第4話

「ですので例えば『韓国旅行に行きたい』という願いは大変、助かります。韓国は日本と同じアジア地区なので、そういう手続きが必要ありませんから、はい」

「あ、そうですか。うーん、でも取りあえず、どこかに旅行に行きたいとは思っていませんねえ……。あ! こういうのは、どうですか?!」


「はい、何でしょう?」

「会って話をしたい人がいるんです。今まで、あまり話をしたことが無かったので……。出来ますか?」

「はい、出来ますよ。私は死神ですから。幽霊のあなたでも、その方に姿を見せ、話が出来るようにしましょう」

「わ、本当ですか! ありがとうございます。よろしくお願いします!」と牧野の幽霊が頭を下げるとレストは答えた。


「しかし1つだけ条件があります。現世に残れる期間は30日間ということです。それまでに『思い残し』を無くしてください」


 そして現在。牧野の幽霊は、再び頭を下げた。


「ありがとうございました、死神さん! ちょっとだけど川本君と話が出来て嬉しかったです! また明日も話が出来そうなので、今から楽しみです!」

「それは何よりです、でも忘れないでください。現世にいられるのは後、27日です……。それまでに『思い残し』を無くしてください……」


 牧野の幽霊は、笑顔で答えた。


「はい! 分かりました!」


   ●


 次の日、僕はいつも通りに午前7時に起きた。それから朝ご飯を食べた。メニューはご飯と、しじみの味噌汁と目玉焼きとベーコンと、バナナだった。


 食後に歯磨きをすると、学校へ向かった。夏休みなので、もちろん授業は無かったが部活はあった。僕は陸上部だったのでグラウンドへ向かった。


 3時間の練習を終えると家に帰り、その日の分の夏休みの宿題をやった。

 そして夜中の1時になると、また家をこっそり出て公園に向かった。ベンチのある場所へ向かうと、やはり牧野の幽霊がいた。


 彼女は喜んだ。


「わ! 本当に来てくれたんだ! 嬉しい!」


 僕は答えた。


「幽霊助けを、するっていう約束だったからね」

「約束でも、やっぱりきてくれたことは嬉しい!」

「うーん、そんなに喜ばれると気が引けるなあ……。そんなに大したことじゃないから」


 彼女は胸の前で、手を組み合わせ

「私にとっては大したことなの!」と答え

「で、突然だけど、今日は1日何をしていたの?」と聞いてきた。


 僕は、普通に答えた。


「え? 今日? いや、普通に朝起きて、朝ご飯を食べて、歯を磨いて、部活へ行ったよ」

「そっかあ、川本君、陸上部だもんね。そっかあ、夏休みも練習はあるんだね」

「うん、いつも通りにね。だからいつも通り日曜日は休みなんだ」


 彼女は頷いた。


「そっか、そっか」


 僕はちょっと不安になり、彼女に聞いた。


「ねえ、こんな普通の話をするだけでいいの?」

「うん、これが私がしたかったことなの。これで私の『思い残し』が無くなるの」

「『思い残し』?」


 彼女は、胸の前で両手を振って

「え? あ、いやあ、こっちの話」と答え、月を見上げ

「今夜も月がきれいだねえ」と話をそらした。


 僕はまあ、いいかと思い答えた。


「え? あ、うん、ほぼ満月だね」


 そして月を見上げる彼女の横顔を見て、つい言った。


「美しいものを 美しいと思える あなたの心が美しい」


 すると彼女は、ものすごい速さで僕の方を向き、聞いてきた。


「え? 今、何て言ったの?」


「『相田みつを』の言葉だよ。知らない?」

「あー、聞いたことがあるような気がする……。ってそうじゃなくて今、私のことを美しいって言った?」

「心がね」

「えーっ、それでも十分、嬉しいよ。ありがとう」


 僕は答えた。


「どういたしまして。こんなことでよかったら、いくらでも言うよ」


 彼女は、感心したように言った。


「へえー、川本君でも、そんなこと言うんだねえ……。『おはよう』って挨拶しても、『ああ、おはよう』ってしか返さないのに……。あ! そうだ!」

「え? 何? どうしたの?」

「朝、『おはよう』って挨拶されたら、『ああ、おはよう。今日も可愛いね』って返せばいいんだよ!」と言い、自分で言ったはずなのに、『きゃっ』っと恥ずかしそうに両手で顔を覆った。


 僕は渋った。


「うーん、それはちょっとなあ……」

「でも、そんなこと言われたら女子は絶対、喜ぶよ。ねえねえ、明日から言ってみなよ! 川本君に対する女子の見方が絶対、変わるから!」

「うーん、別に女子の見方が変わらなくてもいいんだけど……」


「もう! それじゃ、いつまでたっても『俺に近づくなオーラ』は消えないよ!」

「うーん、そういうつもりはないから。『俺に近づくなオーラ』があるって言われるのは心外だなあ」


 彼女は、満面の笑みで促した。


「ね、早速、明日からやってみなよ!」

「うーん、まあ、考えておく」というような話をして、その日はそれで家に帰った。


   ●


 次の日、部活へ行き、練習の準備をしていると去年、同じクラスだった柏木凛かしわぎりんに、いつものように

「おはよう」と声をかけられた。

 僕は

「ああ、おはよう」と返した後で、ああ、これがいけないんだなあ、と思った。


 なので

「柏木、今日も練習、頑張ろうな」と彼女の背中に声をかけた。

 すると彼女は、ものすごい速さで僕を振り返り、目を丸くしていた。


   ●


 その日の夜も僕は、公園に行った。でもその日は、ちょっと考え事をしていて牧野の幽霊との会話は上の空だった。そのことに気付くと彼女は

「どうしたの? 何か考え事?」と聞いてきた。


 僕は正直に答えた。


「うん、夏休みが終われば秋の大会なんだけど、で、またハードルの種目に出場しようと思っているんだけど……」

「うん、それで?」

「うん、ハードルとハードルの間は、速い人は3歩で走るんだけど、僕は5歩で走っているから遅いんだ」

「うん、うん」


「今の僕じゃあ3歩で走るのは無理なんだ。でもハードルの間を4歩で走る人がいるって聞いたことがあるんだ。僕も4歩で走れたら、今より確実に速く走れるんだけど……」


 彼女は当然の疑問を口にした。


「え? それじゃあ川本君も、4歩で走ればいいじゃない?」

「でもなあ……」と、こぼすと僕は、石のベンチの上でハードルを飛び越える姿勢を作った。左脚を前に真っすぐに伸ばし、右脚は左脚と90度になるように曲げた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る