第3-13話 堂々巡り
ど、どういうことだ!? マコトが2人いるぞッ!!?
《ユツキ! 速く、息の根をッ!!》
確かに天使ちゃんの言う通りだ。マコトがどうしてここに2人いるか分からないまま、俺はマコトに右手を向ける。だが、それよりも先にマコトは煙草を口に咥えて、大きく白い煙を吐き出した。
「10分ってところか」
息を吐きだすと同時に、俺たちの周りを煙が覆っていく。触れられるだろうか。触れるだろうか。
……いや、マコトは俺に気が付いていない。行ける。俺には、行ける。ここで殺せる。
手を伸ばして、目の前にあるそれに触れようと手を伸ばして。
そして、意識が白く染まった。
――――――――――――
マコトの部屋にある窓、その外で日が開けるのをぼんやりと待ちながら、俺は部屋の中に意識を配っていた。メイドが朝食を運んできたタイミングで中に突入する。イメージトレーニングは何度も繰り返した。
窓の形が同じなのでローズの部屋でもわずかながらに練習を積み上げた。だから、出来る。一向に緊張感が持てない俺の心とどう折り合いを付けようかと思っていると、急に天使ちゃんが自分自身を抱きしめて震え始めた。
《……?》
(どうかした?)
いつもはふわふわと浮いている天使ちゃんが、こんな思い詰めたような顔をするのはひどく珍しい。不思議だ。
《何か、大切な、ことを……。忘れてる、気がするの》
(大切なこと?)
何を言っているんだろう。というか、大切なことってなんぞ??
《ユツキ。私、さっきまであなたと何を喋ってた?》
(うん? 俺と天使ちゃんが?)
《そうよ》
(強くなったとか……ならなかったとか……。そんな感じの話だよ?)
《……そう、だった。かしら?》
天使ちゃんがどこかおかしい。体調が悪いのだろうか。天使に体調というものがあるかどうかは知らないが。
「……マコトさま、お食事をお持ちいたしました」
ふと、窓の内側から遠くメイドの声が聞こえる。どうやら食事が部屋まで運ばれた様である。なら、ここだ。
そう思って俺が窓に手をかけた瞬間、
《まって、ユツキ》
(どした?)
《鍵がかかってるわ。窓を割って》
(え?)
窓枠を持ち上げてみると、確かに返ってきたのは重たい感触。俺は窓にロイからもらった粘着性の布を貼って、叩き割ると部屋の中に滑り込む。
(どうして鍵のことが分かったの?)
《何か……前にも、似たようなことが……》
(……?)
はて。そんなことがあっただろうか?
テーブルの下に隠れていると、何かを言いながらマコトが食事を取るために椅子につく。だから、俺は手を伸ばしてマコトの足に触れて……殺す。
死んだ。
マコトは死んだ。
《ユツキ。気を付けて》
(気を付けるって何に?)
天使ちゃんは俺がマコトを殺したというのに一向に警戒を解こうとしない。まだ敵は残っている、それを知っているかのように。
《……ユツキ! 右!!》
天使ちゃんの言葉で弾かれるようにして、俺の首が右側を向く。そこには、2人目のマコトがいて。
「フーム。やっぱり急に死ぬ。何だ? 呪いか??」
口に咥えていた煙草の煙を吐き出した。たった一息吐き出しただけだというのに、マコトの部屋の中に真白い煙が充満していく。
《殺してっ!》
手が伸びる。マコトがどうしてここに
だが、それよりも先に煙が俺とマコトの間を染め上げて。
「やっぱり、10分だ」
意識は、白く染まった。
――――――――――――
《……っ》
今にも太陽が地平線から姿を見せようとしている時、天使ちゃんが頭を押さえた。
(ど、どうしたの……っ!?)
《何か。いま、何かが起きたの……》
(何かって……。何?)
《分からないの》
天使ちゃんはそう言って頭を抱える。……どうする。ロイの口車に乗ってその日にマコト暗殺に動いたが、失敗だったか? 天使ちゃんがここまで苦しんでいることなんて今まで一度として見たこと無い。
ここは一度引いたほうが良いのか……?
《……ユツキ。窓には、鍵がかかってるの》
そんなことを色々と考え込んでいると、急に天使ちゃんがそう喋りかけてきた。
(ちょ、ちょっと天使ちゃん?)
《殺した後に、右なの。右に、何かがある》
(どうしたの。天使ちゃん!)
《……分からない。これは、何の記憶なの……?》
天使ちゃんがおかしい。
ぶつぶつと独り言を言っている。こんな天使ちゃんは見たことが無い。というか、天使ちゃんが喋り始めたのがここ最近のことなので喋っていること自体が珍しいし、独り言喋ってる天使ちゃんは可愛いし……っ!
「……マコトさま、お食事をお持ちいたしました」
メイドが食事を持ってきた声が聞こえた。中に入ろう。
《ユツキ。鍵が……》
(あ、ああ……)
天使ちゃんの忠告に従って窓ガラスをたたき割って鍵を確かめると……。確かに鍵は閉まっていた。
何で知ってるんだ? 部屋の中に入っていった様子は無かったけど……。
《ユツキ。右よ。右にいるの》
(右?)
何を言っているんだろう?
よく分からないままテーブルの下に隠れた。マコトが椅子につく。食事を取ろうとする。俺がマコトの脚に触れる。死ぬ。
終わりだ。あっけない。なんて、あっけない。
だが、本当にこれで終わりなのだろうか? あのマコトがこんな簡単に死ぬだろうか??
首を傾げて、右を向いた瞬間……。そこに、マコトがいた。
……天使ちゃんの言ってたことってこれかよッ!!
俺の手がマコトに伸びる。マコトは首を傾げる。
「ふむ? どうして死ぬ。何故、俺はここで死ぬ??」
口に咥えている煙草から白い煙が吐き出される。
……だが、それよりも先に俺の右手が2人目のマコトに触れた。ビクリ、と身体が大きく震えて地面に倒れる。口からこぼれた煙草が大理石の床を転がっていく。
……死んだ。
だが、念のため『暗殺術』は解除しない。周囲を警戒しながら、窓の外に出ようとした瞬間、ふっと窓から差し込む光の量が減った。太陽でも陰ったのかかと思い、窓の外を見ると……そこには格子状の黒い影。
「やっぱ、分かんねェや」
マコトの声が部屋の中に響く。
「だが、2人目が死ぬってことはこの部屋の中にいるんだろう?
俺は窓の外に出ようとして……やめた。
この格子状の物体は封印魔法。中にあるものを外に出さないようにするための魔法なのだ。
「正体、現さねェと死ぬぜ」
部屋のどこからか、マコトの声が聞こえる。だが、俺は姿を現わさない。向こうは俺の姿捉えられていない。なら、そのメリットを捨てる理由がどこにもない。
「へェ。じゃあ、死ね」
格子状の黒い影が、一瞬で部屋の中に侵入。無機物を擦りぬけ、有機物だけをその格子の中に捉える。俺はマコトの死体ともども格子の中に捉えられて、圧迫されて、引きつぶされていく。
《ユツキ! こらえて!!》
(分かってるっ!!)
圧力で身体の節々が押しつぶされる。骨が砕け、肉が千切れ、血が滴る。俺の身体をぐちゃぐちゃに潰してしまう。そして、影の格子は完全にビー玉くらいの大きさほどになり、そこからわずかに血を滴らせる。
その血がわずかに震えると、凄まじく増殖して俺の形を取っていく。
……服は無くなったが、外に出ることは出来た。一度死んでしまったが。
「さて? これで死んだか?」
そう言って、部屋の中に現れたのは……3人目のマコトだった。
……どうなってるんだ。こいつは。
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