十月の森
尾八原ジュージ
十月の森
十月、森は秋の気配に満ちている。来たるべき冬に向けて、豊穣と死の香りをそこかしこに漂わせている。
十三歳になったので、ぼくも父さんと一緒に森に入ることができる。今までは持つことが許されなかったぼく専用の手斧を腰から提げ、一端の大人になったような気分で、家の裏手の小道を進むと、程なくして辺りは背の高い木々に包まれる。
ぼくの前を行く父さんのベルトからも、やっぱり手斧がぶら下がっている。長年使い込んだために、持ち手が黒っぽく変色して光っている。ぼくの手斧も早くあんな風にならないだろうかと考えていたら、木の根に躓きそうになった。やっぱり一人前の大人にはまだまだ遠い。
手斧は色んな役に立つ。薪を割ったり、枝を払ったり、よく研いでおけばナイフの代わりにもなる。それに、ジャック・オー・ランタン狩りにも欠かせない。
父さんが立ち止まった。姿勢を低くすると、手真似でぼくにも隠れるように指示をする。
「あっちをご覧」
小声で囁くのに従って視線を向けると、木々の間に丸い頭と、針金を編んで作ったような二本足の細い体が見えた。そいつは重たそうにオレンジ色の頭を揺らしながら、森の奥へとのろのろ歩いていく。
「追いかける?」
「いや、先に罠を見に行こう。昨日のうちに仕掛けておいたやつがある」
ぼくたちは立ち上がり、罠を仕掛けたというクヌギの大木を目指した。
案の定、ヤナギの枝を編んで作った網に足をとられて、ジャック・オー・ランタンが一匹倒れていた。骸骨のような足は、ヤナギの網によく絡むのだ。
「こいつはなかなか上物だ」
父さんは嬉しそうに言って、ベルトから手斧を引き抜いた。が、ふいに手を止めるとぼくの方を見て、
「お前がやるかい?」
と尋ねた。
ぼくは足元のジャックを見下ろした。
引っかかってからそれなりに時間が経ったらしく、もがき方にはもう勢いがない。父さんもこれならぼくに任せられると踏んだのだろう。
心臓がどきどきと脈打ち、耳が熱くなる。ジャック・オー・ランタンを狩るのは、生まれて初めてなのだ。
「……やる」
覚悟を決めて、ぼくはうなずいた。これくらい自分で始末をつけられなくては困る。ぼくは一人前の大人になるのだから。
「よし、やってみろ」
父さんの口には笑みが浮かんでいる。
風が吹いてクヌギの枝を揺らす。葉擦れの間に、ジャック・オー・ランタンがギィギィと鳴く声が聞こえる。ぼくは深呼吸をひとつすると、自分の斧を取り出した。右手に構え、相手を見る。
ジャックは土の上に倒れたまま、穴ぐらのような真っ暗な目でぼくを見つめている。ぼくも見つめ返す。狩りをするときは、相手から目をそらしてはいけない。
手斧を振りかぶり、ジャックの首根っこを一気に叩き切る。思ったよりも軽やかな手ごたえを残して、オレンジ色の首がごろんと転がった。
「すごいぞ。初めてとは思えない。上出来だ」
父さんの分厚い手が、ぼくの背中をバンバンと叩いた。誇らしさと照れ臭さで顔が熱くなる。
ぼくが首を頭陀袋に入れている間に、父さんはジャックの足を罠から外してやった。頭を失った体はぎくしゃくと立ち上がり、よたよたしながら森の奥に消えていった。
「さぁ、帰ろうか」
ジャックの体を見送った父さんが、静かな声で言った。
家に帰ると、母さんもおばあちゃんも妹も、今年のジャック・オー・ランタンを見て喜んだ。
「去年のよりも形がいいわね」
「お兄ちゃんが狩ったの?」
「これでハロウィンが迎えられるわ」
暖炉の上に置かれたジャックの頭は、夜になるとほんのりと光を放ち始める。この光はハロウィンの日に一番明るくなり、次の日には消えてしまう。それと同時に、森の中のジャック・オー・ランタンたちもどこかに姿を消してしまい、次の秋まで見かけることはない。彼らがどこから来てどこへ行くのか、誰も知らない。
その日の夕食はいつもより少し豪華だった。家族みんなでテーブルを囲んでいると、窓の外で音がした。さく、さくと落ち葉を踏む音が、家の周りをゆっくりと回っている。
「昼間のやつが頭を探しに来たんだな」
カーテンを少しだけめくって外を見ると、首なしのジャックの体が、細い手足をふらふらと動かして歩いていた。ぼくと妹が固唾を飲んでいると、母さんがやってきてカーテンを閉めた。
「およしよ。そんなもの見るもんじゃないわ」
「はぁい」
ぼくたちは声を揃えた。
その夜遅くまで、首なしのジャックは家の周りを回っていたが、やがて諦めて森に帰っていった。ぼくはベッドの中で小さくなっていく足音を聞きながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
今年もハロウィンがやってくる。
十月の森 尾八原ジュージ @zi-yon
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