第2-24話 気持ち

 “星砕き”。という、名を持った“稀人まれびと”がいる。


 それは、『大戦』にて皇国に呼び出された兵器の1人。強すぎるがために元の世界からはじき出されたところを、掬い取って手繰り寄せられてこの世界にやってきた1人である。


 『魔神』が呼び出した48の魔帝。それの1体、『磨羯の魔帝カプリヌス』とそれが引きつれた30の魔王とその軍勢をたった1人で撃ち滅ぼしたという英雄である。その時、『磨羯の魔帝カプリヌス』たちが住処すみかとしていた衛星を1つ、撃ち落とした。


 故に、“星砕き”。


 だが、それの話を正直に信じる者は少ない。当たり前だ。たった1人で、魔帝の軍勢に立ち向かっただと? たった1人で星を堕としただと?


 


 いかに荒唐無稽な夢物語を見せてくれる“稀人まれびと”であろうとも、流石にそこまで常識離れしたことを成し遂げた誰が信じるだろうか。


果たして、それが一切の魔法を使わず、スキルと己の肉体だけで成し遂げられたと言われて、誰が信じるだろうか。


 そして、そんな化け物がたった1人の少年を助けるために“稀人まれびと”2人を敵に回すなどと、誰が信じるだろうか。


「“星砕き”ィ!!」


 ステラが吹き飛ばした瓦礫の中から、ユウの手が伸びる。身体を起こす。アイの眼がわずかに光り輝いている。アイがスキルを使ってユウの身体を治したのだ。


「俺、その名前は好きじゃないんだよなぁ」

「ふざけるなァ!!」


 その手には、黒塗りの槍。


「絶死の槍だッ! 受け取れッ!!」


 そして、ユウはその槍に全身の体重を乗せて……投げた。ブンッ! と、唸りをあげて黒塗りの槍が飛んでくる。


「おっと」


 だが、それをいとも簡単にステラが避ける。だが、そこには身体を動かせない俺がいて。


「……っ!」


 まだ身体に力が入らない。動けない。


 ……死ぬ。


「あっぶなぁ!」


 だが、タルタロスがそれを掴んだ。


「バカめッ! 触れたら命を吸い取る絶死の槍だぞッ!」


 ユウが勝ち誇ったようにそう叫ぶ。そして、がくん、とタルタロスの身体が前に倒れる。


「お、おい……」


 俺は慌ててタルタロスちゃんに腕を伸ばす。つい先ほど、治癒ポーションを受け取ったばかりだ。


 ……こんなあっさり死ぬのか?


 俺を助けてくれたこの子が?


 頭の奥底が急に熱くなり、背筋に冷たいものが走る。ただでさえ俺はステラさんに助けてもらったのに。タルタロスちゃんに助けてもらったのに。こんなところで、この子を死なせるのか……っ!?


「あ、この槍はたしかにやべーですね。死にますわ」


 だが、タルタロスちゃんは一歩踏み出して倒れつつあった自分の身体を支えた。


「……え?」

「は?」


 俺とユウの問いかけが重なる。


 いや、だって絶死の槍だって……。


「そ、それは、『冥槍ハデス』だぞッ! 模造品レプリカとはいえ、1人殺すくらいわけないはずだッ!」

「あ、はい。だから、私いま


 ……何を言ってる? いま、死んだ??

 俺のスキルと似たようなものか? それとも不死の能力なのか???


「何驚いた顔してるんですか。魔法もスキルもある世界ですよ? 命を持ってる人間がいたって別に何もおかしくないでしょ? まあ、私は人間じゃないんですけど」


 そう言って、タルタロスちゃんは槍を捨てた。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたまま、黙り込むユウ。


 確かにそう言われたら俺も納得してしまいそうになる。というか、攻撃を無効化したり傷を無効化できる【無効化】スキルや、想像しただけで万物を産み出せる【創造魔法】。あるいは、首を斬られても瞬時に治癒してしまう【理を外れた者アウター】のスキルに比べれば、命がいくつもあることなど児戯に思える。


 いや、思えちゃダメなんだろうけど。


「まー、そういうわけでさ。俺たちにそういう攻撃は効かねえんだ」

「く、クソがッ!!」


 ユウは手の打ちようが無くなったのか、ただそうやって叫ぶだけ。


 いや、叫びたくもなるだろう。アイに攻撃を【無効化】され続けていた時の俺も似たような気持ちになったから良く分かる。


「ユウさん! やりますよッ!!」


 だが、アイは諦めない。


「ユツキさんを、ここで殺さなければ私たちの目的は達成されません!」


 そういってユウのもとに駆け寄る。


「目的?」


 ステラさんが首を傾げる。


「……英雄に、なりたがっているんです! そいつらは!!」

「英雄、ねえ」


 ステラさんの足が地面を蹴る。


「なっても良いもんじゃないけどな」


 ドン! と、音を立ててアイの身体が地面に伏せられていた。


「お前に何が分かるッ!」


 だが、ユウは無駄だと分かっているのに剣を持ってステラさんに襲い掛かった。けれど、ステラさんはそちらを一瞥もしない。その代わりに、タルタロスちゃんがユウを取り押さえた。


「何にも、分かんねぇよ。お前らのことも。ユツキのことも」


 アイを取り押さえたまま、ステラさんがそう言う。


「ただ、ユツキの眼は誰にも救われてないやつの眼だった。だから、助けた」

「ふ、ざけるなぁ!! なら、俺たちはどうなる! 俺たちは救われないままか!!?」


 タルタロスちゃんは見た目からは想像できないほどに怪力のようで、暴れるユウをしっかりと地面に押さえつけている。


「強いお前に何が分かる! 親に見捨てられた子供の気持ちが分かるか!? 腫物に触るかのように、自分の名前が扱われたことがあるのか!!?」


 だが、ユウは叫ぶ。叫び続ける。


「あ? お前らはもうだろ」


 だが、ステラさんはあっさりとそう言った。


「……救われてる?」

「だって、仲間がいるだろ。お前には」

「……っ」

「友人もいるだろ。お前には」

「……それは」

「こっちの世界に来て、どうやら地位も手に入れたみたいだな。それで、これから何を望む? まだ、足りないか??」

「………………」


 その言葉にアイが目を伏せた。ユウは何かを言いたくて、わなわなと震えている。


「だから、もう良いだろ?」


 そうステラさんが言った瞬間、ステラさんの身体がした!


「おわっ! あちちちちちっ!!」

「ちょっ。何やってるんですか! ハ……ステラさん!!」


 だが、俺は何が起きているのかを見ていた。上だ。


 上から、誰かがステラさんを狙撃した。


「……ユウ先生から離れて」


 そこにいたのは、シェリーの教師。

 初めて、俺の適性をテストしてくれた先生だった。


「“聖女”さまから離れろ」


 そして、建物をぐるりと囲むようにして皇国の護衛たちがこちらに杖を構えている。


 ……囲まれたか。


 俺が息を吐く。


「とんでもねえ魔法をぶっ飛ばしやがって、焼かれるのに慣れてなけりゃあ死んでるぞ。俺」


 また意味の分からないことを言ってステラさんが火を消しきれず、未だにくすぶるフードを捨てた。


 それを警戒し続けるアイとユウ。そして、周囲を囲む魔女と護衛たち。誰も俺を見ていない。俺だけがこの世界から浮いている。


 だから、スキルを使う。


 ユツキ――――。


 俺が『暗殺術』を発動するのと同時に、天使ちゃんがそっと俺に耳打ちしてくる。


 ユウの“魔核”を食べなさい――。


 そう言って、地面におちたユウの心臓を指さした。

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