トイレの写真ばかり撮っています
春菊も追加で
第1話
女の子が女の子を抱き締める仕事をしていると、そりゃまあ色々と変わったお客さんと出くわす。ストレスで自分の髪の毛を抜いてすっかり円形に脱毛してしまった女の子だとか、本来の行為をせずにベッドの上でただ絵本を読んでくれるようせがむ女の子だとか。だから、大抵のことではもう驚かないと思っていたけれど、今回のお客さんはさすがに想定の外だった。
「どう? 満足した?」
「ええ。お姉さんのおかげで良い写真が撮れました。きっと、花ちゃんも喜んでくれると思います」
そう言ってトイレからニコニコ顔で戻ってきたお客さんは、見たところ二〇歳にもなっていないくらいだろうか。彼女は天蓋付きのベッドに腰掛けているアタシの方にやってくると、隣に勢いよく腰を下ろした。
「その……、ここはいわゆる『そういうホテル』で、うちっていわゆる『ああいうこと』をするお店なんだけど、……する?」
問い掛けると、お客さんはゆっくりと首を振る。
「ここにはトイレの写真を撮りにきただけです。一人だと入りにくい場所ですし、私、周りに変な子だと思われているから付き合ってくれる友達もいないし。……だから、お姉さんが一緒に来てくれて助かりました」
お客さんは笑顔で手中のスマホを操作し、中に納められている写真を見せてくれた。浦安の遊園地のもの、カラオケ店のもの、オシャレなカフェのもの。全てトイレの写真だった。
「確かに変わってるね。便器マニア?」
アタシの問い掛けに、お客さんはアハハと笑う。
「違いますよ。これ、恋人のために撮ってるんです」
「ほお。じゃあ、その彼氏が便器マニア?」
「それも違います。そんな面白い男の子がいたら、その子と付き合ってますよ」お客さんは笑顔でアタシの問いを否定すると、口角をニッと吊り上げる。「私、花子さんとお付き合いしてるんです。トイレの花子さん。学校の怪談には必ず出てくるアレです」
思わず、彼女の瞳をジッと覗き込む。彼女は笑みを浮かべていたが、その表情に冗談を言っているような色はなかった。
「その時は用があって放課後に残ってたんですけど、帰る前にトイレに行こうって個室に入ったらヌッて眼前に現れたんです。本当は驚くべきだったんだろうけど、私、花ちゃんの顔をじっと見つめちゃいました。――そう、今の私とお姉さんみたいに」
思わずという感じで出たにやけ顔を隠すため、お客さんは口元を手で覆う。
「私、無意識に呟いちゃいました。『可愛い』って。……嬉しいことに向こうも私をそう思ってくれたみたいで、トイレの花子さんと交際を始めることにしました。互いに一目ぼれってやつですね」
でも、花ちゃんは地縛霊でトイレから動けないでしょ。だから、退屈しないよう、色々と可愛いトイレの写真を撮って、彼女に見せてあげてるんです。――お客さんがそう言い終わったところで、アタシのポーチからピピピと電子音が鳴る。サービス終了の十分前を告げる合図だった。
「そろそろ終わりですね。今日はお姉さんに色々と話せて楽しかったです」
お客さんはベッドから腰を上げると、大きく伸びをしてアタシの方を振り向く。
「そうだ。お姉さん、夜のお店って儲かるんですか?」
「……まあ、普通のお昼の仕事よりは、ね。……どうするの、そんなことを聞いて?」
「高校を卒業しちゃうと、学校のトイレって入りにくくなるでしょう。今は部活のOG訪問ってことで会いに行ってますけど、二人でいられる頻度は在学時より大幅に減ってますからね。だから、私、あの個室の便器を買い取ろうと思ってるんです。いつでも花ちゃんと一緒にいられるようにって。
花ちゃんが、用を足しに来た私以外の女の子に浮気したら困りますからね」
それからフロントに清算して、アタシとお客さんはホテルの前で別れた。
女の子が女の子を抱き締める仕事をしていると、そりゃまあ色々と変わったお客さんと出くわす。
でも、そのほとんどとは一期一会だ。
別れた後でトイレの花子さんと付き合っているというあの女の子がどうなったのか、アタシは知らない。
トイレの写真ばかり撮っています 春菊も追加で @syungiku_plus
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます