第3-16話 英雄の始まり

「かみさまー」


 こちらの世界でも、あちらの世界でもない世界。人が死ねば、必ず行く世界。そこで天使は自らの主を呼んだ。


「あの4人、2ヵ月もしないうちに戻ってきちゃいましたよ?」


 生死を管理するソレは、つい先日自らが送りだした者たちが帰ってきたことに対して、自らの主に問いかけた。主の決定は絶対だ。


 しかし、第二の人生を約束したのにも関わらず、そしてそれを実現できるだけの力を与えたにも関わらず、彼らは帰ってきた。


 天使にとっては、それが不思議で仕方がなかったのだ。


「え? 問題ないんですか? だって、第二の人生を約束しちゃったんですよ?」


 しかし、主が何かを言うよりも先に天使は答えにたどり着いた。


「ああ。自ら助くるものを助くってやつですか。なるほど。努力は必須だと。死んじゃったほうが悪いのだと」


 というか、そもそも死が悪い……という考えになっていないのかもしれない。死は救済だ。現世の辛いことから逃げられる。神の身元にやって来ることが出来る、から。


「人だけじゃなくて世界の方も大事だって言うんですか? はぁ~。なるほど」


 人とは確かに神の創造物であるが、同様にして世界も神の創造物。ならばこそ、神の愛はそこに同等に注がれるはずだ。


「まだあの世界はだから、『英雄の時代』が必要だと? ああ、なるほど。あの人たちはその贄、なんですね!」


 『魔神』が屠られた時、あの世界において『神代の時代』は終わった。ならば次に訪れるべきは『英雄の時代』。だが『魔神』との戦いにおいて、あの世界の『英雄』は絶対的に不足していた。


 そこに、神は異世界の人間を放り込むことによって英雄の数をした。そうすればやがて人々は神から離れ、英雄たちがその代わりとなる。いずれは『英雄』たちの時代も終わり、正真正銘の人間の時代がやってくるだろうがまだそれは先の話。


 まだあの世界は人間の成長段階で言えば、第一次成長期を迎えたばかりなのだ。


 


 英雄に必要なのは莫大な力。そして、カリスマ性。それは、英雄たちの性質が善だろうが悪だろうが関係ない。突き抜けたを持っているものは、いずれにしても人々の目に留まる。


 そして、好かれるのだ。


 それを持つ、あるいはいずれ持つはずの7人を神は送り込んだ。その中の一人でも残れば良い。それだけで、人間はやがて神の手を離れて一人立ちできるようになるだろう。


 故に。


 送り込んだ4人死のうが、5人死のうが、6人死のうが。


 それは、些細な問題でしかない訳である。



 ――――――――――――


「なにこれ」


 俺はローズからもらった金属製のプレートを見ながらそうぼやいた。金色銀色で派手に装飾されたプレートである。ともすると狩人証にも見えるが、見栄えで言えば圧倒的にこちらの方が上。かかっている金額もこちらの方が上だと思われる。


 マコトを殺した翌日。城の中が喧噪に包まれている中で、ロイに呼び出されて俺がローズに会うや否やこれを渡されたという流れである。


 マジで何これ。


「それは私に従う専属従者フォロワーの証だ」

「はッ!? 専属従者フォロワー??」


 専属従者フォロワーというとアレだ。家ではなく、個人に仕える従者のことだ。何でそんなもののを証を俺が貰う訳? だって俺、ローズに忠誠を誓ったことなんて一度もない……。


「そう嫌がるな。これは私からの気持ちなのだ」

「いらね……」


 そう言った瞬間、ローズの眉が露骨にひそめられて……。そして、元に戻った。


《デリカシーがないわよ》

(だって、天使ちゃん。俺、これ要らないよ……)


 という、俺の言葉なんぞはローズは知らず。


「良いか、ユツキ。これからはロイとお主に働いてもらう。そのためには、身分証としてそれが必要になってくる時もあるだろう」

「身分証なら、俺も持ってんだよなァ」


 そう言って狩人証を取り出した。


 だが、それをローズは無視。


「私たちは“稀人まれびと”たちから世界を取り戻さなければならない。だが、“稀人まれびと”たちは世界の要所に陣取っている。だから、私たちが動く。そのためには、触れずに殺すユツキの能力や、勇者の能力が必要になってくる」

「……あの、だから俺は身分証を持ってる…………」

「そんなチンケな身分証が使える物か」

「チンケって……」


 まあ確かに狩人は冒険者に比べて全然人気無いけどさ。人もいないけどさ。


「というわけで、2人とも。だ」

「いや、俺マコト殺したし」

「あれはテストだ」

「えぇ……」


 若干引いている俺をよそに、ローズは机の上に地図を広げた。日本で見ていたような綺麗な地図ではない。手書きのクッソ汚い地図である。……伊能忠敬って凄かったんだなぁ。


「私たちがいるのが、ここ」


 トントン、とローズが指で大陸の一か所を指さした。確かにそこには小さな文字で王都、と書かれている。


「その隣にあるのが、帝国。『大戦』直後、私たちの王国に戦争を仕掛けてきた、アホだ」


 ……アホって。


 と、俺の表情に出ていたのかは知らないが、ロイが捕捉してくれた。


「その戦争は、カイン。ああ、『聖騎士』が一人でどうにかした……。っていうか、どうにか出来た。火事場泥棒みたいな仕掛け方だったが、彼我の戦力に気が付かずに仕掛けてきたんだ。アホとしか言いようがねえだろ」


 そういうもんかね。


「近く。領土問題について、帝国と王国で話し合いがある。そこに私が同行する」

「同行?」

「ああ。こちらなりの誠意の見せ方だ。それに要人が来れば向こうもそれなりの対応をせざるを得まい」

「なるほど」

「それで、私についてお前たちにもついて来て欲しい。帝国にも、わずかながら私とこころざしを同じにする者がいる。それと接触したい」

「まあ、そりゃ良いですけど……」

「当然、もしてもらう」

「……ああ、なるほど。いるのか」


 俺の言葉にローズはこくりと頷いた。


「……仕方ない。やろう」


 この道を進むと決意した瞬間から、元より正しい道を歩けるなどとは思っていない。


 例えそれが血塗られた道であろうとも。


 俺は、歩くしかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る