第3話 石の儀式
エクレアの思いがけない言葉にフウは声が出てこなかった。しばらくしてやっと「石の儀式は…禁じられた儀式だ。エクレア、よく聞いておくれ。毎週日曜日の真夜中に、ペルミ町4番地の広場にある井戸の付近でその儀式が行われている。ただし…ぜったいに見に行ってはだめだ。石になってしまう。わかったね。ぜったいに、だ」
フウは、真剣な表情で言った。まるで心の中を見透かしているようだった。エクレアは息を呑んだ。
「質問はこれで終わりにしよう。エクレア、帰ったほうがいい。家の人が心配しているよ。さあ早く。瞬間移動でね…」
フウがそういった瞬間、エクレアの姿は消えていた。そしてフウも、魔法みたいな力に幕を下ろした。
「幸運を祈るよ…エクレア」
一方、エクレアといえばまた元の場所、ペルミ町3番地に戻っていた。
「戻ってきたんだ…」
エクレアはつぶやいた。ふと腕時計を見ると、
「1時?」
正午からもう一時間も経っている。しかしエクレアにとってはさっきいた〈ガラスの館〉での出来事がほんの5分間に感じられた。
「エクレアー!!」
向こうから誰かが呼んでいる。見るとそれは、
「ママ!」
母だった。エクレアは無意識のうちに向こう側に渡っていた。
「エクレア、ごめんなさいね…ママ、ついカッとなっちゃって」
「ううん、もう、いいの…」
そして二人は家の方へ歩き出した。
翌日、日曜日。快晴である。
「あ、ママ。おはよう」
「おはよう」
こうして一日が始まった。エクレアはあることを心に決めていた。
「ねえ、ママ…」
「ん?」
「あのね、お願いがあるの」
「なあに?言ってちょうだい」
「えっと…明日から冬休みでしょ?それでね、4番地に行きたいの」
「4番地?!」
母の顔が一瞬青ざめた。そう、4番地はペルミ町の中で最も危険な区域なのである。治安が悪いのではない。呪いだ。4番地は、呪われた区域なのである。それで母の顔が青ざめたのだ。
「うーん…」
エクレアはふと考えてみた。
――石の儀式は禁じられた儀式だ
――絶対に見に行ってはだめだ
――石になってしまう
(でも、確かめてみたい…呪われても、石になったとしても…行きたい)
「ママ、ね、呪いなんて迷信だよ。本当だよ」
「でも…ダメ、ダメです!!」
「なんで?冬休みになったらどこでも行って良いって言ったじゃない!嘘つき!」
バタンッ、ダダダダ…
エクレアは逆にキレて部屋のドアを閉め、二階へ階段で上がっていった。
「いったいどうしたのかしら…」
エクレアは自分の部屋のドアを開け、カーペットの上に座り込んだ。やっと気持ちが落ち着いてくると、急にフウの言った言葉が浮かんできた。
――絶対に見に行ってはだめだ…
(心配して言ったのかな。それとも本当にあの儀式に行ってはダメなのかなあ…でも、行って確かめたい)
「行こう…4番地へ…」
確かめに…
「エクレアー、下りておいでー!」
階下で母の声がした。
「…はーい」
エクレアは面倒臭そうに返事をした。そして一階に下りてきた。
「…何?」
すると、母は突然にっこりした。エクレアがじっとにらむと、
「やっぱり、変えたわ。あなたの言うとおり、呪いってのは迷信かもね」
「それじゃあ…」
「行ってもいいわ。4番地に」
「やったあ!ママ、最高!!」
「ただし…」
母は表情をするりと変え言った。
「無事に帰ってきなさいよ」
「うん!」
出発はこの日の午後6時。あと一時間半しかない。
4番地までは隣の3番地でさえ1キロはある。とにかく広いのである。
出発前5分――。エクレアはトランクを両手に玄関のドアを開けた。
カチャッ
コサクダンスの練習をしている近所のおじいさんのほかには誰一人として通りを通っている人はいない。
「ここに本当にバスが来るの?」
すると母は自信ありげに答えた。
「もちろんよ!なんせママの友人なんだもの。貸切よ」
「ふーん」
(ママ、そこまでしてくれたのか…)
キキーッ
しばらくして、一台のバスがエクレアの目の前に停まった。中から出てきたのは性格が悪そうな、一人の女性だった。
「リイア、元気だった?」
「ええ、おかげさまで。で、あんた、引っ越ししたんだって?」
「そうそう、4番地にね。で、この子だれ?」
「ああ、あたしの一人娘よ。エクレアっていうの。4番地まで行きたいってね」
「あ~、ダメ、ダメダメ。4番地は引っ越ししたばかりだから」
「そんな…」母が言った。
「ってなわけで…ごめんね。エクレアちゃんに、リイア」
そして女性はバスに乗り、
ブロロロロ…
とエンジンをかけるとバスを走らせていってしまった。
「ママ~どうして言わなかったの?4番地に行くってこと」
「言ったわよ。でもね、向こうは聞いてなかったみたい」
母はふうっとため息をつき、申し訳なさそうに言った。
「しょうがないな…じゃあ、歩いていくよ」
「え、でも…」
「いいの。たったの1キロでしょ。あたし、もう一回用意してくる」
そう言うと、エクレアはトランクを持ってスタスタと歩き、家のドアを閉めた。母もそれに続いた。
6時30分。再びエクレアがドアから出てきた。今度はトランクではなくリュックを背負っている。
「それじゃあ、行ってくるね」
「ん。行ってらっしゃい。気をつけてね」
「はーい」
パタン
ドアが閉まった。空は暗黒の色になろうとしていた。
夜道はとにかく暗い。でもそれでいて、何となくワクワクするような気がする。
エクレアは走っていた。早く、早く着きたい――
家を出てから400メートルぐらいのところにある橋を通ろうとした。その時、
「掟を破ってまで、儀式を見たいのか?」
誰かの声がした。しかしエクレアは気付かない。ペンダントがかすかに光ったことも。
「フウに、知らせなければ…」
家を出発してから30分後――エクレアは4番地にたどりついた。
そこは広場だった。井戸が一つあるだけの、小さな広場。
「とにかく、待つか…」
エクレアは井戸のかげに隠れて待つことにした。
どれくらいの時がたったのだろう。辺りは闇に包まれていた。
「ふあーあ」
エクレアは眠たそうに目をこすった。ふと、腕時計を見ると…
「11時、59分…!」
ストーン・マイム・マイム 長月 冬 @ELLY0901
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