第3-10話 睨み合い

「勇者って死んだんじゃないのか?」


 翌朝。朝食を食べに食堂まで行く途中で、俺はユノに聞いた。彼女はまだ眠いのか、半分ひらいた目で俺を見てから、いつもよりワンテンポ遅れてぽつりと呟いた。


「……死んだわよ」

「『魔神』と相打ちになったんだよな?」

「ええ。そうよ」

「生きてる……ってことはないか?」

「どしたの? そんなに気になるの?」

「まあ……」


 まさかロイがあんなに堂々と自分のことを“勇者“と名乗ってくるとは思わなかった。口外するな、とは一言も言われていないので、別に喋っても良いんだろう。だが、死んだと思われていた人間が生きていたということは、そう簡単に喋って良いことじゃあない……と、思う。


「あんたが何を考えているかは知らないけど、勇者様は死んでるわよ。勇者様の一番の仲間だった“聖騎士”様がその目で見たって言っているもの」

「そっかー……」


 ユノが嘘をついているようには思えない。というか、ここでユノが俺に嘘をついたところで彼女に何のメリットもない。世の中には意味のない嘘をつく人間もいるが、彼女はそういう嘘をつくような人間ではない。


 ということは、少なくともユノが言っていることは本当……だと彼女が思っていることになる。


「なあ、ステラ」

「……どう、した?」

「死んだ人間が生き返ることってあると、思うか?」

「……やけに、こだわるね。でも、まあ……死んだ人間が、生き返る……ようなことはないけど……死んだ、と、思われた、人間が……生きていたことは、ある」

「あー。なるほど」

「例えば……“星砕き”」


 ハヤトさんのことか。


「……“星砕き”の、ステラは…………いくつかの、魔帝を討った後、行方が知れなかった……。死んだ、と、言われていた、人間だ」

「でも生きてた」

「というか、死んで、無かった……」


 そうなのだ。誰にも居場所が分からないまま、あちらこちらを放浪して、いつの間にか『魔術国家マギアロンド』までたどり着いていた。そして、最後の最後までこちらに正体を明かさなかった。


 そう考えれば、あの勇者も似たようなことなのかもしれない。


 例えば……例えば、そう。戦いに疲れた“勇者”は仲間の“聖騎士”に頼んで自分は死んでもらったことにした。そして、あちこち放浪して今はローズの考えに賛同して『組織』に入っている。


 あり得る。


 それとも、最初からローズが勇者の戦力が欲しくて、死んだことにしたのかもしれない。“勇者”というくらいなのだから、それなりの期待をその身に背負っていたことだろう。責任も背負ったのだろう。


 それに、『魔神』を“稀人まれびと”でもなく屠ったということであれば、凄まじい戦力だと想像できる。様々な国から引っ張りだこだ。姫様ローズも“勇者”の戦闘力に目を付けた一人だった。だから、ローズは策をめぐらせて、“勇者”を死んだことにした。そうすれば、彼女がその戦闘力を独占できるから。


 ううむ。どれもあり得そうだ。


「急に“勇者”様の話を初めて、どうしたんです? ユツキ君」

「いや、何でもないですよ」


 大きな帽子をかぶってちょこちょこ歩き続けるソフィア先生が可愛らしい。けれど、これは正直に伝えられるようなことじゃない。適当にはぐらかす。


「ねえ、なんかすごい人だかりじゃない?」


 ふと、前方を歩いていたメルが振り返ってそう言った。


 いつも食べている食堂に向かっていたのに、気が付けば辺りに人だかりが出来ていた。……いや、これは俺たちが人ごみに突っ込んでいったのだ。でも、どうしてこんな所に人だかりが?


「今日ってなんかあったっけ?」

「さぁ?」


 俺たちが王都に来てからしばらく経つが、こんな朝っぱらから盛り上がる様なイベントがあるとは聞いていない。ということは、これは突発的に発生した何かなんだろう。


「何でこんなに人が集まってんだ……?」


 ちらちらと周りを見ると、そこらに集まっているのは冒険者たちだった。みんながぎゅうぎゅうになりながらも前に前に行こうとしている。


「今日は別のところにする?」

「……それが、良い」

「そうね。こんなに人がいたら、店に入るので疲れちゃうわよ」


 俺以外の人間が好き勝手言っているのを聞き流していると、ふと冒険者たちの向こうから風にのって声が聞こえて来た。


「ん? 誰か大声で喋ってないか?」

「え? 私は何も聞こえないけど」

「ちょっと行ってみる」


 『暗殺術』を発動して、周囲から姿を消すと『飛行魔法』を使って空に浮かび上がる。人ごみの上を飛行魔法で一気に飛び越して、声が聞こえてくる方向まで向かっていく。


「冒険者たちよ、今こそその力を示すときッ!!」


 どこから聞こえてくるのかと思っていたら、なんと城の方から聞こえてきているではないか。


「一か月後に開かれる闘技大会にて、最優秀の結果を残した者には金貨300枚と王家直属の騎士団に入る権利を与えよう!」


 そして、そこで喋っているのは間違いなく。


「……マコトッ!!!」


 忘れようとしても忘れることのできない、脳の奥に焼き付いた己の仇。それが何かしらの拡声技術を使って周囲に向かって叫んでいた。


「参加資格は、ただ強いことッ!」


 それを聞いているのは、冒険者たち。


「強ければ何でも良い。男でも女でも子供でも年寄りでもッ!!」


 どうして、これだけの人が集まっているのか。どうして、これだけの人を集めることが出来たのか。


 それはまったく分からない。


 ただ、彼の話を熱中して聞いている者がこれだけいる。大通りを埋めるほどには、いる。


《ユツキ、あれは》

(……ああ)


 天使ちゃんがそっと俺の後ろから手を回して、背後から抱きしめてくる。その横顔には心配の表情が浮かんでいる。


(分かってる)


 何故、このタイミングでマコトが外に出て来たのか。それは、恐らく冒険者たちを【熱中】させるようなスキルを持っているからだろう。あそこでマコトが言っていることを真実だと思わせ、人を集めることだろう。


《あれは、罠よ》

(だろう、な)


 そして、冒険者たちを集めてその優勝者から【奪う】つもりなのだろう。今まで静かにしてきた人間が急に動き始めるのは不気味以外の何でもないが、恐らくマコトには何かの策がある。


 だから、出て来た。


「諸君らの参加を期待するッ!!」


 ちらり、とマコトが俺の方を見る。目と目が一瞬だけ合う。そして、外れる。ほんの一瞬。


《バレたかしら?》

(……さあな)


 だが、こうなったら俺も悠長に待っていられない。


 ……動かねば、ならない。

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