第3-11話 つまづき

「まずいことになったな……」


 夜。自室のベッドの上に腰かけて、ローズがポツリと呟いた。


 その日の夜、連日で俺たちはローズの部屋に集まっていた。確かに前回の解散時に、次の週に会うという話をしていたのだがそれどころではない。何しろマコトが動いたのだから。


「あの闘技大会とやら……私はなにも知らされていない」


 ローズが気落ちしたように言う。第一王女に知らされていないような事業を行うとはただならぬものを感じるな。


「つーことは王様が勝手に決めたってことか?」


 ロイが首を傾げる。


「ああ……。恐らくは……」


 ローズもあまり確信が持てないのだろう。口調に覇気がなかった。


「……マコトが何を考えているかは分からないが、何をしたいのかは分かる。それは、お主らもそうだろう?」


 ローズが俺たちを見て、そう尋ねてきた。だから、俺は首を縦に振る。まさか、あそこまで露骨に人の能力を攫いに来るとは思わなかった。闘技大会の優勝者は間違いなく、能力を盗まれる。


「誰かがマコトに能力が奪われるよりも先……。一か月以内に事を成さねばならない。出来るか、ユツキ」

「……難しい」

「ふむ? どうして??」

「マコトは俺の知り合いから一つ能力を奪っている」


 ヒナのことだ。


「その能力は【時間操作】。彼女が使えたのは時間を巻き戻すことだけだったらしいが、どのタイミングでもどの瞬間からでも任意に時間を巻き戻せるって言っていた」

「……なんと」


 だから、ミスれない。


 確かに俺の魔法……命のことわりに関わる、『絶対』の魔法を使えばマコトを確殺することは出来るだろう。だが、そのためにはマコトにどうにかして右腕を触れる必要がある。だが、それまでにマコトに能力を使われれば、俺の暗殺は初めから無かったことになってしまう。


 そうなればマコトはより警戒するだろう。


 つまり、一回失敗してもリカバリーが効かないのだ。

 そして、俺はここまで3人殺してきたがどれもスマートに殺せていない。


 それから鑑みるに、俺は暗殺が下手だ。……暗殺を独学でやっているから、という言い訳もできるがそんな言い訳をしたところで誰も救われない。


 話を戻そう。


 この暗殺は、失敗すればマコトは時間を巻き戻して逃げてしまう。殺しにいった俺たちは時間が巻き戻ることを知らない。そして、俺はマコトの暗殺を必ず成し遂げられるという自信がない。


 だから、難しい。と答える。


「そういえば、ユツキ。お前、そもそもどうやって人を殺してんの?」


 ロイがそう言うと、蝋燭の火がゆらりとゆれて、3人の影を怪し気に部屋の中を照らした。


「俺は……。俺は、右手で触れれば、触れた相手を殺せる」


 一瞬、言うべきかどうか悩んだが、ロイは勇者だということを教えてくれた。なら、俺もフェアに行くべきだ。


「……ほう? それは何か……魔道具、のようなもんか?」

「いや、俺の魔法だ」

「……へェ」


 視線が見えないロイの顔には、何が浮かんでいるのだろう?


「殺すまでは何秒かかる?」


 だが、俺の疑問が解決するよりも先にロイがそう尋ねてきた。


「……俺が、触れた瞬間に相手は死ぬ」

「触れた瞬間、にね」

「ああ」


 ロイが考え込む。


「お姫様、マコトの部屋はどこにある?」

「うむ? 別館の三階だが?」

「そこから出てくることは?」

「めったにない。いつも部屋の中に閉じこもっている」

「……逆に、部屋の中に人が入るタイミングは?」

「一日に三回。食事の時に、入るな」

「それは誰が?」

「メイドがやっておる」

「ふーむ」


 ロイはさらに考え込む。


「ユツキ。お前がやっていた隠密術。あれ、ちょっとここでやって見てくれ」

「え?」

「いいから」


 ロイに言われるがまま、『暗殺術Lv1』を発動。周囲に俺の姿が溶け込んでいく。


「!? ろ、ロイ! ユツキが消えたぞ!!」

「消えてないがな」


 雑な返しをしたロイは俺から視線を外さない。……いや、フードで目が隠れているから俺が勝手にそう思っているだけだけど。


「なるほど。自分の姿を消すのではなく、溶け込ませるのか……。根底にあるのは『隠形』スキルか……? マコトがどこまで鑑定眼をもっているかだな……」

「何をさせたいんだ?」

「明日の朝、食事を運ぶついでにユツキが部屋に中に侵入し、マコトを殺害。その後、王城から逃げ出して、街の一角で俺と落ち合う。そうすれば、俺がお前のアリバイを証明できる。完全犯罪だ」

「……あ、明日の朝?」


 ……いや、だっていま夜だよ?


 明日の朝って、どういうこと??


「不思議そうな顔をしてるな」

「いや、まあ、そりゃ……。時間が足りないって言うか……」

「良いか、ユツキ。向こうも、リスクを負って外に出ている。能力を奪った人間を奴隷に落としているということは、自分の能力を知っている人間が王都にいる可能性もある……と、マコトは考えるだろう」

「まあ、それは……」


 別に何もおかしくない思考だと思う。


「ならば、その中から何かしらの反発があるものだと考えているはず。いや、正確に言えば反発があると動いている。これは、釣りだ。俺たちのようにマコトを殺そうとしている人間をあぶりだすための釣りであり、アイツの裏の顔を知らない冒険者たちの中から実力者を引っ張り上げるための釣りなんだ。だから、向こうは当然、警戒をしている。自分が死ぬかも知れないということを念頭に入れている」

「あ、ああ……」

だ。いかに警戒をしているとは言っても、まさか翌日に仕掛けてくるとは思うまい」

「そうかなぁ……」


 あれだけの啖呵を切ったのだ。マコトの能力を知っている者たちにとっては、自分のような被害者を増やしてしまうかも知れないという恐怖にも似た感情を抱く。


 そもそも、奴に力を奪われた者がマコトの顔を見ればその場で襲い掛かってもおかしくない。そう考えると、あそこで顔を見せたということは多少なりともそういった覚悟をしてきたということになる。


 なら、次の日どころか当日中から気合を入れているものなんじゃあないだろうか。


「……よく考えろユツキ。アイツがいるのはどこだ? そう、王城だ。ということはアイツの顔をみてすぐに襲い掛かってくるようなな奴は王城に入れずに終わる。だが、俺たちは違う。もう、。この利点を捨てる理由はない」

「な、なるほど」

「だから、もう動く。実行は、明日だ」

「……分かった」


 そこまでロイに自信があるなら、それに乗っかろうじゃないか。

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