなぁ。やる気がおきない」


 サンドイッチをほおばりながら輝夜は答えた。


「でも、月に1件は万事屋としての依頼を受けるって彼方と約束したって聞いたけど」

「……した。したよ。四ヶ月滞納した家賃を半額に免除してくれるっていうからね」

「もう半月経ったけど、依頼は有ったの?」

「アハハハ。飛鳥、何を言ってるの。万事屋「アンダーテイカー」は年中有休なんだよ。依頼なんて来る訳ないじゃん」


 大通りから外れた路地裏にあるビルの2階。

 ビルの窓には電話番号は元より万事屋「アンダーテイカー」の事務所を示す用紙も貼られていない。2階にある事務所の入り口にようやく「万事屋『アンダーテイカー』」と書かれたプレートがあるだけ。更に事務所入り口横には、見ただけでSAN値が大きく減りそうなクトゥルフ神話のある神の像が設置されている。

 そんなどう見ても怪しさしかない所へ依頼をやりに来るのは、余程の物好きか、或いはもう後がない者達だけだろう。


「――なんで自慢気に言えるの」

「私は出来たら働きたくないんだよ」

「働かないと彼方に怒られて、最悪は強制退去。そうすると永久に泣かれるかもしれないわね」

「ぅっ。それは、ちょっと、困るなぁ」


 皿にあるサンドイッチを食べて、エナジーハイボールを一気飲みする。

 腕を組みしばらく考えに考え、苦渋の表情をして作り溜息を吐く。


「仕方ない、なぁ。永久には泣かれたくないし。凄くイヤだけど、働くしかないかぁ」

「そうしなさい。生きている以上、何かしらの労働はするべきよ」

「いや、労働はしてるよ。永久とセックスしてるもの」

「――セックスは労働じゃない。なんて生娘みたいな事は言わないけど、アンタのは言い訳にすぎないから却下」

「酷い。人種差別だ。今の世の中は特に厳しいんだよ」


 ブーブーと文句を言ってくる輝夜を無視して、飛鳥は食器とグラスを回収をする。

 蛇口から水を出し、スポンジに洗剤を付けて回収した食器類を洗う。


「あ、ところでこの店ってVIZAのプリペイドカード使えたよね」

「ええ使えるわよ」

「良かったぁ。永久から、現金じゃ無くてプリペイドカード渡されるようになったら、使えなかったらまたツケにして貰おうかなって思ってたんだよ」

「アンタには丁度良いかもね。チャージした分しか使用できないし、何に使用したか直ぐに分かるんだから、管理をやり易いでしょうからね」


 洗い物をしながら飛鳥は溜息を吐いた。

 永久は嫉妬深く独占欲が強い。輝夜は気にするどころか、「愛情の深さ」などといい受け入れているが、端から見たらヤンデレに垣間見る事ができるほどだ。

 とはいえ、自由奔放で紐が外れた凧のような輝夜を相手にする以上は、その程度が丁度良い塩梅なのかもしれないと飛鳥は考えていた。


 輝夜はジーパンのポケットからスマートフォンを取り出して操作をする。

 一応ではあるが、万事屋「アンダーテイカー」にはHPがあり、条件が合い前金さえ払えるなら匿名で仕事を受けるシステムを構築していた。

 ただし輝夜自身が働く気が無いため、HPからの依頼を受けることはほぼないと言ってもいい。更にHPには検索に引っかからないアルゴリズムを組み込んでいるため、依頼自体がないに斉しいのであった。

 事務所を構えたり、HPを作ったりしているのは、あくまで見栄を張るため。

 無職ではなく、きちんと自営業をしているという見栄を張るための行為でしか無かった。


「依頼が欲しいなら回してあげても良いわよ?」

「ノーサンキュー! 飛鳥が紹介する依頼って面倒なのばっかりじゃん」

「失礼ね。私は実力に見合ったものしか紹介してないわ。だから無事に依頼を完了出来ているでしょう」


 飛鳥は大魔女と称される実力者である。年齢は不明。

 新年号になった現代でも、科学では説明の出来ない事件や怪異などは依然として存在する。

 そう言った事件は、警察では無くて、民間の実力者が受けていた。少し前までは警察にも、そう言った出来事を扱う部署はあったものの、予算や人員削減に時代の流れなどが影響した事もあり、警察から該当する部署は無くなった。

 飛鳥は依頼を取り纏めて仕事として斡旋いるなど、ゲームやラノベでいうギルドマスターのような仕事も行っている。因みに本人曰く、本業は『ウイッチクラフト』とのこと。


「私はっ、働きたくないのっ。仮に働いても、楽で簡単で高収入の仕事がいいの!」

「――今時、子供でもそんな事は言わないわよ」

「ふふふふ。躰は大人。心は子供。それが私なんだ」

「威張って言う事じゃ無いでしょう」


 飛鳥は呆れて溜息を吐いた。



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