第2話

 家を出て、大きな道に出るまで真っすぐに歩く。そこに出たら、大きな道を真っすぐに進む。人はおろか、車も走っていなかった。5分ほど歩くと、もうすぐ公園だ。


 公園に着くと、平坦な道を真っすぐに進む。少し進むと左手に林が見えた。レストは林の中へ入って行った。


 僕も林へ入ると、石で出来たベンチがあった。そこは公園全体が見渡せる、ちょっとした絶景ポイントだった。


 ベンチに近づくと、レストは『すぅ』と消えた。

 え? どうして消えたんだ? と考えていると、ベンチに座っている先客に気付いた。


 ベンチに座っていたので後ろ姿しか見えなかったが、どうやら女の子のようだった。セミロングの髪と、黄色の花柄ワンピースが見えたからだ。

 僕には自分のことは棚に上げて、むくむくと、お節介が湧いてきた。こんな時間に女の子がひと気のない公園にいたからだ。


 僕は

『ちょっと君。こんな時間に、こんな場所に女の子がいるのは良くないなあ』と言おうと思い

「あの、ちょっと……」と、その女の子に声をかけた。

 すると、その女の子は驚いたように『ビクッ』として立ち上がり、こちらに振り向いた。


 その顔を見て、僕は驚き腰を抜かし、ぺたりと地面に尻もちをついた。

 肩まで伸びた髪に、可愛い系の顔、間違いなく牧野結愛だった。驚き目を見開き、牧野が聞いた。


「川本悠人君?……。私のことが見えるの?」


 僕は『コクコク』と頷いたが信じられなかった。彼女は、牧野結愛は3日前に死んだはずだった。


 牧野はもう一度、聞いた。


「川本君、私のことが見えるの?」


 僕は立ち上がり、答えた。


「うん、一応……」

「え? 嘘? 信じられない! 私、幽霊なのに!」


 僕も信じられなかった。今まで幽霊を見たことは、無かったから。死神はさっきまで見ていたけど。だから考えることが面倒くさくなった僕は、幽霊の存在もあっさりと信じた。


   ●


 僕は2日前を思い出した。夏休みに入る前日の、一学期の終業式の朝のホームルーム。担任の女教師が涙声で話した。


「牧野結愛さんが昨日、亡くなりました……。下校している時に車にひかれたのです。運転手は逃げました。ひき逃げです。事故を目撃した人が救急車を呼び、牧野さんは病院に運ばれましたが死亡しました。


 事故を目撃した人が車のナンバー、車種等を覚えていたため、ひき逃げ犯は数時間後に捕まりました。信号無視だったそうです……。でも牧野さんは、もう戻ってきません。


 皆さんは明日から夏休みを迎えますが交通事故には、くれぐれも気を付けてください……。

 それでは牧野さんのために、1分間の黙とうをしましょう」


 クラスの皆が黙とうした。数人の女子生徒がすすり泣いていた。黙とうが終わると担任が色紙を1枚取り出し、右側の一番前の生徒に手渡して言った。


「皆さん、牧野さんに一言づつ、メッセージを書いてください……」


 皆はメッセージを一言づつ書き、後ろの席に回した。一番後ろの席まで色紙が行くとその生徒は左の生徒に渡し、その生徒は今度は前の席に色紙を渡した。僕の所へ色紙が回ってきた。


 僕は

『安らかに眠ってください』と書いた。


 昼休みになると僕の右側の席、つまり牧野の席に花瓶が置かれ、学校の花壇に咲いてあったグラジオスの花が挿された。

「花言葉は『思い出』だから、ちょうどいいよね……」と花を挿した女子生徒がつぶやいた。


   ●


 そして現在。僕は牧野に、いや、牧野の幽霊に聞いた。


「本当に幽霊なの?…… 。足があるけど?」


 牧野の幽霊は、自分の足元を確認してから答えた。


「うん、そう、足はあるの。幽霊にも足があるって、私も幽霊になって初めて知ったわ」


 僕は頭が混乱しながらも、答えた。


「貴重な情報を、ありがとう……」

「川本君、私を見ても驚かないの?」

「うん、そうだな……。知らない人だったら驚くと思うけど、知っている人だから驚かないのかも」

「ふうん」


「っていうか、牧野はこんな所で何をしているの? 成仏して天国とかに行ってるんじゃないの?」

「うん、どうやら私、こっちの世界で『思い残し』があって、霊界には行けないらしいの」

「れ、霊界? そんな所があるの?!」

「うん、そうみたい……」


 僕は腕組みをしながら聞いた。


「うーん、まあ、牧野の幽霊も見えるし、そんな所もあるんだろうなあ……。で、思い残したことって何?」


 牧野の幽霊は、告白した。


「うん、それなんだけど……。ほら、私、急に死んだじゃない? だから会いたい人がいるのよね」

「会いたい人って?」

「取りあえず、川本君かな……」

「え?! 僕? どうして?」

「えっと私たち、あまり会話をしたことが、なかったじゃない?……。1年生の時も2年生の時も同じクラスだったのに……」

「ああ、そういえば、そうだっけ?」


「うん、川本君、『俺に近づくなオーラ』を出していたから……」

「え? 僕、そんなオーラを出していた?」


 牧野の幽霊は『コクコク』と頷いて答えた。


「うん、そんなの気にしない男子は川本君に話しかけていたけど、女子は話しかけられなかったの……」


 僕は、ため息をついて答えた。


「うーん、それはちょっと心外だなあ……。確かに僕は皆と騒いだりするのが苦手で、1人でいる方が好きだけど……」

「うん、それで『俺に近づくなオーラ』になったんだね」

「あーっ、そっかあ……。でもまあ、いいや。今は、それは置いておこう。

 それじゃあ牧野は僕と話をすれば霊界? だっけ、に行けるの?」


「うん、そうみたい。だからお願い!」と牧野の幽霊は、胸の前で両手を『パン』と合わせ

「だから私が霊界に行けるようになるまで、私と話をしてくれないかな? 人助け、いや幽霊助けだと思って!」と頭を下げた。


 僕は答えた。


「うん、まあ、そういう事情があるのならいいけど。でも本当に僕でいいの?」


 牧野の幽霊は、再び『コクコク』と頷いて

「それじゃあ、いいの?」と聞いてきた。


「うん、まあ、事情が事情だからね。いいよ」


「やったー!」と、牧野の幽霊は喜んだ。


 僕は、その時に気付いた。レストが会わせたかったのは、きっとこの牧野の幽霊なんだろうと。そう考えていると、タイミングよくレストが『すぅ』と現れた。

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