第2話 謎のオブジェ
数分後、僕らは狭間さんに案内されるままに陶芸部の部室である作業教室棟の一角にある教室を訪れた。彼女は部屋を入ってすぐのところにある扉を開けると、さらに奥へ入るように勧める。
「今日は部活もないので、ご自由にお座りください」
僕も明彦もとりあえず作業用の机の周りに並べられた椅子にそれぞれ腰を下ろし、星原も僕の隣に座る。三人で狭間さんと向かい合うような形だ。狭間さんは中央に例の変わったジオラマのようなものを置いて口を開いた。
「順を追って話しますと、昨年末のことなのですけれど。私は部室の掃除と倉庫の整理をしていた時に偶然これを見つけたんです。……いや、うちは陶芸部ですからね? 例えばお皿や壺が保管されているならわかりますが、正直これが何なのかわからなくて」
彼女は顔をしかめてみせる。僕は頷きながら話の先を促した。
「それで?」
「もしかしたら他のところで管理していたものが紛れ込んだのかな、なんて思いながら調べていたらここに小さく字が書いてあったんです」
「字が?」
「はい。これなんですよ」
そう言って彼女は置かれた物体の「皿の部分」を指さした。
『星を求めて歩くとき、隠されたものはまた現れる 二〇××年三月十五日』
端的なメッセージと十年くらい前の日付か。
「これだけ?」
「はい。……それで、この言葉を見て思い出したのですが。数年ほど前にうちの学校で展示されていた『曜変天目茶碗』が盗難にあうという事件があったそうなのです」
その言葉に星原が反応する。
「『曜変天目茶碗』? あの国宝級の茶器?」
「それ、有名なのか?」
「ええ。鉄分を含む釉薬が使われている黒色の陶器を『天目茶碗』というの。鎌倉時代に中国から日本に製法が伝わったんだけれど、その中でも最上級とされているのが『曜変天目』なのよ」
彼女の家は古美術商なので、こういうことにも詳しいのである。
「へえ。しかしそんな高価なものが何でうちの学校に展示されていたんだろ」
首をかしげる僕に狭間さんが「何でも先代の校長先生のお父さんに骨董趣味があったそうで。ある日、実家から見つかったらしいです。どうせなら生徒に鑑賞してもらいたいと展示したとか」と答える。
「……なるほどね。星原、それでその『曜変天目』ってどんなものなんだ?」
「星のような斑紋があるのが特徴で、玉虫色の輝きが角度を変えるたびに動いて見えるのだそうよ。製造方法もいまだに解明できていないの。確か国内にも数点しか残っていなかった貴重な美術品だったと思う」
「『星』のような斑紋? ああ、それで……」
明彦がそこで大きく頷いた。
「そうなんだよ。陶芸部に伝わっていた不自然なオブジェ。盗まれた『星を宿した美術品』。そしてここに書かれたメッセージ。つまりこれは数年前に誰かが『曜変天目』を隠して、手掛かりをここに残していったんじゃないか、なんて思ったわけだ」
「ちょっと無理があるんじゃないのか」
星という単語から無理にこじつけているような気がする。大体それが本当なら、盗んだ本人がわざわざ学校内に隠してその場所を手掛かりとして残したことになるではないか。そんなことをする必要があるだろうか。
僕の反応が面白くなかったのか、明彦は「ふん」と鼻を鳴らして詰め寄る。
「じゃあ、こんなものが残されている理由をどう説明するんだ?」
「そう言われても困るけど」
僕は改めて、目の前のオブジェを観察する。
平らな丸い器の上に石や苔、砂や四角い木片などが配置されている。もっとも苔などは作り物のようだ。石で山を表現しているのだとするとこれで森を表現しているのだろうか。川などもちゃんとあって、青に着色された砂が線状に流れている。
古いものだからか、ところどころに白い斑点がある。おそらくはカビだろう。
しかしどうみても手作り感があって強調したい部分だけを大きくしているように思えた。たとえるなら手書きで案内図を書くときに重要な場所だけをわかりやすく描写するように、地形がデフォルメされているような印象があるのだ。
仮にこれが何かの場所を表しているのだとしたら、大雑把過ぎるように思われる。とその時、隣で星原が呟いた。
「これは、盆景というものじゃないかしら」
「盆景?」
「盆栽と似ているけれど、要はお盆の上に石や砂、土や苔を配置して自然の風景を再現するの。中国から唐の時代に伝わった伝統芸術。盆山とか盆庭とも呼ばれているわ。わかりやすく言うと箱庭みたいなものね」
「伝統芸術の一つか。そう考えると生け花とか盆栽に通じるものもあるし、茶器を作る陶芸部に伝わっていてもおかしくない、かな?」
「まあね。……ただ、それにしてはあまり自然美を強調しているようには見えない。おそらく素人が作ったものなのかもしれない。それと」
彼女はここで盆景の一点を指さした。
「月ノ下くん。この木片の並び方、見覚えはない?」
「え?」
そこにあったのは灰色に塗られた三つほどの木片だった。山林の間を縫うように砂で道が描かれているのだが、その道の一つがこの木片のところに続いている。これはもしや、建物を表現しているのか? 木片は大きいものが一つと、小さいものが二つ。茶色の広場を囲むように置かれている。これは……。
「まさか、これ。うちの学校か?」
「えっ!」
「どれどれ?」
狭間さんと明彦は僕の言葉に顔を寄せ合って盆景の一点を覗き込む。一方、星原は携帯電話を操作して地図を表示してみせた。
「やっぱりそうみたいね」
彼女の手の中の液晶画面には僕らの通う天道館高校の周辺図が映し出されている。それはまさに僕らの目の前にある箱庭の木片の配置と一致していた。
「じゃあ、これはうちの学校を含むこのあたり一帯を模したものだったんですね」
狭間さんが感心したように呟いた。
「なるほどな。だが、そうだとするとここに書いてある『星』に当たるような特定のどこかを示すものがあることになるが……ん? 待て、こりゃなんだ?」
唐突に明彦が盆景のとある一点を指さした。
「何?」
「何か、あるの?」
彼の指さす先はうちの学校の運動場の南側にある小高い丘の上だ。いや盆景の中のことなのでつまりは器の中の石と土で出来た盛り上がりの上だが、そこには「白い鳥」がとまっているように見えた。
「鳥? 鳥の人形か。縮尺を考えると、かなり大きい鳥ということになってしまうな。何か意味があるのか?」
「あ、待ってください。もう一か所ありますよ?」
狭間さんが指さした場所は「白い鳥」が置かれた場所とは校舎を挟んで反対側にある平地だった。そこには「黒い鳥」が大きな道沿いに佇んでいる。
「他の場所にはこういう人形みたいなものはない……な」
「つまり、この『白い鳥』と『黒い鳥』の場所には何かがあるということなのかしら?」
僕と星原はそろって首をかしげる。
「宝の手がかりだな?」
「きっと、何か隠されているんですよ!」
明彦と狭間さんは期待に目を輝かせて身を乗り出していた。
「まだそうとは決まっていないが、この黒い鳥のある場所はどう見ても学校の敷地外に見えるな」
「白い鳥のある場所は一応、学校の敷地内なのかしら?」
星原の疑問を受けて、僕は「白い鳥」が置かれた地点を頭の中で自分の知っている実際の学校の風景と重ね合わせてみる。
昨年の秋ごろに僕のクラスで肝試しをするために運動場の脇にある小道から裏山に入って行ったことがあるが、この「白い鳥」がある丘はその裏山に入る道を反対の方向に進んでいったところにあるようだ。
「近いのは白い鳥の方だな。……場所的には作業教室棟の裏手あたりにある丘だ。行き方はわかるけど、一応職員室で先生に立ち入っても問題ないか確認した方が良いかもしれないな」
「ええ? 先生に聞きに行くのか? 禁止されたらどうするんだよ」
明彦が不本意と言わんばかりに口をへの字にしてみせる。
「その時は大人しく諦めよう。頼まれてもいないのに勝手に立入禁止の場所に入り込んで、トラブルにでも巻き込まれたら馬鹿馬鹿しいだろう。……今日はもう遅いから明日の放課後にでも職員室に寄って相談するってことでどうかな?」
狭間さんは僕の言葉にふむふむと頷いて見せる。
「なるほど。それじゃあ明日にでも許可を取り次第、私達で行ってみましょうか」
まだ許可が下りると決まっているわけではないのだが。彼女の中では既に「この場所に立ち入らせてもらえて、宝かその手掛かりが見つかる」というストーリーが出来上がっているのだろうか。
僕は内心呆れる一方で、この盆景を作った人物が何を意図して小さなフィギュアを置いてメッセージを残したのか少しばかり気になる気持ちにはなっていた。
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