第3-03話 王都

 『王都』。それは、王のいるみやこだ。多くの貴族たちが政治を行うこの世界において、王の持っている権力というのは俺たちが想像しているよりも大きくない。むしろ、小さいと言ったほうが良いだろう。


 だが、それでも国王には威厳というものがある。他国からやってきたものを驚かせるために。他国からやって来たものに馬鹿にされぬように。


 そうして王都は大きく、肥え、太っていく。


「はい。メルさん。そのまま魔力を維持してくださいね」

「……っ」


 馬車の後方からは相変わらずメルとソフィア先生の講義が聞こえてくる。


「あっちの世界には便利な物があるのね」

「……私はもってなかった、けど」


 一方で御者台ではユノとヒナが楽しそうに話している。うっすら遠くに王都が見えてきているというのに、誰一人として驚かないもんだからてっきり幻覚でも見えてるんじゃないかと思ってしまったくらいである。


「なあ、ステラ」

「……?」


 仕方がないので男コンビ(?)は、こうして馬車の荷台で荷物に紛れて寂しく会話だ。


「『ステラ』って男に出会ったんだが知り合いか?」

「…………背格好は……?」

「ええっと、俺より背が高くて。うん、これくらいはあったかな」

「そいつと……戦った……?」

「……ふうん。どんな、感じだった?」

「やけに食いつくな。知り合いか?」

「それを……判断するために……聞いてる……の」


 ……。


「技……。ああ、『星走り』? みたいな感じの技を使ってたよ」

「…………っ!!」


 そう言った瞬間、ステラの身体が激しく震えた。これはだろう。


「……“稀人”?」

「ああ」

「……うん。きっと、知り合いだよ」

「お前の名前もそこから?」

「……そう。貰った、んだ。あの人に」

「え? 名前を?」

「うん。『魔神』に、挑む前……。“勇者”に、なるために。最後の、戦いに、行くときに。貰ったんだ」

「へぇー」


 中々お洒落なことをやっているみたいである。


「あ、紫の子がいなかった? タルタロスって名乗ってたの」

「……いた。うるさ、かった」


 ひどい言われようである。だが、まあ最後の閉まらない感じを見ているとそんな気がしないことも無い。


「あの人は、いくつも、自分の中に……人を飼ってた」

「人を飼ってる?」

「うん……。話しかけても、別の人と、喋ってることが……よく、あった」

「へえー」


 そういえば天使の話をしていたもんな。っていうことは、天使ちゃんが複数人いたってことなのかな?


《…………》

(どしたの?)

《別に》


 なんだかそっけない天使ちゃんだ。


「あ、ソフィア先生。通行許可証お願いしまーす」

「はいです」


 ステラと雑談をしていると、思っていたよりも王都に近づいていたらしい。俺たちは荷物に隠れ込むと、ソフィア先生とユノの二人が御者台に座った。


 一応、設定としては行商人としてユノが旅をするかたわら、ソフィア先生が魔法の研究書のために王都にいくので同行した……ということになっている。あんまり大人数で移動しても変に目立つだけなので、俺たちは隠れるのだ。


 最悪、見つかったところでソフィア先生が作ったホムンクルスということにしてしまえばいい。ホムンクルスが人の姿を取っていることはなんらおかしい事では無いし、こうして荷物として運ばれているのもおかしい事ではないからだ。


 ……ステラが見つかった場合はちょっとめんどくさいことになるが、何か特殊な素材ということにしてしまおうという話になった。何しろソフィア先生が持っている魔術国家マギアロンドの教職免許は本物なのだ。そう言う物であると言ってしまえば衛兵たちも通さざるを得ないだろう。


 というわけで面倒くさい検問を通り抜けて、王都に入り込んだ俺たちは拠点となる宿を探すことにした。


「ヒナ、これつけとけ」

「……これは?」

「俺がユノから買った仮面だ」


 ナノハを殺すときに、顔バレしても大丈夫なようにと買った不気味なアレである。


「なんか、怖い……」

「マコトに顔がバレるよりはマシだろ?」

「うん」


 そう言って、ヒナは仮面をかぶった。……外からみるとかなり不気味な仮面だ。


「あれ? ユツキ、まだその仮面持ってたの??」

「ああ。捨てるのもなんだかと思ってな」


 メルは一度見たことあるから、割と好意的に受け入れてくれたがソフィア先生とユノは微妙な顔だ。


 ソフィア先生はともかく、売人であるお前ユノがその顔をするのはちげーだろうよ。


「……それで、マコトはどこにいるんだ?」

「あそこ」


 ヒナは仮面を付けたまま、まっすぐ指さした。そこにあったのは、王城。


「……城?」

「うん」


 ……そういえばそんな話をどっかで耳に挟んだ気がする。


 しかし、そうか。王城か。いや、よく考えてみればそうなのだ。“稀人”は貴族や王族に懇意にされると。そうであるなら、王都にいるということはすなわち王家の庇護を受けているということじゃないか。


「とにかく、宿を探さないとだな」

「そうね。あと、私は露店の場所を探すわ」

「露店? 店を構えるのか?」

「あったり前でしょ! 行商人が店ださないでどうやって生活していくのよ!!」


 ド正論の右ストレートである。完敗したので両手をあげて降参だ。


 しばらく黙って宿を探していると、あることに気が付いた。


「……ここは冒険者が多いな」


 そう。明らかな武装を抱えた者たちで溢れ返っているのだ。


「ここは、拠点。西側にいくための、拠点なの」

「拠点? 西?」

「ああ……。そういうことか……」


 ヒナの説明に、ステラが頷いた。


「ちょい待て。お前らだけで納得すんな」

「“魔神”は西側から……来た。モンスターの、軍勢も。モンスター、たち、とは……まだ、戦っているんだ。人類は」

「ま?」

「マジ……だよ」


 いや、戦争つったって何年前だよ。もう五、六年前には“魔神”を殺して終わってるんじゃないのか。


「不思議そう、ですね。ユツキ君」

「ええ、まあ」


 見かねたのかソフィア先生が助け舟を出してくれた。


「“魔神”という頭を失ったモンスターたちは、最後に一噛みと言わんばかりに人類に対して攻勢に出たんです。それが、6年前のこと」

「所謂、『大戦』の終わりですよね」

「はいです。そして、その攻撃は人類に対して。『大戦』で疲弊した人類に、それを殲滅するだけの力は残ってなかったんです」

「……“勇者”は? “魔神”がくっそ強かったって話は聞いてましたけど……それを倒した“勇者”がいるんじゃないですか?」

「“勇者”は“魔神”と相打ちになりました、です。だから、いまもずるずると戦ってるん、です」


 はぇ…………。


「まだ戦ってるそこを『西方戦線』っていうのよ。常に人手不足だから誰でもOK。名をあげて、有名になりたいやつらが西に向かうの。全部終わったら、そこいくのも有りよ」

「絶対嫌だよ……」


 全部終わったなら、戦いから離れて穏やかな生活がしたいものである。

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