夏休みの眠れない夜に、僕らは出会った
久坂裕介
第1話
僕は驚き腰を抜かし、ぺたりと地面に尻もちをついた。目の前にいるのは、肩まで伸びた髪に、可愛い系の顔、間違いなく
驚き目を見開き、牧野は聞いた。
「
僕は『コクコク』と、
●
話は、数時間前にさかのぼる。
夏休みに入って2日目の夜。僕は、その日の分の夏休みの宿題を終えると、PSPでモンスターハンターをやっていた。敵に半分くらいのダメージを与えたのだが反撃に遭い、やられてしまった。時計を見ると午後11時だったので、もう寝ることにした。
いくら夏休みとはいえ、夜更かしする気は無かった。出来るだけ生活のリズムは崩したくなかった。我ながら模範的な高校2年生だな、と苦笑した。
スマホのアラームを、いつも通り7時にセットすると、ベットに入った。そして携帯用音楽プレーヤーのウォークマンでB'zの曲を5曲、聞いた。これもいつも通りのことだった。そしてウォークマンの電源を切り、眠るために目を閉じた。
しかし、その日は、なかなか寝付けなかった。暑くて寝苦しいのかな、とも考えたが、そんなに暑いわけでもなかった。
「うーん」と唸りながらも、眠るために必死に目を閉じた。しかし眠れない。どうしよう。
ウォークマンで別の歌手の曲を聴いてみようかな、などとも考えた。
しかし誰かが、テレビで言っていたことを思い出した。
『眠れないなら、眠くなるまで起きていればいい』
いっそのこと起きて、もう一度モンスターハンターでもやろうかな、と思いスマホの時計を見た。午前0時15分だった。
「はあ~」なぜだか今日は眠れない。今までも寝つきが悪い時はあったが、それでも午前0時までは眠りについていた。僕は『がばっ』と起き上がった。仕方がない、こういう時は発想を変えてみよう。
『眠れないのなら、眠くなるまで起きていればいい』を実践してみよう、と考えた。
取りあえず、モンスターハンターをやってみた。しかし調子は良くなかった。敵に3分の1ほどのダメージを与えたところで負けた。これじゃあ悔しくて、もっと寝つきが悪くなる。
壁を向いている勉強机と椅子、その右側にあるテレビ台とテレビを何気なく見ていると、ふと思いつきカーテンを開けた。
漆黒の闇に半円の月が浮かんでいた。それは、なんだか怪しげな魅力を放っていた。
「ふう……」と、ため息をつき、振り返った僕は凍りついた。
『すぅ』と銀縁眼鏡をかけ、髪はオールバックで黒のスーツを着た男が現れたからだ。しかもその男は床から10センチほど浮いていた。
男は自己紹介をした。
「突然、申し訳ありません。私はレストと申します、死神です……」
「え? し、死神?」と僕は動揺した。死神なんて、いるはずがない。でも、それじゃあ突然『すぅ』と何も無い所から現れたのは、どう説明すればいいんだ? どうやって10センチほど浮いているんだ?
レストは冷静に続けた。
「1つ、確認したいことがあります。あなたは川本悠人さんで、間違いないですか?」
「は、はい……」
「それでは結構です」
レストと名乗る死神の物腰の柔らかさに、僕は少し気を許し始めた。
「あの……、僕に何か用ですか?」
「はい、もちろんでございます」
「何でしょうか?」
レストは、銀縁眼鏡のブリッジを右手中指で押し上げて答えた。
「実は、ある方と会っていただきたいのです……」
「ある方というと?」
「大変、申し訳ないんですが今、申し上げる訳には参りません。取りあえず私についてきて、いただけないでしょうか?」
僕は突然の提案に、狼狽しながらも聞いた。
「ついてきてって、今からですか?」
「はい……」
僕は出来るだけ冷静に考えた。こんな夜中にレストと名乗る死神について行く?
しかも誰かと会わなければならないようだが、それは教えてもらえない……。
取りあえずこの、レストと名乗る死神は人間ではないことは、確からしい。人間がさっきのように何も無い所から『すぅ』と現れる訳がないからだ。それに今も浮いている。
しかし、だったら尚更この得体の知れない死神に、ついて行く訳にはいかないと思った。だから聞いた。
「もし、ついて行かないと言ったら?……」
レストは無表情で答えた。
「どうしても、ついてきていただけない、というのなら仕方がありません。私についてきていただきたい、というのは命令ではなく、協力なので……」
それを聞いた僕は奇妙なことに、この死神に協力したくなった。
「うーん、ついて行ってもいいんですが、誰と会うのかは言えないんでしたっけ?」
「はい、大変申し訳ないんですが……」
「じゃあ、せめてどこに行くのか、教えてくれませんか?」
「はい、それなら構いません。市民公園まで、ついてきていただきたいのです……」
市民公園か……。市民公園は僕の家から10分ほどで行くことが出来るので僕も、しょっちゅう行っていた。
つまり、こういうことか。このレストと名乗る死神に、市民公園までついて行けと。こんな夜中に。
普通に考えたら断るべきだ。断っても構わない、という話だったし。でもこのレストと名乗る死神の純粋さが宿る黒い目を見ていると、ある衝動が沸き上がった。この死神について行きたいと。だから僕は言った。
「分かりました、ついて行きます。でもちょっと着替えるので、家の外で待っていてください」
レストと名乗る死神は、わずかに口角を上げて答えた。
「承知しました」
僕はパジャマを脱ぎ、ジーパンと赤と黒のチェック柄の半袖ネルシャツに着替えた。
親に
「ちょっと外出してくる」と言えば止められるのは明らかなので、黙って行くことにした。
僕の部屋は2階だったので、親に気付かれないように、ゆっくりと音を立てないように階段を下りる。左側にある玄関でスニーカーを履き、玄関の扉の施錠を『カチャリ』と外し、ゆっくりと扉を開ける。外に出ると再び、ゆっくりと扉を閉めた。
「はあ」と息をつき、こんなふうに家を出るのは初めてだな、と思った。
すると目の前に再びレストが『すぅ』と現れた。
「それでは私についてきて下さい」と言うレストに僕はついて行った。と言っても市民公園には何度も行っているので、全然苦労はないが。
地面から15センチほど浮いて移動しているレストの速度も、歩いている僕と同じくらいだったし。
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