第42話



今の私はすこぶる機嫌が悪い。


眉間に深く皺を寄せ、全ての元凶である殿下を睨みつけるも当の本人は何処吹く風である。



「食べられないって言ってた奴はどこのどいつだ?ははっ、やっぱ頼むんじゃん。」

「…。」

「おいおい、無視はよくねーよ?無視は。」



そう言いながら愉快そうに笑う男の声が私の神経を逆撫でする。彼が帝国の皇太子でなかったらこの場で引っぱたいているところだ。それ程私は機嫌が悪い。


殿下から300年前のことを聞くために皇宮へ行ったところまで良い。問題はその先からだ。


皇宮に着いた途端、皇族に仕える3人の侍女にドレスを脱がされ、代わりに着させられたのが今身につけている簡素なワンピースだ。最近町の娘達に流行っているデザインらしく、裾に花柄の刺繍が入っていて大変可愛らしい。

そして、1人の侍女が「殿下から髪はひとつにまとめるように、と仰せつかってます。」と言い、手際よく髪の毛を結い始めた。キャッキャウフフと楽しそうに髪の毛をセットする彼女達に悪い気はしない。されるがままの私の頭は、複雑に編み込まれ上品かつ可愛らしい髪型に仕上がった。


侍女達に必要以上に身体を触られて、ぐったりとソファーに腰かけていたところを迎えに来たのはテオドール殿下だ。侍女が支度を終えたことを伝えに行ったのだろう。


彼も私と同様に町の青年達が着ているような簡素なシャツとコートに着替えており、何故かその瞳は私と同じエメラルドの瞳になっていた。理由を聞けば、サファイアの瞳だと皇族だということが事がバレるから、との事。それに嫌な予感がした私は逃げようとしたが、素早く殿下の長い腕が首に回り簡単に捕まってしまった。

苦しい!離して!と言う暇もなく、世界が揺れるほどの乱暴な転移魔法をかけられ、気付けば帝都の大通りにある有名なチョコレート専門店の“メルシー&リリー”の前に殿下と一緒に立っていたのだ。



なぜ彼はいつも突拍子もないことをするのだろうか。

私をからかって、ふざけるのも大概にして欲しい。私は真面目に300年前のことを知りたいのだ。


まさか、彼はこのまま誤魔化そうとしているのではないだろうか。あれほど300年前について話すのを躊躇していたのだ。有り得なくは無い話だろう。

不可解な行動を繰り返す殿下に対し、どんどん疑心を募らせていく。



「お待たせいたしました。チョコレートムースとカモミールティーと蜂蜜でございます。」



可愛らしい女給の声に我に返る。気付けば私の目の前にはチョコレートムースとカモミールティーが並べられていた。

チョコレートの甘い香りが鼻腔を擽る。


女給は「ごゆっくり。」とにっこりと笑ってから席を離れていった。


その可愛らしい#女給__ウェイトレス__#がまさか下世話な妄想を脳内で繰り広げているだなんて、微塵も思っていない私はチョコレートムースをじっと凝視する。


夢にまで見たメルシー&リリーのチョコレートムース。チョコレートムースは人気すぎるため、持ち帰りが出来ず店内でしか食べられないのだ。

いつもの私だったら喜んで食べ始めようとするが、今日はそんな気分にはならなかった。頼んでおいてアレなのだが…私の本能が食べている場合では無いでしょ?と規制をかける。



「…食べねぇのか?」



カモミールティーに蜂蜜を入れ、それをスプーンで掻き混ぜながら殿下は私に問う。いつものように何気ない言葉だ。だが、今日は彼の言葉一つ一つが癪に障る。



「…っ。私は、こんな所で油を売っている場合では無いのです!それとも何か、誤魔化そうとしているつもりですか?生憎私はそんなのには騙されま…」

「落ち着け、エリザベータ。」

「―っ。」



殿下は私の言葉を遮るように、ピタッと私の唇にスプーンを押し当ててきた。それは蜂蜜を掻き混ぜるために使用していたスプーンだ。唇の隙間から甘い蜜が微かに染み込んでくる。

突然の事に私は大きく目を見開いたまま固まった。そして、彼らしからぬ真剣なエメラルドの瞳と目が合う。



「…お前、昨日はちゃんと寝たか?」

「急に何を…」

「朝食とか残しているだろ?」

「…。」



図星を突かれて、思わず沈黙する。何故分かったのだろう。確かに今日の私は眠りが浅く、食欲もなかった。そんな私の様子を見た殿下はひとつため息をつく。



「あと、無自覚だろうけど、朝から顔強ばっているぞ。肩にも力が入りすぎているし、呼吸も浅い。深呼吸してみろ。」



戸惑いつつ言われた通りに深呼吸する。身体に酸素を取り入れ、吐き出す。それを何回か繰り返していると心を覆っていたモヤが晴れていくのを感じた。



「馬鹿エリザ。」



いつもの様に彼は私の額を指で弾く。すると身体からすっと力が抜けたのを感じた。驚きながら彼の瞳を見れば、そこには淡く煌めいているエメラルドの瞳があった。

――魔法だ。

その時初めて、身体全体が力んでいたことに気づいた。



「あ…。」

「300年前の事となるとお前はいつもそうなる。だから俺は話したくないんだよ。」



そうだ。そうだった。

彼の不可解な行動はいつだって意味のあるものだった。それは、いつも私のことを想ってのこと。

彼はどう足掻いても粗野な男だが、呆れるほど優しいのだ。



「…すみませんでした。…私、ずっと感じ悪かったですよね…」

「すっげぇ悪かった。将来は立派は御局様になれるかもな。」

「またそういうことを言うのですね。」

「ははっ。」



笑う殿下につられ、私もクスリと笑った。

大丈夫、殿下のおかげで今の私は冷静だ。どんな話しでも自分を見失うことはないはず、絶対、きっと、多分……。


先程の私は自分では気付かないほど、焦っていた。正気ではなかったと思う。

早く、早く、と何かに急かされるように過去を知りたがって、そして中々話さない殿下に勝手に苛立って……そんな心が迷子のまま話を聞いたとしても、上手く呑み込めずにまた300年前に囚われ続けるだろう。それではいつまで経っても心に住み続けるアルベルト様を殺せない。



『本当は殺したくないくせに。』



誰かがそう囁く。何を馬鹿なことを…。

私は彼を殺すのだ。殺さなければならない。

だから、もう、出てこないで。世迷言を囁く誰かにそっと蓋をした。



「ほら、さっさと食べろ。そんで次は肉を食べに行くぞ。」



ニヤリと笑う殿下に私は不敵な笑みを浮かべた。



「何処まででもお供しますよ。」



最後に「今日だけ特別です。」と付け加える。私の言葉が予想外だったのたろう。殿下は顔をキョトンとさせたが、すぐにニヤリと笑った。



「エリザのくせに、ノリが良くなったじゃん。」



※※※※※


町娘ラーラside



―結局どういう関係なの!!!???気になり過ぎて今日眠れないんだけどぉ!!



当たり前だが、私の心の叫びに答える人は誰もいなかった。



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