第3-08話 組織

「何だその顔は……。もしかして私を疑っているのか?」


 自分を王女と名乗った少女を見ながら、俺は言葉を濁した。


「疑っているっていうか……。ここがどこか分からないもんで……」

「城だ」

「……城?」


 果て。この周りに城と言えば王城くらいしかないと思っていたのだが。


「うむ。ここは城。お主が先ほどまで侵入していた城だ」

「……気がついてッ!?」

「いや。私は気が付かなかった。だが、そこのロイが気が付いたのよ」


 そう言ってローズがロイを指さすと、彼は肩をすくめた。


「まあ、そういうことだ」

「…………っ」


 完全に、泳がされていたのだ。この調子ならもしかしたら天使ちゃんにも気が付いたかも知れない。部屋に入れさせなくて良かった。危ないところだった。


「して、ロイがここに連れてきたということはお主協力者なのかの?」

「姫様。こいつは“稀人まれびと殺し”ですよ」


 そう言ってロイが俺を手でさした。それを聞いた瞬間、姫様の瞳が大きく見開かれ瞳の奥に光が灯り、俺の顔をまじまじと見てきた。


「ほう。そうか。お主が。なるほど」


 やけに前のめりになってローズが俺の顔を見る。ふわり、と白い寝具が起き上がった拍子に揺蕩って、わずかに甘い匂いが漂ってきた。


「お主が正体を明かしてくれたなら、我らも正体を明かさねばフェアじゃあない。だから、明かそう。我らの組織を」

「組織?」

「うむ。名は無い。メンバーも私と、ロイしかいない。たった2人だ。だが、意思は堅い」

「……何をするんですか」

 

 俺の問いに姫様がしたり顔で頷いた。


「うむ。良く聞いてくれたな。我らの目的はたった一つ。この世界に蔓延る“稀人まれびと”たちを殺すこと」

「……ッ!?」


 姫はひどく冷ややかな目で、そう言いきった。何も知らない俺ですら、その決意に飲まれてしまいそうになるような強い決意。


「まあ、驚くのも無理はない。だかな、初めからおかしい話なのだ。どうして別世界の人間が我が物顔でこの世界を闊歩する。この世界は誰のものだ。そう。。何故、別世界で生み出した物を持ってくる。この世界は、我らの力で育っていくべきだ」


 流れるようにそう言ったお姫様を、俺は少し不思議に思って問いかける。


「……便利に、なりませんか?」

「なに?」

「便利になりませんか? 物流、兵器、情報伝達速度。この世界の何をとっても、あっちの世界にはかないません。向こうの技術を手に入れるというのは、便利になりませんか?」

「ああ、それは。そうだろう。確かに向こうの世界の発展度合はすさまじい。素晴らしい。向こうの世界の文明が入ってくるというのは、確かにこの世界を発展させるだろう。だがな」


 ローズは、手でこちらを制するように向けてきた。


「だがな、それは『』と言えるだろうか?」

「正しい発展?」


 ……彼女は何を言いたいんだろうか。この世界が発展していくのに正しいも何もあるのだろうか?


「確かに向こうの世界は素晴らしい。だが、その技術はこちらの世界の技術とはあまりにかけ離れている。それこそ、も離れている。そんなものをぱっとこの世界に持ち込んで……それは、正しい発展か?」

「……ああ」


 この姫様の言いたい事がだんだんと分かってきた。


 つまり、産業革命が起きる前の世界に産業革命後の指数関数的に発展してきた文明の技術を持ち込んでいいのかどうかという話だ。


 ……これは、難しい話だ。


 言ってしまうが、この世界の技術は向こうの世界の技術と離れているようで……そう遠く離れていない。俺はこの世界の文明の発展レベルを1600年代。つまり、あと数十年で産業革命が起きる頃合いだと踏んでいる。


 そうなると、こっちの世界の技術というのは400年程度しか離れていないわけだ。しかも、向こうの世界には魔法は無い。


こっちの世界の魔法は大きな戦争があったからか、どれもこれも殺傷能力に特化したものばかりだが、これからは生活に使いやすい魔法の研究も進んで行くだろう。


 つまり、技術としてはあと少しで爆発するような……そんな時代までやって来ているのだ。


 アレ? そういえば、“稀人まれびと”はこっちの世界に来ているはずなのに、なんで蒸気機関を見てないんだ??


 俺が考え込んでいると、ローズが口を開いた。


「……貴族や、王は“稀人まれびと”の技術を囲っている」

「…………」


 そういえばそんな話をレイから聞いた気がする。


「つまり、今の貴族の力、王の力というのは囲っている“稀人まれびと”の数や種類によって決まるのだ。分かるか? このままでは貴族間のパワーバランスどころの話じゃない。把握している“稀人まれびと”の数で国力が決まるのだ」

「……それは」


 ……少し考えて、それが何を意味するのかを理解した。


「向こうの世界では『王』はもういないらしい」

「……ああ。そうですね」

「民によって選ばれた為政者たちが、政治をつかさどっている。だが、この世界ではどうだ? 向こうの世界で辿ってきた歴史の一部を無視した発展によって、『王』たちを残したまま技術の針だけ進んでしまった」


 ローズはひどく悲しそうにそう言う。


「この世界の人間は、発展の段階を奪われたのだ。だから、“稀人まれびと”はこの世界に存在してはならない。だから、殺す」

「『王』は殺さない……んですか」


 俺は気になっていたことを尋ねた。


「貴族たちは? “稀人”を囲っているというのなら、そいつらを殺せばいい」

「それは、根本的な解決にはならない。貴族たちを殺したところで、“稀人”たちが残れば技術は継承される。どこかで、手を打たなければならない。この世界の人間が、人として成長するのを待たなければならないのだ」

「……それは別に、“稀人まれびと”を殺す必要はないんじゃあないですか」

「何?」


 それは、俺が“稀人まれびと”だからそう思うのだろうか。


「説得、すればいい。命が掛かっているのなら、技術を伝えないという”稀人まれびと”たちは生かしてやってもいい。……そうは、思わないんですか?」


 俺は王女の目をまっすぐ見て、そう言った。彼女はどう返してくるだろうか? まだ何かを反論するだろうか。それとも、俺の考えを受け入れるだろうか??

 

 俺がローズの返答を推測していると、彼女は俺が思っていたよりも素早く答えを返してきた。



 と。


「だが、“稀人まれびと”の中には、いる。自分たちの方が進んでいるからと、自分たちの方が恵まれているからと、こちらの話を一つも聞こうとせず自分たちの都合を押し付けてくる“稀人まれびと”が」

「……ああ」


 心当たりが4人、いる。


「だから、我々の組織はそういった“稀人まれびと”を殺す。この世界をひっかきまわし、人々を愚弄する“稀人”を。だから、力を貸してくれ。“稀人まれびと殺し”」


 少女がこちらに手を差し出してくる。俺はそれを取るかしばらく考えて、


《取らなきゃ帰してくれないわよ》

(やっぱそう思う?)


 その手を取る。


「ありがとう。“稀人まれびと殺し”。お主が協力してくれるなら心強いよ」


 少女がそう言ってほほ笑む。しかし、なんだか向こうの言いなり……というか敷かれたレールの上を走るのも面白くない。だから、ここらで爆弾を投げてやろう。


「……まあ、俺も“稀人まれびと”なんだけどな」


 だから、そう言った。

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