第7話

 それから僕と牧野の幽霊は、考えた。やはり明日からここで会うのは、やめた方がいいと。

 明日から、ヒマ人が興味本位でくるかもしれないからだ。それを決めた時に、牧野の幽霊は言った。


「私もう、霊界に行けそうな気がする……」

「え? それって……」


 彼女は恥ずかしそうにうつむいて、続けた。


「さっきのことがあったから、もう『思い残し』は無くなったような気がするの……」


 それを聞いてなぜか僕も少し恥ずかしくなり、うつむいた。

 すると彼女は、また何かを決心したように話し始めた。


「ううん、『思い残し』はもう1つあったわ……。ねえ、川本君。明日8時に、ここにきてくれない? 8時だったらまだ、誰もこないと思うの……」


 確かにその可能性は高いな、と僕は思った。城戸と沢村はおそらく、こんな感じにLINEをするはずだ。

『今日の9時半に、市民公園で独り言を言っていた川本を見た。明日も見れるかも』


 だからもし、ヒマ人がくるのなら、やはり9時半頃だろう。早くても9時だろう。

 なら8時から会うのは、問題ないと思った。だから僕は答えた。


「うん、いいよ。明日は8時に、ここへくるよ」

「うん、よろしくね。お願いだから、すっぽかしたりしないでね……」

「うん、しないよ」

「良かったー」と安堵した牧野の幽霊は、少し考えごとをし始めた。


 僕は聞いた。


「どうしたの?」

「うん、私、シンガーソングライターになるのが、夢だって言ったでしょう?」

「うん」


 彼女は恥ずかしそうに言った。


「それでね、実は、もう歌詞はいくつか書いてあるの……」

「え? 歌詞をもう書いたの?! すごい!」と僕は、単純に感心した。

「それでね、メロディーも少し考えてあるから、歌おうと思えば歌えるの……。……聞きたい?」


 僕は、彼女が作った歌にものすごく興味が出たから、答えた。


「もちろん、聞きたい!」


 決心をした牧野の幽霊の目には、強い光が宿っていた。そして宣言をした。


「曲名は『君の隣の席』です。聞いてください!」



 朝がくると自然に微笑む 学校に行って自分の席に座れば

 君も隣に座って 君との距離は一気に縮まるから


 君と一緒にいられたらきっと 宿題の無い夏休みみたいに

 楽しいんだろうなあ つまりそんなこと絶対にない


 君はいつも隣の席にいる 左の席にいる

 だから左手を伸ばせば 君の右手には届く

 でも君の心までには届かないだろう

 でもいつか それに触れたい


 君のその横顔を 眺めているだけで

 授業は終わっちゃう また友達からノートを借りなきゃ

 

 授業に集中している君には 君の横顔を見つめている

 私の気持ちに きっと気付かない

 気付かれたらそれはそれで ちょっと恥ずかしいけど


 君はいつも隣の席にいる 左の席にいる

 多分ケンカをしても 

 いやそもそも ケンカをしてしまうほど

 親しくもないけど


 君の隣の席になって もう1ヵ月なのに まだ挨拶しか交わせてない

 一体いつになったら 普通に話せるんだろう

 あの日 奇跡が起こって君の隣の席になった

 それ以上の奇跡は果たして起きるのか いや起きて!



 牧野の幽霊が歌い終わると、僕は自然と拍手をしていた。もちろん彼女の歌に感動したからだ。そして僕は思い出した。彼女の左の席には、僕が座っていたことを。


 それを思い出した僕は、今度は僕の方から彼女に唇を重ねた。


   ●


 次の日の夜の8時。

 僕がいつも通りの場所に行くと、誰かがいた。牧野の幽霊ではなかった。


 後ろ姿しか見えないが長い髪を、後ろでまとめているほど長かったからだ。セミロングの牧野の幽霊とは、明らかに違った。


 昨日のことがあったので、もしかしたらヒマ人が僕のことを見にきたのかな、とも考えたが、どうもそういう様子ではない。それに女の子のようなので、やはり僕を見にきたヒマ人ではないと思ったので、思い切って声をかけてみた。


「あの……、こんばんわ……」


 すると長い髪の女の子は『ビクッ』っとした後、おそるおそる振り向いた。そして驚いて

「え? 川本君? どうして川本君が、こんなところにいるの?」と聞いてきた。


 その顔を見て僕も驚いた。その女の子は柏木だったからだ。


『どうしてここにいるの?』と聞かれても、それは僕が聞きたかった。だから取りあえず、言い訳をした後に聞いた。


「えーと、僕は、この公園に散歩をしにきたんだよ。そしたらここに君がいたから、取りあえず声をかけてみたんだ。柏木は? どうしてここにいるの?」


 柏木は、言いよどんだが答えた。


「えーと、えっとねえ……。あ、そうだ! 散歩だ! 気分転換に散歩にきたの!

 この公園に、私も!」


 明らかに挙動不審だった。しかし僕は考えた。牧野の幽霊が出るこの場所に、親友の柏木がいる。なら考えられることはただ1つ。死神が、レストがここに連れてきた、と考えるのが妥当だろう。

 しかし柏木は、それを隠したがっている。当然だ、と思いながら僕は聞いた。


「なあ、柏木。1つ聞いてもいい?」

「え? 何?」

「柏木って、死神の存在って信じる?」


 柏木の瞳孔が開いた。すごく緊張した表情で彼女は聞いてきた。


「あの……、川本君。答える前に1つ聞いてもいい?」

「何?」

「川本君は信じるの? そのう、死神の存在って……」


 僕は柏木の目を真っすぐに見つめて、答えた。


「うん、信じているよ。それに幽霊の存在もね」

 

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