第3-02話 修羅

 奴隷の少女と視線が合う。


 間違いない。見間違うはずがない。


「……ど、どうして、奴隷なんかに」


 あの日、俺たちが死んでこっちの世界に来た日。『転移の間』にいた奴らが7人。そのうち3人は俺が殺した。そのうち1人は王都にいるという。また、別の1人は『インダスタル』で“稀人”殺しを追っていた。


 だから、残りの1人がどこかにいるはずだったのだ。


 あの日、7人の輪に入らず1人で端っこにいた少女が。

 その子が、ここに居た。何故か奴隷に身を落として。


「奪われた、の」

「……誰に」


 少女の目に涙が溜まっていく。いや、誰になど聞くまでも無い。この世界で能力を盗めるのはたった1人だけだ。


 ……マコト。


 王都にいるというその“稀人”だけが、スキルを盗める。


「マコト、に」


 少女の目から涙が零れ落ちた。あふれ出しそうになる涙を必死になってこらえている顔だ。何があってここまで身を落とすことになったのか。それは分からないが、この子は同郷のよしみであり、マコトに能力を奪われた仲間である。


 だから、俺はユノを呼んだ。


「ユノ! 金を!!」

「お金ェ!? もしかしてその子買うの!!?」

「ああ、そうだ!」

「ちょっと、あんた小さい女の子増やし過ぎよ!!」


 往来のど真ん中でとんでもない爆弾発言をやらかすユノ。


 ……勘弁してくれ。メルもソフィア先生も勝手について来ただけじゃあないか。


 だから、俺はその発言をスルーして奴隷商人を見た。


「へへ。旦那、こいつは高いですぜ」

「幾らだ」

「金貨30枚でさあ」


 …………。


「買おう」


 一瞬、やっす……。と思ってしまったのは内緒である。いま完全に金銭感覚がバグってしまっていた。初心忘れるべからず。俺が狩人ギルドに入ったばかりのころの金の重さを思い出すべきだ。


 ユノがしょうがなく金貨袋から30枚取り出して、奴隷商人に支払う。色々奴隷の説明があったが、それら全部を聞き流して俺は目の前の子に付けられていた首輪を外した。


「ちょっ。旦那ぁ! 説明聞いてましたか!?」

「え? ああ。聞いてたよ」

「その首輪がなけりゃあ奴隷は言うことを聞かないんですぜ?」

「別に奴隷が欲しかったわけじゃないから。ほら、もう良いだろ。さっさと行ってくれ」

「……へいへい。変わった人もいたもんでさぁ」


 そう言って奴隷商人は他の奴隷を売るべく、道行く人々に声をかけ始めた。


「それで、どうしたのユツキ。急にその子を買いたいなんて言って」

「ここじゃ言えない。宿に入ったら言うよ」

「…………分かった」


 ユノは俺の顔を見て、並々ならぬ事情だと悟ってくれたのだろう。静かに頷いた。



 ――――――――――――

「俺たちは、“稀人”だ」


 俺が助けた奴隷の子はヒナ、と名乗った。俺と同じように親から虐待を受けて、そのまま衰弱死したらしい。


 そんな話をしてくれた。先ほど、宿屋でもらったお湯でユノとメルがヒナの身体を洗ったので奴隷をやっていた時とは打って変わって、とても綺麗な姿になっていた。


「……その子も?」

「ああ。そうだ」

「ねえ、ユツキ。聞いても良い?」

「どした?」


 厳しい顔をしている一同の中でメルが先陣を切って質問をしてきた。


「どうしてその子が“稀人まれびと”だって分かるの?」

「うん。その話はこれからだ。俺たちはな、実は一度死んでいる」

「……死んでる?」

「ああ。それで、こっちの世界に生まれ直す権利を神様から与えられたんだ」

「……ユツキ君。ちょっと、信じにくい。です」


 ソフィア先生が苦笑いでそう言う。


 確かにソフィア先生の言う通りだ。急にそんなことを言われても信じられないだろう。だが、これが事実であり、これ以上の説明は無いのだ。


「まあ、確かに先生の言う通りです。信じてもらえないとは思ってますけど、実際そうなんです。そして、俺たちはそこで出会ったんだ」

「……ユツキ君と、ヒナちゃんが?」

「はい。……いや、俺たちだけじゃないです。俺が今まで稀人まれびと”たちは、みんなそこで出会いました」


 俺の言葉に、ユノもステラもメルもソフィア先生も唸った。特にステラは俺の殺意に納得がいっただろう。何しろ俺が急に沸いたのは“最果て”。なのにも関わらず、俺が抱いていた“稀人”たちに対する殺意。


 それを説明出来るのは、これだけだ。


「だから、この子は“稀人まれびと”なんです」

「……なるほど。その子が……奴隷に、なってたのは……“稀人”、関連……なの?」


 ステラがとても静かにそう聞いてくる。俺はちらりとヒナを見ると、彼女はこくりと頷いた。


「……そうだ。俺たちと同時にこっちにやって来た“稀人まれびと”の中に、人の能力を奪うという奴がいる」

「能力を奪う?」

「俺が確認した中では、スキルだけだったが……。俺がもらったスキルはそこでソイツに奪われた」

「ちょ、ちょっと待ってよ。ユツキ!」


 俺の言葉にユノが手を差し出して静止を求めてきた。


「スキルを貰ったってどういうこと?」

「俺たちが死んだ後、神様からこの世界で生きる権利が与えられたって言っただろ?」

「う、うん」

「そこで、俺たちはスキルを貰ったんだ。神様から」


 まあ、そこら辺は正しくないが別に神だろうが天使だろうが似たようなものなのでそこを厳密に教える必要はないだろう。


「それを、奪われたの?」

「そうだ。俺が、最初に奪われた。だから、奪ったやつらを殺して回ってる。王都にいるのは、その元凶だ」


 俺の言葉に、みんなが静まり込んだ。だが、ヒナだけが俺の方を向いて首を傾げた。


「殺して、回ってるってどういう、こと?」

「言葉通りだ。にマコトの仲間がいただろ?」

「うん。スキルを、バラして、渡してた」

「そいつらだ。もう3人殺した。あとはマコトだけだ」

「……凄い」


 人を殺して感嘆されたのは生まれて初めてだ。


「俺はどうしてお前が奴隷になったのかは聞かない。お前は俺が奴隷から解放したことを恩に着る必要もない。だから、一つだけ教えてくれ」

「なに?」

「お前は、どうする」


 俺の問いかけに、ヒナが静かに息を飲む。


「マコトを殺すか、それともここから離れて別の人生を見つけるか」


 俺は淡々と問いかける。別にこの子まで俺と同じ道に進む必要はない。本心からそう思っている。だが、この子が自らついて来たというのなら。人を殺すというその道を歩きたいというのであれば。


「……殺したい。マコトは、許さない」

「分かった。殺そう」


 俺は、その道を共に行こう。

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