第2-26話 ルール
「どこに、どこに行きやがった! “星砕き”ッ!!」
「……帰ったよ。あの人は」
血反吐を吐きながら立ち続けるユウに向かって、そっと右手を構えた。これからするのは、天使ちゃんと俺の共同作業。
ハヤトさんと約束した、俺のやるべき
「だから、お前は俺が相手する」
「何が……ッ!」
俺は歩いてユウに近づく。もう、ボロボロだ。生きているのが不思議なのだ。
だから、殺す。命を奪う。
《触れるのよ、ユツキ。貴方の右手で》
(分かってる)
天使ちゃんはそっと俺の隣を飛びながら、優しく教えてくれる。だけど、それが
だから、手を差し出す。
俺の右手がユウの肩に触れる。
「疲れただろ」
「その、魔法は……ッ!?」
ユウが俺の瞳を覗きこんで、狼狽えた。ハヤトさんが助けに来てくれる前と同じだ。ユウは【鑑定】スキルによって、俺の魔法がコレであるということに気が付いていたんだ。
「い、いやっ! 違う。それは、魔法じゃない。のかッ! それは、ルールで……」
「【眠れ】」
がくん、とユウの身体が前のめりになって前に倒れ込んだ。その体から天使ちゃんがそっと魂を取り出すと、空に向かって
死んだ。命を、奪った。
(なあ、天使ちゃん)
《なぁに?》
(俺、初めて見た時に天使ちゃんのことを天使だって分かった理由に気づいたよ)
(そう。良かったわね)
幼馴染に天使ちゃんのことを話した時、それは妖精じゃないかと言われた。だが、俺は不思議と天使だと思った。それ以外の存在は無いと思った。
まったくもって、幼い時の俺は正しかったと言わざるを得ない。命を奪い、空へと還す。それが天使の御業でなくして何なのだ。それが、天使の所業で無くして何なのだ。
だから、俺は行く。
地面に落ちていたシェリーの教師の箒を拾い上げる。
「そう言えば、箒に乗らないといけないってのも変な話だよな」
《何かに乗っているということが大事なんじゃないの?》
「ああ。そうか、なら」
不可能は無いんだと、あの人たちが目の前で教えてくれた。
俺は箒を捨てると、息を吸って飛行魔法を発動した。次の瞬間、わずかに俺の身体が持ちあがると砲弾のように空へ向かって
飛行魔法のトリガーは何かに乗っていること。それが箒であるのは、詰まるところ慣習なのだ。サラリーマンがスーツを着る様に、強制力のある物ではない。ただ、そちらの方が都合が良いというだけ。
だから、飛ぶだけなら箒は必要ない。例えそれが
《ユツキ。どうするの?》
(アイを探す。どうせ、そんなに遠くに行ってないだろう)
確かにハヤトさんはアイを遠くに吹っ飛ばしたが、あれは上に打ち上げただけ。そんな、街外れとまでは飛んでないだろう。……飛んでないはずだ。あんまり自信がないが。
《ユツキ。あそこ》
(……いたな)
天使ちゃんがそっと地面を指さした。そこには、焦った顔で路地を疾走するアイの姿があった。だから、俺はその前に着地する。
「……っ。“星砕き”は?」
「帰ったよ。ユウも、殺した」
通りでは喧噪が流れていく。『産業都市インダスタル』は金と物が集まる物流の拠点。こんなところで騒いでいる男女2人などただの痴情のもつれとしてしか扱われない。誰も他人にそこまで興味が無いのだ。そんなことは、16年間で嫌というほど知らされた。
「アンタも、ここで終わりだ」
「……“星砕き”がいない今、アナタに私のスキルをどうにか出来る方法があるとでも?」
「逆に無いと思っているのか?」
俺はそっとアイに近づく。この往来では、アイも機剣エクスを出すことなど出来ないだろう。それに奴は油断している。俺のスキルでは、俺の魔法ではアイを倒せないと思っている。だから、それがチャンスなのだ。
「当たり前でしょう。現に貴方のスキルでは私に敵わなかった」
「逆に聞いて良いか? “星砕き”はどうやって【無効化】スキルを突破した」
「…………」
アイはそれに黙り込む。言いたくないのか、言えないのか。それともただ単に知らないのか。
「まあ、良いよ。別に言いたくなけりゃあ。俺だってあの人のやり方聞いたところでどうしようもできないし」
いや、マジで。どうやったら人の身体で銃弾を喰らって無傷なのか。普通の人間にスキルも魔法を使わずに建物を半壊することだって出来るわけがないだろう。
俺に出来るのは、闇夜に紛れて命を奪う。それが、俺に向いている戦い方だから。
「そうだ。アイ、教えてやるよ」
俺は歩いていく。天使ちゃんを肩に乗せて。
「俺の魔法は、『絶対』だ」
なるほど。今なら理解できる。これは確かに3つの魔法色のどれにも属さない特殊な魔法。ソフィア先生がこれに気が付くにはあまりに異質すぎるだろう。だから、気が付かない。
俺は手をそっと差し出す。アイに向かって手を伸ばす。
確かにこの魔法は、天使の“祝福”。全てに捨てられた俺が、天使ちゃんからもらった社会への恨み。怒り。妬み。
アイは俺に向かって警戒する様子も見せなかった。【無効化】スキルを使っているから、大丈夫だと思っているのだろう。だが、あいにくとそれは通用しない。ユウが言いかけていたように、俺の魔法は魔法というよりルールに近い。
そう。“この世”の
ぽん、とまるで数年来の友人が再開するかのようにアイの肩に手を置いた。
「【眠れ】」
すとん、と、そんな音が聞こえてきそうなほど簡単に。アイは死んだ。俺はその体を支えると、酔っ払いを解放するかのように路地裏に死体を運び、心臓を引き抜いた。
(行こう。天使ちゃん)
《そうね。次は、王都かしら》
(ああ)
ユウが死んだというニュースは明日にでも、
(そんなことより、今は一刻も早く仲間たちのところに行かないと……)
《ユツキ。前!》
(前?)
なるべく人目につかない場所を行こうと路地裏を走っていると、目の前に見慣れた大きな帽子をかぶった少女がいた。
「ユツキ君……」
「……ソフィア先生」
まだ、いたのか。戻っていなかったのか。
あっけにとられる俺をよそに、先生はさらに続けた。
「ユツキ君、先生は……もう、ユツキ君を止めない……です」
「……はい」
「だから、先生。ついていくことに、しました」
「…………はい?」
「ユツキ君は、先生の生徒、です」
「そうですけど……」
「だから、先生はユツキ君についていくことにしました」
「……いや、ちょっと待ってください。そこの繋がりが良く分かんないです」
……“
「大丈夫、です。先生、学園に、休職願い……出しましたから」
「休職願いって……」
ソフィア先生が微笑む。だが、目が座っている。ヤバい。ガチの眼だ。この人本当に俺についてくる気だ。
「ああ、もう。どうなっても知りませんよ!」
「はい。元より、そのつもり、です」
俺が走り出すと、箒に乗ったまま低空飛行でソフィア先生が着いてきた。
「ちなみにどんな理由で休職願いを出したんですか?」
「産休です」
「…………………」
……どこの世界に11歳の産休願いを受理する人間がいるのだろうか。
俺はそんなことを考えながら、仲間たちのところに走った。新しい、お目付け役を連れて。
To be continued!!!
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