魔力ゼロから始める魔法使いの転職指南書

こまつなおと

魔力ゼロから始める魔法使いの転職指南書

 ギーッと古びた音を立ててドアが開く。


 両開きのドアは俺を歓迎するかのように両手を広げてくれる。そしてその先には受付、俺は今日この日を持って転職することを決意したのだ。


 全身ローブに魔石が輝く杖を携えて俺は今日から魔法使いとして生きることを宣言しにきたわけだ。だが俺の純粋な決意に眉を顰める人がいる。


 受付の女の子だ。


 彼女は俺に不安そうな表情を向けて口を開いた。


「マリック様、本当に宜しいのですか?」

「ああ、俺は戦士を捨てて魔法使いとして生きる。そう決めたんだ」

「で、ですかマリック様は超一流の戦士。このギルドとしても大損失を目の前にして『はいそうですか』とはいかないのです」

「ふう、……俺を買ってくれるのは嬉しい。だが俺は決めていたんだ。この歳になって童貞だったら魔法使いになろうってね」


 俺は齢40歳の素人童貞、つまり一昔前のネットスラングの基準で言えば立派な大魔道士。そんな俺が今更戦士など恥ずかしてくて名乗っていられるか。


 キッと力を込めた目で威厳たっぷりに受付の女の子を射抜く。するとそんな俺に向かって後ろから黄色い声援が沸く。ほらね、やっぱり戦士なんてカッコ悪かったんだ。だから俺は童貞だったんだ。そうに違いない!!


 今日から俺は女の子にモテモテだぞーーーーー!!


「ねえ、アイツ本気なのかな?」

「バッカだよねえ。あの歳でレベル1からやり直すなんて信じらんない」


 ふふ、よく聞こえないが可愛いお嬢さん二人が俺にヒソヒソと噂話かな? 俺は振り向いてキラッと歯を輝かせて己のカッコ良さをアピールする。するとお嬢さん方は顔を真っ赤にして走り去るのだ。


 色男は辛いね、やはり俺の生き様は魔法使いが正解のようだ。更に俺に向かって声をかけてくる女性が現れた。それはこのギルドの責任者である女性ギルドマスターだ。


 大人の色香を強烈に放ったギルマスは眼鏡の似合う知的な女性、そんな素敵な淑女が眼鏡のフレームを持ち上げて俺に歩み寄る。コツコツとハイヒールの音が俺の耳に心地良い音を送ってくれるのだ。


「やあギルマス。今日も綺麗だね、キラーン」

「マリックさん、どうしてローブの下がスッポンポンなんですか?」

「理由は色々とある」

「お願いだからローブを両腕を広げながら会話を始めないでくださいます? あなたの見苦しくて貧相な男の象徴が丸見えになるんです」

「魔法使いになって思い知ったよ、レベルに応じて装備可能な防具が決定するだろ?」

「……あなた、今すぐ警察に通報して下さい。それが終わったら裏に隠れていて構いません」


 ギルマスが受付の女の子に何かヒソヒソと話しかける。全く、君から俺に話を振っておていそれは無いだろう。シャイにもほどがあるぞ?


 俺はレベル1になったから装備できる防具のキャパが落ちたのだ。戦士だった時代はレベルがカンストしていたから装備に苦慮する心配がなかったが、今の俺にはこのローブが精一杯。


 俺は魔法使いに転職して想定以上に下がった防御力にテコを入れるべく自ら望んで呪いの防具を装備したのだ。このローブ、呪いの防具だけあって防御力と着心地が完璧なのだ。唯一の欠点と言えばローブ以外の防具を装備出来ないこと。


 つまり俺は正真正銘の生まれたての魔法使いと言うわけだ。だが俺はこれからハーレムを作り上げる男だぞ? そんな男がパンツなどメンドくさくて履いていられるか!!


 つまりこの格好は俺と世界中の女性にとってウィンウィンと言う事だ。これからの世の中は時短が求められるのさ。


 ギルマスよ、君の俺の魅力に惹かれて近づいてきたのだろう? 若干血管を額に浮かばせながらもそんなに顔を真っ赤に染め上げてまで照れなくていい、さあ、君も俺の胸に遠慮なく飛び込むと良いのだ!!


 俺はスマートにギルマスの肩に手を回した。


「ギルマスよ、君は電車派? それとも公園のトイレ派?」

「エロ本の読みすぎです」

「じゃあマジックミラー号派かな?」

「……はあ、殴りますよ?」

「ご自由に、愛の形は人それぞれ、俺は否定はせんよ。それに俺は元一流の戦士だった男。素の防御力だけは誰に負けんさ、しかも俺には呪いのローブの防御力もある」

「そうですか……、じゃあお死になさい!!」

「効かんぞ!! ドラゴンの化身よ、我が盾我が剣となりてその咆哮を持って敵を穿て!! ファイヤーブレス!!」

「この変態があああ!! 下半身のドラゴンを杖代わりに魔法を発動させんなあああああああ!!」


 どう言うわけか俺はギルマスを怒らせてしまったようだ。彼女は美しい顔の眉間に皺を寄せて俺に魔法を撃ってきたのだ。そうなれば俺とて黙ってやられるわけにも行かずギルマスの魔法を相殺せんと詠唱を唱えた。


 俺の下半身に躍動するドラゴンから魔法使いになって初めての魔法を放った。


「あなた、どうしてレベル1のくせに上級魔法を使えるんですか!?」

「ふふふ、理由は色々とある」

「死ねええええ!! アイスバインド!!」

「無駄だ!! 俺は呪いのローブで魔力が無限大になったのだ!!」

「くっ、知能を犠牲にしてまでやる事なの? そのローブは装備したらIQゼロになる最悪の呪いアイテムじゃない!!」

「素直に俺に愛を捧げよ!! そして俺のドラゴンの怒りを収めるのだ!! ……天から定められし天命よ、我が願いを情熱を持って抱擁したまえ!! 光魔法・ホワイトブレス!!」

「ぶっ!! ま、魔法を顔射するんじゃねえええええええええ!!」


 ギルドハウスで俺とギルマスの戦いが勃発した。彼女もまた魔法使いとして名を馳せた猛者、その手から放たれる魔法は全て上級魔法だ。如何に俺とて安易な気持ちで戦っては火傷では済まないだろう。


 ほほう、ギルマスも怒りを爆発させたようでそれに連動して彼女の眼鏡にヒビが入ったな。そしてその怒りのままに次なる魔法の発動の準備に取り掛かっているようで、ギルマスは俺の魔法を回避しながら魔力を集中させている。


 美しい顔をまるで汚物でも見るかのような表情に変貌させてギルドハウス内を軽快に飛び跳ねる。トントンと壁や本棚を足場にして突き抜けを通って二階部へ移動している。悔やまれるは彼女の衣服がズボンだと言う事。


 スカートならばパンツも覗けただろうに、俺は「ちっ」と世の中はこうも上手く事が運ばないかと舌打ちをした。するとギルマスも舌打ちを返すように唇を歪めて俺に話しかけてきた。


「……その呪いのローブ、どうやって入手したのですか?」

「ん? マブダチの魔王にコネがあるとかで頼んだら普通にくれた」

「よりによって魔王と繋がっているなんて、最強の戦士も地に堕ちましたね!!」


 おいおい、ギルマスも容赦なく俺に魔法を連射してくるが大丈夫なのか? 今更俺が心配しても無駄とは思うがギルマスとの戦闘で建屋が崩壊しそうなのだ。そんな中で氷塊魔法、つまりアイスバインドを飛び回りながら撃ち続けたら俺たちは生き埋めになってしまう。


 ズドドドド!! と俺の走った後を追うようにギルマスの魔法が床に突き刺さる。これは一瞬だろうと動きを止めたら俺も死ぬな。と言うか冒険者を殺そうとするギルマスは逆に大丈夫なのか?


 これは勝ったら何かご褒美でも貰わないと割りに合わん気がする。


「この勝負に勝ったらパンツ見せて貰っていい?」

「この場にいる全冒険者に当ギルドハウスのマスターとして告げます!! その男は魔王軍に通じる密偵、是が非でも生捕にしなさい!!」


 え? 俺が魔王軍の密偵だと? うむ、やはり魔王ちゃんから色々と融通して貰ったのがマズかったのかな? 他に俺が魔王ちゃんから貰ったものといえば……。


 俺が走りながらウンウンと記憶を辿っているとそれに思い当たるものがいくつも浮かんできた。そしてそれを整理するためにヒーフーミーと指を畳みながら口に出して確認した。するとギルマスの表情が噴火する前の火山の如く今以上に真っ赤に深く染まっていく。


「えーっと、世界の半分でしょ? それに……透明化アイテム。後は何だっけ? 後は古代兵器の設計図か。他には……」

「ソイツはもはや魔王です!! 緊急事態に付き魔王の討伐クエストへの参加を全冒険者に要請します!!」


 「おおーーーーー!!」と俺とギルマスの戦いを隠れながら傍観していた冒険者が一斉に雄叫びを挙げ出した。おいおい、俺が魔王だと? ギルマスよ、君もそれこそもはやシャイと言う言葉では片付けられないだろう。


 俺は己のファンに素直になって貰うべくギルマスの背後に回り込んで彼女の服の中に氷塊魔法を放り込んだ


「アイスバインド、はあああああ」

「あっはあああああああん!! キャバクラ遊びは反則じゃにゃの!!」

「可愛い声を上げよって、そそるじゃないか」

「全員でギルマスの援護だ!! 火炎魔法一斉掃射!!」


 コイツら、まさかレベル1の魔法使い初心者の俺に惜しげもなく火炎魔法を一斉に撃ち込んでくるとは。しかも上級魔法よりも更に上位に特級魔法を問答無用で打ち込んでくるはな。


 許せん、己のファンが目の前で悶え苦しんでいる隙を狙ってこのような外道な方法を躊躇する事なく選択された事に俺は激しい怒りを覚えてしまった。ワナワナと怒りで全身が震え出す。


 その怒りをぶち撒けるために俺は腰を抜かして床に座り込むギルマスの前に出て俺は攻撃体勢を取った。そしてローブの下から魔王ちゃんから貰った古代魔法の説明書を読みながら手に魔力を充填させていった。


「えーっと、古代魔法『エンシャント』はとにかく派手さを追い求めた魔法で、使用の際は周囲の環境に充分に気を配って……。この辺はどうでも良いや、飛ばしちゃおう」

「そこは割と大事でしょ!? 私の前で何を堂々と禁忌魔法の習得をしようとしてるんですか!?」

「しっ、ギルマスを守るためだ。俺の可愛い子猫ちゃん、今は黙ってておくれ」


 俺はとにかくカッコ良さだけを追求してシッと俺の人差し指でギルマスの口を押さえた。やべえ、魔力を充填させていた方の手でギルマスに唇に触ってしまったから、その魔力に当てられて彼女は気絶してしまった。


 「ぎゃー!! トイレの後でもロクに洗いもしない手で触られたー!!」と叫びながら泡を吹いてしまったのは気になるが、でも、まいっか。


 ギルマスも静かになった事で俺は冒険者らの対応に集中出来るようになったのだ。「ふきゅう」と呟きながら目を回したように気を失ったギルマスを後ろに俺は古代魔法の発動を宣言する事にした。


「うーん、カッコいい詠唱を考えないと。……よし、決めた」

「魔王は隙だらけだぞ!! 戦士たちも一斉にかかって動きを封じるんだ!!」

「世界の理を持って時空に眠る古の力を目覚めさせたまえ……」


 一応の体裁を整えるべく俺は詠唱を適当に唱え出したが、そんな俺に冒険者どもの魔法は無粋なもので既に俺の目の前に到達していた。「はあ」とため息を吐いて俺は呆れながら下半身のドラゴンをポリポリと掻く。


 いるんだよな、どんなところにも、どんな時にだってこう言う場の空気を読まずに行動に移す輩は。そしてトドメとばかりにその後方から飛び込んでくる戦士系冒険者たち、お前らはいつも俺に戦士として稽古を付けてくれと土下座してただろうに。まったく、お前らには恩義という言葉はないのかとまたしてもため息を吐いてしまう。


 そんな小さな怒りが積み重なって俺は、もうどうとでもなれと詠唱を破棄して古代魔法を使用した。するとギルドハウスに集結していた冒険者たちは顔を真っ青にさせていく。俺に突進しようとしていた戦士系冒険者はギギギッと急ブレーキをかけてその突進を取りやめた。


 そして焦るように踵を返して逃亡を図るのだ。


 俺は両腕を広げてローブを全開にしながら蓄積した魔力を球体に変えて下半身のドラゴンの前に解き放った。そしてドラゴンが逆鱗に触れたように古代魔法を穿つ準備を始める。俺はそれと同時に魔法の名を口にし俺に敵対してきた冒険者どもの一掃を試みた。




 そこからはあまり覚えていない。




 俺が古代魔法を放つと視界が真っ白になっていった。そして魔法の威力があまりにも強力だったため、ギルドハウスどころかその街全てを喰らい尽くす結果となり辺り一帯を荒野に変貌させてしまったのだ。


 そして俺も魔法に巻き込まれて「あーれー」と可愛い悲鳴を上げながら吹っ飛んでしまっていた。その途中で岩に頭をぶつけてしまい、気絶する事となり、気が付けば俺は何も残らない荒野でローブ一丁で大の字になって寝転がっていた。


 意識を取り戻して目を開けると俺を覗き込むギルマスの姿があった。どうやら俺の意識の有無を確認していたようで、俺の意識回復に気付くなり俺を指差しながら大声で何かを喚き散らす。


「警察の皆さん、コイツが魔王です!! 意識が完全に戻る前に逮捕しちゃって下さい!!」


 そう言えばギルマスは警察に通報していたっけ。だけど彼女が何に対して警察に通報していたのかはよく覚えていない。意識を取り戻した俺はムクリと上半身を起こして周囲を見渡した。そして頭を掻いて照れながらやらかしの反省を口にしたのだ。




「ヤッベ、街を滅ぼしちゃった」




 終わった、色々とザックリと終わった。




「警察の皆さん、聞きましたか!? この男が街を滅ぼした張本人だと自白しましたよおおおおお!!」

「お? ギルマス、今日も綺麗だね。キラーン」

「いやあああああああ!! 魔王に襲われる、犯されるううううううう!!」

「おいおい、君は今日から俺の奥さんになるのだから、いくら嬉しくて照れ隠しのつもりでも虚言は良くない。さあ、この結婚指輪を受け取っておくれ」


 丁度ギルマスが俺に人差し指を差し出していたので、俺はローブから指輪を取り出してスマートに彼女の指にそれを嵌めた。


「ぎゃあああああああ!! の、呪いの指輪あああああああああ!?」

「これで君も俺とお揃いだね、友人の魔王ちゃんから譲り受けたビンテージものの呪いの指輪だよ。効果は……なんだったかな?」

「そこ大事!! 人に呪いを背負わせておいて忘れたとは言わせないわよ!!」


 ギルマスが泣きじゃくりながらビシッと俺を指差して文句を垂れる。そしてそれでは物足りないと言わんばかりに胸ぐらを掴んで俺の頭を前後に揺らし始めた。せっかく意識を取り戻しばかりだと言うのに俺は頭を揺らされて気持ち悪さを感じていた。


 だが忘れた事とは意外にもこう言った中で思い出す様で俺は魔王ちゃんからキツく言われていたこの指輪の注意事項を思い出した。俺はポンと手を叩きながらそう言えばと言った具合にそれを口にした。


「ヤッベ、この指輪が古代兵器復活のキーだった」

「ノーーーーーー!! 良く分からないけど私に不幸が降りかかった事だけは理解したあああああああ!!」

「大丈夫だよ、健やかなる時も病める時も喜びの時も悲しい時も富めら時も貧しい時も愛し合おう」

「結婚式の牧師みたいな事を言うんじゃねえええええ!!」


 ギルマスは知的な雰囲気をぶち壊す様に髪を掻きむしりながら叫んだかと思えば、今度は再び俺の胸元を掴んで喚き出した。俺が「命ある限り真心を尽くす事を誓いますか?」と劇画タッチの顔で問いかけるとギルマスは「我が人生にいっぺんの悔いなしな訳あるか!!」と鼻水まみれで言葉を返して来た。


 ヤレヤレ、せっかくの美人顔が台無しだぞ? とオデコをピンと突くと「妊娠するから止めんか!!」とギルマスは論理崩壊を引き起こしていた。そして「イヤイヤ!!」と泣き叫びながら俺に向かって突進を始めていた警官隊に向かって古代兵器の真髄を発揮し出すのだ。


 俺は伴侶の仕事ぶりに感慨深く感動を覚えてギルマスに向かって言葉を贈ったのだった。ギルマスは警官隊を全滅させながら俺の言葉にようやく素直になったらしく全てを燃やし尽くしたボクサーの如く真っ白くなりながら「ははは……、私の人生オワタ」と呟いていた。


「ウンウン、ギルマスもこの大人数を相手に魔法を顔射するとは随分と大胆になったものだ」

「古代兵器の説明書すら見せて貰ってないのに、……お願いだからクーリングオフを適用させて、これを無かったことにさせて下さい」


 今日この時を持って俺は密かに魔王へと転職を果たした。


 戦士から魔法使いにと転職を目指していた俺だったが、運命とは残酷なものでその過程で伴侶を獲得したのだ。伴侶を得ては俺も童貞を捨て去る事となり、魔法使いも魔導士も名乗る訳にもいかず次なる職業を真剣に考えたのだ。


 するとマブダチの魔王から一通の手紙が届き、その中に『世界の半分を上げたんだから、二大魔王として力を貸してくれね?』と綴られていたのだ。俺はそんなマブダチからの頼みを無碍に出来ないと思い、ソッコーで『オッケー』と返答をした。


 その瞬間から俺は人間の世界で正式に魔王と認定される事となり、その伴侶のギルマスも魔王の正室として世間から睨まれる立場となったのだ。俺は絶望のどん底に突き落とさらたが如く落ち込むギルマスの肩に腕を回してこう口説き落としたのだ。


「下半身のドラゴンで次の世代の『膜』開けを二人で全力サポートしようじゃないか」と。


 これが一流の戦士が魔力ゼロから魔法使いを目指したストーリの全容である。皆んながもし戦士から魔法使いに転職を考えた際は俺の実体験を参考にしてよく考えてくれ。その内、俺もこの体験を論文に書き落として童貞学会に発表するかもしれないからその時は宜しくな。


 ではまた会う日まで、あばよ!!

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