放課後対話篇(特別編) 宝探しと不変性の是非

雪世 明楽

第1話 陶芸部の少女

 窓の向こうの山林が新芽で少しずつ春色に染まっていくのが目に映る。校舎の廊下にはやわらかな日差しが差し込んで廊下を歩く僕を包み込んでいた。ともに歩を進めていた隣の少女がふとこちらに顔を向けて話しかける。


「……ねえ。さっきから考えこんでいるみたいだけれど、どうかしたの?」

「え? ああ、大したことじゃないんだ。……『残るもの』と『残らないもの』だったらどっちが良いのかと思ってさ」

「『残るもの』と『残らないもの』?」


 色白で小柄な体にブレザーの制服を纏った彼女は僕のおぼろげな言葉を耳にして、こちらを黒目がちな瞳で見つめ返した。


 僕、月ノ下真守は数か月前に目の前にいる少女、星原咲夜とちょっとしたトラブルをきっかけに関わるようになり放課後を共に過ごすようになった。今日もいつものように彼女と勉強会をするために図書室の隣の空き部屋に向かうところだ。


「ほら、旅行で観光地に行くとお土産を売っているお店があるだろう。ああいうものって、大体『残るもの』と『残らないもの』の二種類に分けられるじゃないか。『キーホルダー』や『名所にちなんだ置物』みたいな後に残る記念品。あるいは『特産品を使った食べ物』みたいに残らない消耗品」

「なるほど。確かに定番ではあるかもね。そういうお店に入ると『せっかく遠いところまで来たんだから』って何か買わないといけないような感覚になったりするのよね。本当に買って後悔しないような良いものが見つかれば良いのだけれど」

「同感だな。……じゃあもしも自分の為じゃなくて人に贈るのだったら、どっちが良いと思う?」


 その質問に星原は首をかしげて「ええと。……そうね。その人の好みもあるだろうし、相手が喜んでくれるものを心を込めて選べばいいんじゃないの?」と返した。

「『相手が喜んでくれるものを』か。……そうだな。その通りだ」


 高校生活二年目ももうすぐ終わり、受験勉強に本腰を入れなくてはいけない時期が近づいているのだが、僕が考え悩んでいたのはその事ではない。


 三月は星原の誕生日なのだ。前に職員室に入った時に学籍簿を見たことがあり、たまたま生年月日も記載されていたので知ることができたわけだが、日ごろから彼女と仲を深めたいと考えている身としてはこの機会をどうしようかと葛藤していたのである。


 すでに星原とは休日に何度か一緒に出掛ける程度に親しくなってはいるところではある。だから今度の誕生日の際にどこかに誘って贈り物を渡したい、と考えてみたものの何を準備すればいいのかわからず悩んでいた。そこで参考になるような話を聞くことはできないかと先のような質問をしたところだ。


 相手が喜んでくれるものを心を込めて選ぶ、か。一般論として適切な見解ではあるが、できればもう少し参考になる発言が欲しかったところだ。アクセサリや洋服を贈るにしても趣味が合うかわからない。下手に邪魔になるものよりも、いっそ残らないものの方が良いのではないだろうか。

 あるいは同じクラスの女子であるクラス委員の虹村や友人の日野崎あたりにでも意見を聞いてみようかと思っていたその時。


「お。……いたいた」


 背後から聞き慣れた声がかけられる。振りかえると立っていたのはやせ型で長身の少年、我が悪友の雲仙明彦だった。だが彼は後ろにもう一人、見知らぬ少女を連れている。髪をベリーショートで、くりっとした目の童顔の女の子だ。首元のリボンタイの色から察するに一年生のようである。


「よお、真守。ちょっと面白そうな話があるんだが付き合ってくれないか?」

「唐突に何なんだ。……僕はこれから用事があるんだが」


 星原も立ち止まって何事かと無言で眉をひそめる。


「まあ、聞けって。この子、昭島の紹介で知り合った陶芸部の一年生なんだけどよ。『宝探し』を手伝ってほしいんだと」

「宝探し?」


 何とも非日常的な単語に僕が思わず後ろの少女を見ると、彼女はぺこりと頭を下げる。


「私、狭間美月と申します。実は先日、部室の倉庫でへんてこなものを見つけまして……。同じクラスの昭島さんを通じて『そういう変わった相談に乗るのが得意な先輩がいる』と伺ったのでお話しさせていただきたかったんですよ」


 昭島さんは料理部の一年生で明彦とも親しくしている女子生徒だが、以前彼女に頼まれたトラブルを解決したことがあったのである。この狭間という少女もそのあたりを見込んで僕らを訪ねてきたのだろう。


 彼女はおもむろに手に持っていたものを僕らに見せる。それは奇異なオブジェだった。

 全体的な形からすると大きな皿というか丸い花壇を連想させるが、その上に鎮座しているのは石と砂、小さな木片などで構成された不思議な景観である。

 いわゆるジオラマというべきものだろうか。あるいは、それこそ観光地のお土産にたまにある「名寺と地元の名物を組み合わせたミニチュア」を思い出させる代物だった。


「……それがさっき言っていた『宝探し』というのに関係しているのかな?」


 星原も僕と顔を見合わせてから、ため息をついて口を開く。


「とりあえず落ち着けるところで話を聞きましょうか」

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