第3話
僕は聞いた。
「あなたが会わせたかったのは、牧野の幽霊だったんですね……」
「その通りです。そして何をしていただきたいのかも、ご理解していただいたと思いますが……」
「まあ、大体は……」
「それでは、よろしくお願いいたします……。あ、1つ、よろしいでしょうか?」
「はい?」
「私と牧野さんのことは、誰にも言わないでいただきたいのです。まあ幽霊と死神の話なんて普通の人は信じないでしょうが……」
「そうですね……。でも分かりました。あなたと牧野の幽霊のことは、誰にも言いません!」
「ありがとうございます……」
少し疲れた僕は、牧野の幽霊に提案した。
「えーと、取りあえず今日は、帰ってもいいかな?……。ほら、今日は色んなことがあって、ちょっと1人になって頭の中を整理したいから」と聞くと、牧野の幽霊は答えた。
「あ、そうだね。うん、いいよ。今日は色んなことがあったしね」
「うん、今までの常識が今日一日で、覆ったよ」
牧野の幽霊は、少しおどけて聞いてきた。
「幽霊にも足があることとか?」
「うん、まあ、そうだね……。でも僕としては、それ以前に死神と幽霊の存在を知ったということが、一番大きかったんだけどね」
「ああ、そうだよね、それが一番、大きいよね。うんうん」
「それじゃあ、明日またくるから、今日はこれで」
「うん、それじゃあね。ばいばーい」と牧野の幽霊は、元気よく右手を振った。
それを見た僕は
「はあ」と、ため息をつきながら家へ向かった。
部屋に戻り、ベットに入った僕はしばらく興奮していた。今夜は色んなことがあったからだ。
特に牧野の幽霊に、会ったのには驚いた。でもそれは夢などではなく実際にあったことだった。興奮はしていたが逆に色々なことがあった疲れで、僕はしばらくすると、眠りについた。
●
「どうでしたか、牧野結愛さん?……」と、レストが聞いた。
「本当に川本君と話が出来てびっくりしています。ありがとうございます、死神さん」
「いえいえ、それが私の仕事ですから」
牧野の幽霊は3日前を思い出した。その日、牧野の幽霊は、病院の集中治療室で治療されている自分の体を、天井から見下ろしていた。
「え? 何これ? どうなっているの? 私が私を見ているなんて……」
次の瞬間、男が『すぅ』と現れ、言った。
「牧野結愛さんですね。この度は残念なことです……」
男は銀縁眼鏡をかけ、髪はオールバックで黒のスーツを着ていた。
牧野の幽霊は当然、聞いた。
「え? あなた、誰? っていうか私、どうなっているの? あなたは説明できるの?」
「もちろんです、私は死神ですから。では1つずつ、お答えしましょう」
「え? 死神?」
「ああ、失礼しました。当然、そうなりますよね。私は、こういうものです」と男はスーツの内ポケットから警察手帳のようなものを出し、見せた。それには顔写真と名前が書いてあった。
「私は死神でレストと申します。アジア地区を担当しています。よろしくお願いします」とレストは頭を下げた。
「し、死神?」と牧野の幽霊は驚いたが、レストは続けた。
「はい、死神には大事な仕事がありまして、それはあなたのように現世で亡くなられた方を霊界に導くことです」
「亡くなられた? 私が?」
「はい、そうです」
「え? でもそう考えるとつじつまが合うかも……。ここって病院の集中治療室っていうの? みたいなところだし、そこで治療を受けている私を、私は天井から見下ろしている訳だし……」
牧野の幽霊が見下ろしている牧野には、数人の医師と看護師とみられる人が治療を行っていた。
だがしばらく見ていると、彼らの動きが止まった。牧野につながっている計器のようなものを見て
「やはり蘇生は不可能だったか……」
「はい、残念ながら今、お亡くなりになりました……」という会話が聞こえてきた。
それを聞いて牧野の幽霊はレストに聞いた。
「私、今、死んだの?……」
「はい、残念ながら」
「そっか……。でも私、何で死んだんだっけ?」
「ええと、少々お待ちください」とレストは上着の内側からタブレットPCを取り出し、操作して言った。
「ええと、牧野結愛さんですね……。はい、7月23日、午後3時26分、車にはねられて亡くなられたようですね」
「車……。あ、そうだ、そういえばさっき車にはねられたんだ! えー、ちゃんと横断歩道の信号が青になってから渡ったはずなのに!」
「はい、信号無視をした車に、はねられたのです」
「えー、何それ納得できない! って言ってもしょうがないか、私もう死んじゃったんだもんね……」
「はい、その通りです。ご理解していただきましたか?」
牧野の幽霊は、諦めた口調で言った。
「理解っていうか、まあ、しょうがないかなって感じ……」
レストは、ほっとした表情で答えた。
「それはありがたいです。あなたのように急に亡くなられた場合まず、ご自分が亡くなられたことを理解していただく必要があるんです」
「はあ、そうなんですか……」
「はい、なかなか、ご理解いただけない場合もございます」
「ふーん、でも良いわよ、私は理解したから」
レストは真剣な表情で聞いてきた。
「ありがとうございます。では次の話に移らさせていただきます。牧野結愛さん、あなたはこの現世に思い残した『思い残し』は、ありませんか?」
牧野の幽霊は、一瞬、考えてから聞いた。
「『思い残し』?」
「はい、何かありませんか? 取りあえず何でも結構です」
「え? でも急に言われても……」
「そうでしょう、そうでしょう。ですので、ごゆっくりお考え下さい。これは非常に大事なことですから」
「え? 大事っていうと?」
「はい、我々死神は、お亡くなりになられた方々が、現世に『思い残し』が無いようにするのも、大事な仕事なのです」
「はあ、そうなんですか」
「はい、幽霊が一度、霊界に行かれると、この現世には戻ってこられないことになっています。
なので一度、霊界に行かれた幽霊が、『思い残し』があって、この現世に戻ってこられると霊界としては非常に困ったことになるんです」
「へえー、そうなんですか」
「はい。ですから、時間をかけて、ゆっくりお考え下さい」
牧野の幽霊は腕を組み、眉間にしわを寄せ、考えた。
「うーん、そう言われても……。ローソンの新作のシュークリームは昨日、食べたし、『君の膵臓を食べたい』のDVDもこの間、見たし……。うーん……」
レストは真面目な表情で言った。
「あ、お考え中、申し訳ありませんが、いくつか注意点があります」
「え?! 何ですか?!」
「はい、例えば『お金持ちになりたい』等は少々困ります。まさか銀行を襲ってお金を手に入れ、幽霊の方にお渡しする訳にもいきませんから」
「あー、確かにそうですよねー」
「はい。ですからそのような場合、『お金持ちになったら、何をしたいか』を具体的に言って下さると助かります」
「あー、なるほど」
「あと、もう1つ。『ヨーロッパ旅行に行きたい』等も少々困ります」
「え?! どうしてですか?!」
レストは少し困った表情で、説明した。
「はい。私はアジア地区の担当の死神です。当然、ヨーロッパ地区を担当している死神たちもいます。
ですので私が牧野結愛さんの幽霊と、ヨーロッパ地区へ行くとなると、その死神たちに事前に連絡し、許可を得たりしなければならず……、つまり少々手続きが必要になってくるのです」
「はあ、何か死神さんたちにも、色々あるんですね……」
レストは右手中指で、銀縁眼鏡のブリッジを押し上げると
「はい、死神の組織は、完全な縦割り組織なので」と答え続けた。
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