世直しオボル

@96-46

第1話 

レニオール王国の地方都市ダンデルベルの西地区にある教会にオボルという司祭がいた。

伯爵位を持つラベオ家の3男に生まれたオボルは、長兄とは年の離れており、幼少のうちに教会の修道院に出された。オボルは、物心つく前から修道院が家であり、神の教えが父の教えで、修道母が母であった。

オボルは教会の神話に昔から関心が強かった。神話や昔話を読み漁り、悪魔や悪人を退治する僧侶や戦士の話を好んで読んだ。教会の務めを真面目に果たし、毎日黙々と働けば、修道院にある図書を読んでもよいという褒美が、彼を勤勉な司祭へと育てたと言ってもいいほどだった。

教会には上司に当たる司教がいたが街の中地区も兼任しており、月に数回顔を見せる程度だった。オボルには教会を取り仕切る役とある程度の自由を与えられていたが、修道院で戒律を叩き込まれているオボルには、怠惰は敵であり、教本代わりだった神話や昔話は教訓めいたことをほのめかしていたので、欲に溺れることはなかった。

ただ、彼の中にはずっと英雄に憧れる気持ちだけは失わなかった。それは正義感の強さにも現れていた。

ただ、ダンデルベルは、決して治安の良い街ではなかった。犯罪者は昼間でも姿を見せていたし、スリや追い剥ぎ、強盗や殺人の話も酒場に行けばたいてい話題に事欠かなかったほどだった。オボルはそれを憂いていたが、ある日、教会に呪いを解いてほしいという冒険者がやってきて、彼らの話を聞き、彼の血は冒険をしたいという熱を帯びて全身を駆け巡った。

ただ立場上、教会を空けるわけにはいかないオボルは、街を巡回し、治安を良くするという考えにいたり、その冒険欲を満たそうとした。

冒険者が去った翌日、早速オボルは倉庫にあった棘付きの棍棒をマントに隠し、街に出てみた。まずは西地区を1周してみた。

「あら、司祭様どうされたんですか?」

教会から歩いて10歩も歩いていないうちから、声をかけてきたのは、教会の向かいに店を構える女将だった。

「あ、ああ…アスランさん。こんにちは」

「お昼間から教会の外でお会いするなんて珍しいですね。お出かけですか?」

「あ。え、ええ。ちょっとね」

突然声をかけられて慌てる店の女将は、すぐに接客に追われて、司祭に興味をなくしたようだった。

その隙に司祭はこれ以上関わらないよう早足で歩いた。

歩きながら、オボルは考えた。このままの格好で歩くと普通に自分だとわかってしまう。もし、この棍棒を実際に使う事になって、司祭がそんなことをしていいのか、他国の戦の神は正義のための力は認められておられるが、我が教会が祀る神はやたら暴力には否定的だ。

教義に反する行動は司教から何を言われるか、いやそもそも我らが神は私を許さすだろうか。こうした行いは騎士や衛兵に任せておけばいい。

ぶつぶつつぶやきながら、オボルは歩き続けていると、西地区と中地区の境にある狭い川の岸にたどり着いていた。

「さすがに教区を超えたら良くない」

オボルが独り言を行って振り返ったその時、通りの向こうの方で叫びえ声が聞こえた。

オボルは、自分が気づくより早く走り出していた。

建物の間の狭い路地を見ると、奥に倒れてる女性、手前には走ってくる男が籠を持って走ってくる。

オボルは、強盗だと判断し、向かってくる男が路地から出れないよう、前に出てマントの下の棍棒を握り直した。

強盗の男はニヤリと笑ったように見えた。かごを持つ反対の手にナイフを持って勢いそのまま、オボルを刺そうとした。

オボルは、思い返したら神の御加護があったのかもしれないと思うほど、軽い身のこなしで強盗を避けざま、マントごとその男の後頭部を殴りつけた。

男は声を上げてそのまま前につんのめって通りに倒れた。

オボルは、男が倒れた拍子に離したカゴを拾うと、遅れてやって来た叫び声を上げた女性にそれを手渡した。

「ありがとうございます」

女性は深々とお礼をして、痛そうにしている肘をなでた。

「男にやられたのですね。どれ」

オボルは静かに聖文を唱えて、女性の肘を撫でると、女性の傷はみるみる消えてなくなった。

「ああ。なんてこと、ありがとうございます。司祭様。でも私、お布施をお渡しするほどのお金がなくて…」

「気になさらず、結構です。犯罪に遭われたのです。神の奇跡を受けられる資格があるでしょう。でもなぜ私が司祭と?」

「あらあら」

女性はオボルの質問にケラケラと笑った。

「失礼しました。でも傷を治す力を持つなんて司祭様以外におられないじゃないですか。しかも神様の奇跡なんていう人は教会の人以外いませんもの。ああそうだ私の家はこの少し先なんです。よかったらお礼をしたいので」

女性はそう言うと駆けて自分の家に入っていった。制止する間もないなと思いながら、その女性の家のドアの前に立つとドアを開けて女性が出てきた。

「お給金前で、本当に持ち合わせが…これ、働き先でもらったリンゴなんです。きっと美味しのでどうぞ」

女性は3個のりんごを差し出すと、オボルは素直に受け取った。

「ありがとうございます。路地は危険なのでお気をつけを」

「司祭様にも良きことがありますように」

女性は一礼すると、ドアの向こうに入っていった。

オボルは思い出して振り返ったが、強盗の男はすでに姿を消していた。逃したことを後悔しつつ、これに懲りたらそれでいいと、オボルは、りんごをマントのポケットにしまうと、教会に向かって帰りだした。

良いことをした実感が少しずつ湧き出して、思わず口元がほころんだ。

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