第3-12話 殺害

 食事はワゴンで運ばれるのだという。それに乗って侵入するという案も出されたが、それだとあまりにあからさま過ぎる。というか、アレの翌日ということで食べ物に毒が入っているのを警戒してマコトは食事を取らない可能性も考えられる。


 そのため俺は、食事が持ち運ばれるタイミングで窓から入ることにした。


 『暗殺術』は俺の存在を希釈させる技術。と、いうことは俺の行動全てが見えづらくなる。例え、俺が窓を開けたとしても窓が開いたということに気が付くようなことは無い。


 ……マコトが【見る】スキルを持っていなければ、だが。


「というわけで、朝っぱらから壁に貼り付け」

「窓の鍵が閉まってたらどうするんだよ」


 ロイの指示に俺が返すと、


「はいこれ」


 そう言って粘着性の液体が塗布された布を渡された。


 ……マジでなにこれ。


「これを窓ガラスに貼り付けて外から殴れ。そしたら、窓が割れるだろ? あとはこの布を剥がして鍵を開けろ」

「えぇ……」


 思ったよりもコソ泥みたいな侵入方法になってきたなぁ……。


「……うむ。少々手荒だが、私たちにできる手伝いと言えばそういったものくらいしかないのだ……。すまぬ……」


 ローズがそう言って頭を下げる。


「その話は、良いよ」


 別にそれを責めたってどうしようもない事なのだから。


「俺に出来ることが限られているように、アンタ達だって出来ることは限られてるだろ?」

「……うむ」

「だから、あとは任せてくれ」


 俺はそう言って、姿を消すと窓から身を乗り出した。城、というだけあって窓の下には謎の装飾が張り巡らされており、そこからマコトの部屋まで向かうことは容易い。俺はローズから教えてもらった部屋に向かって足を進める。


 彼女の話によれば、日が昇ってしばらくすると朝食らしいので俺はそれまでに窓の外に待機して、メイドが部屋の中に入ってきた瞬間……つまり、大なり小なりマコトの注目が窓から外れたタイミングで部屋の中に入る。


《緊張する?》


 だんだん太陽が出ていなくても寒くなくなってきた頃で、暗闇の中、外で待機するもの苦ではない。そんな状況で天使ちゃんがそっと喋りかけてきた。その顔には優しい笑みが浮かんでいる。


(いいや、全く)


 いつからだろう。人を殺すのに緊張感を覚えなくなったのは。間違いなく、ナノハを殺そうとしていた時には緊張をしていたと思う。だが、今はどうだろうか?


 慣れたから、なのだろうか。人は人を殺すということに慣れていくものなのだろうか。


 そもそも何で人を殺すのに緊張なんかするんだろう。それは、俺たちが『命を奪う』という行為を特別視しているだけじゃあないのか。それは確かに元に戻らないことだ。だが、それは時間が過ぎ去っていくことと何が変わるのだ。


 命は突然に消え去る。それは、無情にも奪い去っていく。

 だが、しかし。時間と一体何が違うのだろうか。


《ふふ。ユツキ、貴方は本当に強くなったわね》

(強く?)


 強く、なっただろうか。自分は。


(違うよ)

《そう?》

(ああ)


 違うとも。確かにスキルは覚えた。“稀人まれびと”たちを殺した。


 だが、それは強くなったからじゃあない。


(鈍感になっただけだよ)


 心の悲鳴を、身体の悲鳴を無視出来る様になった。決めた目的に向かって突き進む、銃弾のような意志を手に入れた。だから、俺はここまで来れた。


 だが、俺がそういったことに天使ちゃんはそっと首を横に振った。


《それは、やっぱり強くなったということよ》


 ……そう、なのだろうか。

 分からない。天使ちゃんの言っていることは時々難しくて良く分からない。


「……マコトさま、お食事をお持ちいたしました」


 ふと、窓の奥から遠くメイドの声が聞こえる。


「ああ」


 マコトが短く返す。今がチャンスだ。俺は窓に手をかけて、持ち上げる。あいにくと、鍵がかかっている。仕方がないので窓にぺたりと布を張り付けて大きく殴りつけた。メシ、と小さな音がして窓ガラスが割れる。


 布を剥がして、割れた場所から手を差し込むと鍵を開けて窓を持ち上げる。そして、そのまま身体を部屋の中に流し込むと、窓を閉じた。


 その間、わずか数十秒。わずかだが、ローズの部屋で練習した甲斐があるというものだ。ちらりと周囲を見渡すが、メイドはこちらの存在には気が付いていない。朝っぱらから豪勢な食事をマコトの机の上に乗せ続けている。


 マコトは……ベッドの上だ。前に会った時よりも僅かに若返っているように見える。それが、ベッドの上でこちらの世界の本を読んでいた。メイドには目もくれていない。一心不乱に本を読んでいる。


 ……俺に気が付いていない。


 こんな絶好の機会があるのか?


《ユツキ》

(分かってる)


 念のため、マコトの視界から離れるためにそっとテーブルの下にもぐりこんだ。ここなら一安心だ。


 メイドは食事をテーブルの上に置き終わると、一礼して帰っていった。


「さて、毒でも入ってるかね」


 マコトはそう言って本を閉じ、ベッドから降りた。その、音がした。


 ……来る。


 テーブルの下ということで恰好がつかないにもほどがあるが、目的達成のためである。この際、手段をとやかくいってはいられないのだ。


 マコトは椅子を引いて、腰を降ろす。そして、食事を取り始めた。その下に、俺がいるとは知らずに。


「流石に初日にゃあ、毒なんぞは入れてこねぇか」


 そう、マコトが言った瞬間、テーブルの下にある脚に向かって俺が右手を伸ばして……触れた。


 命の理に手を伸ばす、“絶対”の魔法。


 何者による防御も不可、回避も不可。触ってしまえば、それだけで命を奪うというそれが問題なく発動して、マコトの身体がびくりと大きく震えた。


 ガシャン! と、大きな音を立ててマコトの身体がテーブルの上に倒れ込むと、その衝撃でテーブルの上にあった食事や食器がぼたぼたと地面に落ちて、高そうな陶器の食器が割れる。


 終わりだ。これで、終わった。


《……あっけないわね》

(……ああ)


 俺はテーブルの下から這い出ると、マコトの背後に回って心臓に向かって【侵魔の腕】を発動。“魔核”を奪ってしまおうと、身体の中を探すが……あいにくとそう言った物は見つからない。


「……?」


 おかしい。“稀人まれびと”なら、心臓に“魔核”があるはずなんだけど……。


《ユツキッ! 右!!》

(……っ!?)


 天使ちゃんに言われて反射的に、自分の右側を見るとそこにマコトの姿があった。


(……え?)


 だが、マコトは俺の真正面で死んでいて、心臓に手を突っ込んでいるはずだ。だが、右にもマコトがいる。そっちのマコトは俺には気が付かず、死んだマコトを見ている。


 ……マコトが、2人いる。

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