第8話

 柏木は少しの間、絶句していたけど、ハッキリと答えた。


「うん、私も信じている。っていうか今、ここにいるのは、レストっていう死神についてきたからなの!」


 なるほど、やっぱりそうか……。


「うん、僕が死神の存在を信じているのは、柏木と同じく、レストって言う死神を見たからなんだ……」

「うーん、やっぱり……。え? ちょっと待って。死神だけじゃなくて幽霊の存在も信じているって言ったよね? まさか幽霊も見たの、川本君?」


「うん……」と僕は頷いた。


 柏木は僕の目を真っすぐに見て、聞いてきた。


「それってまさか……」と柏木が聞いている途中で、レストと牧野の幽霊が『すぅ』と現れた。それを見た柏木は、一目散に駆け寄り、牧野の幽霊に抱きついた。そして泣いた。


「結愛、結愛、結愛ーー! バカ! 突然、交通事故で死んだりなんかして! 私がどんなに悲しんだか知っているの? もうバカーー! 結愛のバカーー!」


 牧野の幽霊は優しいまなざしをしながら、柏木の頭を撫でた。少し、そうしていて落ち着いたのだろう、柏木は聞いた。


「結愛、あんた今、幽霊なの?」

「うん、そうだよ。足はあるけどね」


 牧野の幽霊の足を確認した柏木は、答えた。


「あ、本当だ……。っていいの、それはどうでもいいの! 結愛、どうしてこんな所にいるの? 迷って出てきたってやつ?」


 すると牧野の幽霊は、僕が今まで見たことも無かった満面の笑みで答えた。


「正解ーー! さすが凛ちゃん!」

「もう、何、バカ言っているのよ」と柏木は再び強く、牧野の幽霊に抱きついた。そしてまた牧野の幽霊は、柏木の頭を撫でた。


 柏木は聞いた。


「どうして迷っているの? 何かしたいことがあるの? 何でも言って! 私が何とかするから!」


 牧野の幽霊は優しく、諭すように言った。


「うん、こうして凛ちゃんに会うのが、最後の望みだったんだ……」

「最後の望み? っていうことは他にも望みがあったの?」

「うん、川本君と話をすること! 知ってた? 凛ちゃん? 私と川本君は毎晩ここで、密会していたの! ふっふっふっ」と牧野の幽霊は、不敵に笑った。


 それにキレた柏木は、牧野の幽霊のほっぺを左右に思い切り引っ張って、抗議した。


「このーー、川本君とは挨拶以外はしないっていう、紳士協定を破ってーー。死んで幽霊になったからって、紳士協定を破ってもいいことには、ならないんだぞーー!」


 ほっぺを左右に引っ張られながらも、牧野の幽霊は、謝った。


「ぎょめんなしゃい……」


 一応、気が済んだのか柏木は、牧野の幽霊のほっぺから両手を離した。すると牧野の幽霊はささやいた。


「いいのかなあ、こんなことしちゃって……」

「どういうことよ?」 

「川本君と挨拶以外しないっていう紳士協定を破ったのは、果たして私だけかしら……」


 柏木の顔に、動揺が走った。


「私はずっと川本君と、話をしてきたのよ。当然、部活の話もね……。誰とどんな挨拶をして、誰とどんな話をしたのかもね……」


 牧野の幽霊は、さすが幽霊! と思えるほど怖い表情になった。

 柏木は両手を合わせて、頭を下げた。


「ごめん! 結愛が死んじゃったから、もう紳士協定は守らなくても良いかなって思って……。ごめんなさい!」


 牧野の幽霊は、上から目線で答えた。


「ま、私も鬼じゃないからね、許してあげる。っていうか今は幽霊だけどね。でもそれには1つだけ条件があるんだ」


 柏木は不安そうな表情で聞いた。


「え? 何?」

「何でもする?」

「するする! 何でもする! ……ってあれ? 結愛が紳士協定を破った件はどうなるの?」

「私が謝って、それで終わり!」

「え? 謝って終わりって……。何か納得できないなあ……」


 すると今度は牧野の幽霊が、両手を合わせて頭を下げた。


「凛ちゃん、お願い! 1つのことを、やってくれるだけでいいから! それを見届けたら私は迷わないで霊界に行けるから!」

「えーと、迷わず成仏できるっていうこと?」

「うん、そう!」

「うーん、分かったわ……。それで結愛が迷わず成仏出来るっていうんなら、私は何でもする!」


 牧野の幽霊の目が『キラリ』と光った。


「ふっふっふっ……。ちゃんと聞いたわよ……。二言はないわね?……」


 急に不安気な表情になって、柏木は答えた。


「えっと、あんまり変じゃないやつで、お願いします……」


 すると牧野の幽霊は、つま先立ちをして柏木に耳打ちをした。次の瞬間、柏木はうろたえた。


「何を言っているの? 無理無理無理! 絶対、無理!」


 すると牧野の幽霊は、不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「さっき、何でもするって言ったじゃない?……」

「でもまさか、そんなことを……」


 牧野の幽霊は、背中を押した。


「私は川本君が部活で凛ちゃんと、どんな話をしたのかも聞いているのよ。大丈夫、今なら行けるって!」

「はあ……」と深いため息をついた柏木は、顔をうつむかせて僕の方へ近づいてきた。そして告白をした。


「好きです、川本君! 1年生の時に同じクラスになった時から!

 川本君が陸上部に入ったから私も入ったの! そうすれば授業中だけでなく、放課後も川本君と一緒にいられるって思ったから! 真面目で優しい川本君が好きだから、付き合って下さい!

 お友達から、お願いします!」


 言い終わった柏木は、サッと右手を出した。

 そして僕は、その手を右手で握って言った。

「こちらこそ友達から、お願いします」


 そう言ったのは、僕には断る理由が無かったからだ。最近、部活で柏木と話すようになり、改めて柏木の気遣いの良さに気付いたからだ。取りあえず、友達になってみたいと思っていたから渡りに船だった。


 それに理由はもう1つあった。さっき、牧野の幽霊と柏木が話をしていて、柏木が僕に告白してきた。それはおそらく牧野の幽霊の願いなのだろう。だから僕はその願いを、かなえたいと思ったからだ。


 そしてふと2人を見ていると、喜びあっている2人が離れだした。そして牧野の幽霊は僕に近づいてきて言った。


「おめでとう。凛ちゃんは良い子だから、大切にしてね」

「うん、良い子なのは知っている。だから大切にするよ」


「うん」と頷くと牧野の幽霊は、僕に耳打ちした。

「昨日、川本君と2回もキスしたことは言ってないから、川本君も言わないでね」

「うん、言う理由が無いからね」


 牧野の幽霊は、笑顔で言った。


「それと2人とも幸せになってね。私、前に言ったでしょう? 幸せにならなくちゃ許さないって!」


 僕も微笑を浮かべて答えた。


「うん。柏木とずっと一緒に、幸せになっていたいと思う」

「うん」と再び頷くと牧野の幽霊は、レストに声をかけた。


「死神さーーん! 私の『思い残し』はこれで無くなりました。私を霊界に連れて行って下さい!」

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