第41話



町娘ラーラside



帝都で人気のチョコレート専門店といえば、大通りにある“メルシー&リリー”と誰もが答えるだろう。


その上品な甘さと蕩けるようや舌触りから、ノルデン帝国の住民だけでなく他国からもその味を求めて訪れる客は後を絶たない。


私はその“メルシー&リリー”で女給ウェイトレスとして働いている。

最初は制服が可愛いからという邪な理由で働き始めたが、今ではそんな有名店で働いていることに誇り持っていた。


最近、店内で食事が出来るスペースを設けたことによって更にお客さんが増え、毎日目が回るほど忙しいが楽しく充実した日々を過ごしていた、そんなある日のこと…。



「ラーラ!これを1番テーブルに持ってて!」

「はいよー!」



厨房から差し出されたのは、お菓子職人が丹精込めて作り上げたチョコレートケーキだ。甘い香りが鼻腔を擽り、今すぐにこのチョコレートケーキを自身の胃に収めたくなるのを抑えつつ1番テーブルで待つお客様の元へ運んだ。



「お待たせいたしました!チョコレートケーキでございます。」

「ありがとー。おっ!ラーラちゃん、今日も可愛いねぇ!」

「ありがとうございますー。可愛いついでに本日のおすすめのアップルパイはいかがですか?」

「可愛いついでって何だよ!そんなに食べられないよぉー。」

「あはは!」



こうしたお客様との掛け合いも楽しい。接客業は私の天職だ。

楽しみといえば、ここには時折貴族の人も訪れる。大概はお忍びのようで、ソワソワとしている様子は何だか可笑しくて笑いそうになる。


いつか、イケメンの貴族様に見初められて…なんてロマンス小説の影響を受けまくり私はいつも空想の世界を楽しんでいた。

…夢をみるぐらい良いでしょ?誰にも迷惑はかけていないんだし。


いつか自分を迎えに来てくれる貴族様に思いを馳せていると、新しいお客様の訪れを知らせるドアベルがカランコロンと店内に響いた。私は笑顔を浮かべドアの方へと振り返る。



「いっらっしゃいま…せ…」



視界に飛び込んできたお客様に思わず言葉が途切れる。お店に入ってきたのは目を見張るほど美しい男女だった。


まず男の方に目がいってしまうのは女のサガだ。これは、仕方がない。

神々しいほど豪奢な金髪に意志の強そうなエメラルドの瞳、高い鼻梁と精悍な顎を持つ男はまるで美術館に展示されている彫刻のように美しい。

男は簡素なシャツにコートを羽織るだけでの出で立ちであったが、そのシンプルさが彼のルックスの良さを際立たせていた。スラリとした長い足に、服の上からでも分かるしなやかな筋肉が付いた腕…。無意識にゴクリと喉を鳴らす。その腕に羽交い締めされたい、それで死んでも構わないと思うほどの極上の男だ。


一方、男の隣に立つ女も男に劣らず美しいが…機嫌が悪いのだろうか、眉間には深いシワが刻まれている。

ややつり目のエメラルドの瞳に艶やかな栗色の髪。その髪は後ろでひとつに結いまとめられており、綺麗なうなじを惜しげも無く晒していた。

その姿はまるで気高き、血統書付きの猫のようだと思った。撫でようと手を伸ばしたら引っ掻かれそうな、そんな近寄り難さがある。

そんな彼女も男と同様に簡素なワンピースの上にフード付きのコートを羽織るだけのシンプルな出で立ちだった。だからこそ彼女の実に女性らしい肉体が際立つのだが…これは私の精神的によろしくないので割愛する。


こんな指の先まで手入れの行き届いた平民なんているはずがない。2人は平民に扮した格好をしているが、誰の目から見ても貴族の者だということがわかる。


同じエメラルドの瞳を持っているということは2人は兄妹なのだろうか。いや、それにしては顔が似ていない。ということはやっぱり恋人同士?


目の前に居る美男美女を凝視したい気持ちを堪え、私は営業スマイルを浮かべ仕切り直した。



「いらっしゃいませ、店内でお召し上がりですか?」

「あぁ。2名で。」

「かしこましました。お席に案内します。」



少し緊張しながら私は空いている席へと2人を案内した。「お決まりになりましたら、ベルでお呼びください。」とマニュアル通りのセリフを言ってから席を離れ、近くのテーブルに置いてある使用済みの食器の片付けを行う。仕事しつつ、私は2人の会話に耳を傾けた。



「そろそろ機嫌直せって。ほぉら、お前の好きなチョコレートだぞ。」

「そう何度も食べ物で誤魔化されません。」



―ほうほう。どうやら彼氏さんは彼女さんのご機嫌をとるためにこの店に連れてきたのね?だけど、彼女さんはそう簡単に許してくれなさそうですよー。



「私は早く300年前のことが知りたいのです。それなのに貴方は突然訳の分からないことをしますし、挙句の果てにまた乱暴に…」

「乱暴って人聞きの悪い。この前よりも優しくしただろ?」

「あれの何処が優しいのですか。ユーリの方がもっと優しいです。」

「他の男と比べるのとかやめろよ、だせぇーから。おら、さっさと何食べるのか決めろ。」

「貴方のせいでもうクタクタなので食べられません。」

「そう言う割にはちゃんとメニュー見るんだなァ?」

「ほっといてください。」



―待って待って待って待って待って待って待って待って待って!!何?何なの、その会話っ!!



私は真顔のままひたすらテーブルを拭き続ける機械へと成り果てた。

片耳に全神経を集中させる。傍から見れば真面目に働く女給ウェイトレスだか、心の中は大荒れだった。


私はロマンス小説が大好きだ。脳がロマンス小説でできていると言っても過言ではないほどに。そんな私が先程の美男美女の会話を聞いて、どう思うだろうか。

どこをどう切りとっても、男女のアレやそれやにしか聞こえない!

私のピンクの妄想は加速していった。



―つまり、2人は体の関係がある恋人同士ってことよね!?だから彼女さんは何処か気だるげなんだわっ!一体どんな風に乱暴にされたのかしらっ!?というか、白昼堂々あんな赤裸々な話をするなんて流石は貴族様よっ!やっぱりロマンス小説のように貴族世界は肉欲に溢れているんだわっ!やだっ、破廉恥!っていうか、ユーリって誰!?そっちとも彼女さんは関係があるの!?彼女さんは悪女なの!?三角関係なの!?彼氏さんはどういう心境なの!?



内心大興奮していると、美男美女のテーブルから女給ウェイトレスを呼ぶベルが鳴った。私は誰にも取られまいと素早くテーブルへとたどり着く。そして、いつもの営業スマイルを浮かべた。



「お決まりでしょうか。」

「はい。このチョコレートムースを1つとカモミールティーを2つお願いします。あ、あと、蜂蜜があったらそれもお願いします。」



注文をしたのは彼女さんの方だ。怖い人かと思っていたが、話している姿は案外普通だ。それに安心した私は気を抜いてしまった。



「かしこましました。今キャンペーン中でして、恋人と一緒に来店された方には割引券を渡しているのですが…お客様達は恋人同士ってことでよろしいでしょうか?」



そう言いながら美男美女を見て、私は固まった。彼氏さんの方は変わらないのだが、彼女さんの方が明らかに様子が変わった。表情が一気に抜け落ち、能面のような顔になったのだ。



「いえ、違います。」



その声は、全てのものを凍て尽くすほど冷たい声だった。



―あ、やば。これ地雷だったわ。



「か、かしこましました。少々お待ちくださいませ…。」



背中に嫌な汗が流れたが、私は何とか笑顔を保ちつつ、受けた注文を伝えるために厨房へと向うのであった。







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