最終話 希望にあふれた人生は

『こちらBR』


 俺の耳に付けた魔道具からロイの声が響く。魔術国家マギアロンドの技術が作り上げたインカムだ。装着している者同士で遠くはなれた場所でも簡単に会話をすることが出来るという優れもので、傍から見ればイヤリングにしか見えないというのもポイントが高い。


『目標を確認。予定通りのルートをしっかりなぞってるぜ』


 どこだろうかと、探しているとそっと後ろから天使ちゃんが指をさした。


《ユツキ。あの馬車よ》

「了解。こちらでも馬車を確認した」


 俺は家の屋根で『暗殺術Lv3』を発動したまま、待機。今回の目標は中々に厄介な敵だった。


 “稀人まれびと”殺しを警戒するのにも関わらず、自らが技術や異界の思想を降ろすことに何も抵抗を抱いていない。


そして、貴族もそう言った“稀人まれびと”を囲いたがる。まあ、それは当然だろう。そう言った人間を側に置いておけば、簡単に自らが治める土地は成長するのだから。


 だが、それは世界全体にとってはプラスにならない。


 この世界では技術は秘匿され、公開されない。そうなれば起きるのは、歪な発展。世界全体をとっても技術は発展しているのに、道徳が追い付いていない。または、その逆が起きる。そうなれば、最悪は人類全滅だってあり得るのだ。


 人は失敗をする。失敗したうえで進んで行く。


 だが失敗を覚えるよりも先に、文明だけがこちらの世界に流されては、たまったものではないのだ。


『SS。奴の姿は見えたか?』

「勿論」


 当然、警告をした。これ以上、向こうの技術をこちらの世界に流すな、と。それ以上、技術を降ろす場合は命を貰うと。一度だけではない。何度も送った。だが、彼は辞めなかった。


 だから、殺す。


「じゃあな」


 俺の目がわずかに輝く。【鑑定】スキルによって馬車の中を覗いた瞬間、“稀人まれびと”の姿が見えた。ターゲットロック。そして、引き金を引く。馬車の中にいた彼はがくり、と脱力するとそのまま死んだ。


 『延魔の腕』を使って体内にある“魔核”を奪い取ると、俺は踵を返した。


「こちらSS。全て終わった」

『了解。相変わらず、素早いな』


 そして、帰還する。そこには誰も存在しておらず、誰も見ていない。完全なる暗殺者。


 伝説の始まりから、5年が経った。


 “稀人まれびと”殺しの英雄は、かくて世界に残っている。


 ――――――――――


「今回もご苦労であった」

「どうも」


 ローズとも随分と長い付き合いになる。


「それで、報酬のほうはどうなんですか。


 ロイが冗談めかして聞く。


「そう急くな。いつものように準備しておる」


 2年前、とあるによって国王が亡くなった後、第一王女であるローズが女王になった。その中で俺たちは女王お抱えの秘密組織として、警告を無視する“稀人まれびと”たちを殺しているのだ。


 人を殺すことに抵抗はない。


 どこかでタガが外れたのだろうか。それとも、俺は最初からこうだったのか。もう昔のことなど思い出せない。ただ言えるのは、俺はこの世界で居場所を手に入れたということだけだ。


「長旅、疲れただろう。2人ともしっかりと休んでくれ。次の指令は追って伝える」

「りょーかい」

「相変わらず、雑なやつらよ……」


 ロイはそれに肩をすくめると、颯爽と部屋から出ていってしまった。最初は忠誠心の高いやつかと思っていたが、実はただの仕事大好き人間だったという落ちだった。


 俺もそれに倣って、家に帰ろうとするとローズから声をかけられた。


「ユツキよ」

「……なんすか」

「今度は子供を連れてきても良いぞ」


 ……これは、この人なりの気遣いなのだろうか。


「……いや、ウチの子。姫様見ると泣いちゃうんですよね」

「なんということ言うのだ」


 むっとした顔のローズ。


「ははっ。冗談ですよ」

「上司をいじるなーっ!!」


 もはやいつも通りの光景なので、周りにいる従者たちは何も言わない。またか、みたいな視線で俺たちのやりとりを受け流す。


「じゃ、お疲れさまでした」

「うむ。またの」


 俺は女王の部屋を後にすると、そのまま正門を通って城から出た。


(土産でも買って帰るか)

《喜ぶわよ》

(だな)


 天使ちゃんと相談しながら、果物やお菓子を買っていく。そして、王都の端に立てた家に帰った。


「ただいま。」

「おかえりなさい!」


 家に帰ると、3歳になる娘が出迎えてくれた。俺は抱き上げて、頭を撫でる。ぴょん、と跳ねた猫のような耳はユノからの遺伝だ。


「元気にしてたか? ティル」

「うん!」


 娘の名前を呼ぶと、嬉しそうに笑った。

 最近は遊べてやれなかったからな。


「お母さんは?」

「おかあさんは、ごはんつくってる!」


 ということで抱きかかえたまま、キッチンに向かうと見慣れた後ろ姿があった。


「今回は帰ってくるのが早かったわね、ユツキ」

「終わるのが早かったんだよ。ユノ」


 そう。俺は、ユノと結婚した。

 そして、二人の子供を授かった。


 娘と息子。息子は生まれたばかりでベッドで眠っている。三時間に一回、起きてはぐずっているのは疲れるが可愛いものだ。


「今日はヒナが来るって」

「そうか。久しぶりだな」

「ヒナおねーちゃん、昨日も来たよー!」

「え? 昨日も??」


 ヒナは冒険者になった。持ち前の【時間操作】のスキルを活かして、ソロ冒険者として名をあげているらしい。


 今は彼女共に過ごしているステラは会う度に身体がデカくなっていくので、いつか討伐されるのではないかと思って冷や冷やしている。だが、彼曰く大丈夫らしい。


 何がまだなのものなのだろうか。


 なんてことを考えていると、扉がノックされた。


「ユツキ、出てくれない?」

「うい」


 扉を開けると、そこにはステラに乗ったヒナと箒に乗ったソフィア先生がいた。


「おお、久しぶり」

「久しぶりって、一か月ぶりよ! ユツキ」

「ヒナねーちゃん!」


 抱きかかえていた俺の手を離れてヒナに向かっていく。


 ……パパは悲しいよ。


「お久しぶりですね。ユツキ君」

「……随分と、大きくなりましたね。ソフィア先生」

「ええ。成長期ですから」


 そういってソフィア先生は微笑む。トレードマークの大きな帽子も、成長するにつれてだんだん小さく見えてくるから不思議だ。まあ、相も変わらず大きな帽子なのだけれど。


 ソフィア先生はその才能を活かして、魔術国家マギアロンドではブイブイ言わせているらしい。


「シェリーさんが、今日来れなかったことを悲しがっていましたよ」

「悲しがるって……。アイツ、今は親父さんの元で秘書やってるんでしょ? 仕方ないですよ」


 シェリーは魔術国家マギアロンドで政治家になるらしい。今はその勉強中だ。


「……久しぶり、だね」

「また、太ったか。ステラ」


 俺と旅をしていた時は可愛らしいサイズだったステラも、今では1m50cmほど。ちょっとした自転車くらいはあるサイズに成長した。


「……現状、維持、さ」

「本当かよ。まあ、良いや。入れよ」

「お邪魔、します」


 ステラがのそりのそりと入ってくる。


《早いものね》


 俺が扉を閉めると、そっと天使ちゃんが笑った。


(そうだな)


 だから、俺も笑う。


「ユノ! 手伝うわよ!!」

「ならヒナは食器を運んで」

「うん!」

「ユノさん。何か手伝うことはありますか?」

「じゃあソフィア先生は向こうの部屋からメルを呼んできて!」

「はい」


 メルはウチで居候をやっている。子供のころに家の仕事を代わりにやっていたことを活かして国家公務員になりたいらしい。


 つまりはローズの元で働きたいらしいのだ。俺が口添えしてやろうかと思ったが、それは嫌なのだと。自分の力で成り上がっていきたいのだという。


「じゃあ、みんな座って」


 ユノの指示でみんなが座る。


 当然、ティルを囲むようにして、だ。


 何しろ今日の主役なのだから。


「「「ティルちゃん。誕生日、おめでとう!!」」」


 それが、乾杯の合図だった。今日はティルの3歳の誕生日だ。

 ティルはくすぐったそうに笑って、みんなからの祝福を受け入れている。俺はそれを見ながら、自然と顔が笑っていることに気が付いた。


《ねえ、ユツキ》


 そんな中、ふと、天使ちゃんが話しかけてきた。


(ん?)

《いま、幸せ?》


 いつもと変わらない声で、天使ちゃんが微笑みながらそう聞いてきた。だから、


(ああ)


 俺は、心の中から頷いた。


(幸せだよ)

《良かった》


 天使ちゃんが屈託のない笑顔で笑う。


 かつて、この身が一度滅びた時、あの天使は言った。『夢と希望にあふれた人生』だと。あれは今になって分かる。半分嘘で、半分正しい。この世界に夢はなかった。だが、希望ティルはあった。


「どうしたの。ユツキ、不思議な顔をして」

「いや。ここに来て、良かったなって」


 ユノの言葉に、俺は笑う。


 これから先、辛いことも楽しいこともあるのだろう。ティルの反抗期は今から楽しみだがその反面、ティルが、ユノの側にずっと居られないかもしれないというのが酷く怖い。


 それでも、俺はこの世界で生きていきたいと思う。


 生きていたい、と思えるのだ。





  完

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