白川紺子さんの『後宮の烏』を、老婆の蘊蓄(うんちく)と思い込みで読み込む

明千香

2021年

第1話 皇帝

№1 ≪皇帝≫


 古代中国で皇帝を名乗ったのは、秦の始皇帝が最初だとのことです。それ以前は王とか后だったとか。


 ということは、秦の始皇帝以前の古代中国を舞台とした小説を書く時は、皇帝ではなく王や后となりますが。中華ファンタジー小説であっても、時代を歴史に忠実に設定するのであれば、皇帝と王の使い方は要注意です。皇帝か王かで、中国史に詳しい読者はその世界観を想像してしまうことでしょう。


 宮城谷昌光さんの中華小説は、そこのところがきちんと書かれているので、参考になります。


 白川紺子さんの『後宮の烏』では、皇帝もしくはみかどという名称を使っています。王ではなく皇帝ということで、『後宮の烏』の舞台となるショウという国の朝廷の仕組みや人々の服装や暮らしぶりについては、秦の中華統一時代以降を想像して読めばいいという暗黙の了解となっていますね。


 ところで『後宮の烏』は、皇帝とみかどを使い分けています。皇帝は一般名称として、帝は主人公の高峻を指すときですね。


 小説が女性読者を対象とした後宮ものであるときは、皇帝という呼称は字面的に硬く見える。そのためではないかと想像しましたが、実際はどうなのでしょうか。白川紺子さんに確かめる手立ては、私にはありませんので。(笑) 


 ただ初めはみかどという字に、日本の平安時代の宮中のさまが頭の中でちらついて困りました。まあ、それも作者様が設定した世界観だと、読み進めているうちに気にならなくなりましたが。


 私が書いている中華ファンタジー小説では、皇帝でもなく王でもなく、天子てんしという名称を使っています。

 

 カルチャーセンターで受講した『史記』の講座で、皇帝や王は文字通り天の子で、彼らの徳が高ければ、飢饉も戦争も起きないと信じられていたということを知りました。徳でこの世の天災も戦争も片づけてしまうとは、人というものは、なんということを考えつくのだろうと、その日から、天子てんしという言葉が頭の中から離れなくなってしまいました。


 それで、皮肉も込めて、自分の書く小説には天子てんしという名称を使おうと思ったのです。それと私の中華ファンタジーには天界に君臨する天帝を登場させますので、対比させてみたというところもあります。


 しかし、『後宮の烏』のみかどという言葉に私が平安時代を想像してしまったように、天子てんしという名称が中華ファンタジー小説にふさわしいかどうかは、いまも悩んではいるところではありますが。




 そしてもう一つ、日本の天皇と違って、中国の皇帝の名前には姓があります。

 これが、いかにも皇帝にふさわしい漢字です。


 周王朝の流れをくむ姫なんか、いかにも王家といった感じです。ちなみに『後宮の烏』の高峻は夏です。ほかに韓とか蔡とか舜も、いかにも皇帝の血筋という感じがします。


 そうそう、古代中国では同姓婚は禁じられていたので、皇帝と妃の姓が同じであることはありません。


 これは、中華ファンタジー小説を書く時においての要注意点です。姓が同じであることが多いいとこ同士の婚姻は、かなり難しかったのではないでしょうか。

 それと中国の場合、婚姻によって女性の姓が変わることはないので、皇帝の妃たちは後宮に入ってもそれぞれもとから持っている姓を名乗っています。


 まあそれもファンタジーの世界設定の問題ですから、読者にはそれほど重要なことではないかも知れません。


 最後に、後宮で皇帝に仕える人たちは、皇帝をなんと呼んだでしょうか。

 『後宮の烏』では大家たーちゃ。華流時代劇ドラマでは、陛下へいかが一般的ですね。これもまた、作家さまの設定次第の話でしょう。



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