"稀人"殺し
第3-01話 奴隷
「良いですか、メルさん。魔法と言うのは、体内の魔力に意識を向けるところから始まるんです」
「わ、分かってるわよっ!」
「じゃあ、どうして持ってない魔力以上の魔法を使おうとするんです!?」
馬車の荷台からは今日も元気にソフィア先生とメルの声が聞こえてくる。ステラは暑いのか、完全に荷台に伸びてしまっていた。季節は夏間際。そろそろ本格的に暑くなるのだろう。
とは言っても、こっちの世界で夏を味わったことがないからどれくらい暑くなるのかなんて想像もつかないのだが。
「それで、ユツキ……。いつに、なったら、それを……食べるの……?」
俺の前に置かれたのはナノハの“魔核”とアイの“魔核”。どれも純粋な輝きを放ち、俺の前に鎮座している。そう、ステラの言う通り俺はこれを食べると言っておいて数日が経っているのだった。
「いや、不味いんだって……これ……」
「あの、ユツキ君」
「はい? なんですか、先生」
「“魔核”って、食べたら……死にます、です」
「……まあ、俺は“
俺の言葉に、何と返すか顔をしかめるソフィア先生。だが、そこでステラが話の流れを変えた。
「というか……“
「あー、それなぁ……。ソフィア先生は知ってました?」
「知らなかった……ですよぅ」
そうだよな、と。
そもそも“
というか、治癒魔法と治癒ポーションがあるこの世界では人体の構造をきちんと知っている人間がどれくらいの数いるのだろうか? ぶっちゃけこの世界の文明レベルがいまいちよく分からないが、中世か近世くらいはあるのだろう。
いまは医療大国として名をはせている日本だが、江戸時代までは人間の身体がどうなっているのかを正しく知らなかった……というのは有名な話だろう。『解体新書』の元となる『ターヘルアナトミア』が入ってくるまで肺が4つや6つあると思っていた始末である。
そして、それが常識とされていたのだ。
人間の身体をばらさずに
さて、思いっきり話がズレた……。というのも、原因は“魔核”である。俺は飲みたくないのだ。この“魔核”を。
「……料理しても良いかな?」
「“魔核”の……料理……なんて、聞いたこと無い」
「だよなぁ……」
スライムにそう言われてしまえば終わりである。というか、料理したところであの臭みが消えるとは思えない。
「水、あるよな?」
「あるわよ。そこの樽の中に」
ユノが後ろも振り向かずに樽を指さした。俺がいつまでたっても飲まないものだから、愛想をつかして塩対応なのである。辛み。
《ユツキ、嫌がってては始まらないわよ》
(……分かってる)
俺は“魔核”を一つ手に取って、ジョッキ一杯に水を汲んだ。そして、“魔核”を口の中に放り込むと一気に飲み込んだ。どろり、としたヘドロのような感覚が喉の周りに張り付くので無理やり水で流し込む。
……漢方を飲んでる感じだ。不味い。それ以外の感想が出てこないが。
「「えっ!? ほんとに飲んだ!!?」」
こっちを見ていたソフィア先生とメルが揃って声を上げる。仲良しだなァ……なんて感想を抱くよりも先にもう一つの“魔核”を口に放り込む。やっぱり、まずい……。と思って水を口に運んだ瞬間、背骨が急に熱を持ち始めた。
ヤバい、と思った瞬間、そっと天使ちゃんが俺の背中に手を当ててくれた。すると、そこに氷水でも流されたかのように一気に熱が冷めていく。やっぱり、これは天使ちゃんが側にいるときに飲んだ方が良い。
そうに決まってる……。と、思って天使ちゃんの方を向いて、固まった。
(だ、誰……?)
《貴方の天使よ。この下り何回するの》
(い、いやだって……)
そこにいた天使ちゃんはどっからどう見たって、俺と同い年の女の子だった。つん、とした顔がとても綺麗で、吸い込まれるような蒼い瞳。やっぱり来ているダボッとした服は相変わらず、天使ちゃんを包み込む。
背中の白い翼が大きく育って、天使ちゃんの身体をそっと隠している。
…………くっそ美人やんけッ!!!
(……なんで“魔核”を食べたら成長したの?)
《さあ?》
どうやら天使ちゃんにも分からないみたいである。まあ、この世界は色々と良く分からない世界だし、人の“魔核”を食べたら天使ちゃんが成長したという不可思議な現象も
「あ。見えたわよ」
「王都が?」
「そんなわけ無いでしょ。今日泊る街よ」
「ああ、まあ……そうだよな……」
「ここからは行きかう人も多くなるし、より
「……ありがたい話だな」
ぶっちゃけるところ、俺がここまで捕まっていないのはこの世界の情報通信速度の遅さにある。というか、そこ以外にない。ネットワークが交通網くらいしかないこの世界では、情報の通信もそれに伴ったものになる。
また、貴族が領地を治めるという政治の都合上、領地外で起きた事件に関しては情報不足が否めないのだ。だから、人相がバレようと他の領地までその人相が伝わり切らず、俺は逃げ切れる……というわけである。
さて、そういうわけであっさり街に入れた俺たちがするべきことは宿を探すことだ。
しかもそれなりの防犯設備の整った宿となると、そう簡単には決まらない。こう言う時はスマホがとても懐かしく感じてしまう。
そんなこんなで街の中を進んでいると、ひどくすえた臭いが漂って来た。
「……獣か?」
さてはそれの売店か何かだろうか? なんてことを考えて、臭いの方向を辿ると……ひどく汚れた人、だった。
「あれは……」
「奴隷、です。ユツキ君」
そっとソフィア先生が教えてくれた。
普通に道端で売ってるものなんだなぁ、と思いながら道を進んでいると奴隷の中に一際体躯の小さな子供がいるのが見えた。
……子供の奴隷。
珍しいのだろうか? その子以外に他に、奴隷の姿は見受けられない。
馬車がたんたんと進んで行く。そして、売られている奴隷たちの隣を通り抜けた瞬間、俺は子供の奴隷と目が合った。
偶然――――な、わけがない。必然だッ!
俺は慌てて馬車から飛び降りると、子供の奴隷に駆け寄った。
「何だい? その子が欲しいのかい? 旦那」
「……ッ!!」
薄汚い奴隷の少女は驚いた顔で俺を見る。俺も驚いた顔で少女を見つめる。
間違いない、この子は――――。
――――“
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