第2-23話 星
地平線のその向こうで、太陽が闇夜に沈んでいく。気が付けば周囲は闇に包まれていた。俺を探す冒険者たちは、俺が見つからないのでしびれを切らしたのか。それとも、夕食の時間なのか。周囲にいた冒険者たちはいつの間にか消えていた。
俺は『暗殺術Lv1』を発動。どぽん、と風景に沈んでいく感覚。街という喧噪に身を委ね、川に流される葉っぱのように、自分の身体をそれに任せる。俺の姿が消える。誰にも見つからない。ぶつかったとしても、誰にも気が付かれない。
会見の元会場、教会の窓の奥からユウが街を見ているのが見えた。だが、俺の姿には気が付いていないようで。
だから、俺はまっすぐ右腕を伸ばして、窓の奥にいるユウに向かって構えた。
「『炎よ』」
どろり、と身体の中の魔力が外に吐き出される。急に喉を絞められたかのように呼吸がしづらくなる。適性がない魔法、使い慣れていない魔法を使うとこうなるらしい。
俺はこの魔法を使い慣れていない。だから、酸欠気味になるのだ。
「『飛べ』」
ぼっ、と産まれた炎の砲弾が放物線を描いてユウに向かって飛んでいく。そして、着弾。
ドォン!!! 激しい爆発音。建物の一部が粉々に砕け散り、ガラスとレンガの破片が空を舞う。
窓際にいたユウは激しい傷を負っただろう。だから、ここが
「……戻ってきたか。ユツキ……ィ!!」
こちらを睨むユウ。見ると、ユウの身体は激しい傷に覆われていた。俺が撃った炎弾による火傷。皮膚はいくつも切り裂かれ、飛び散ったガラスの破片が全身に刺さっていた。
「ここで死ね」
俺がナイフを構える。
不慣れな魔法を使ったせいで頭が揺れるように痛い。だから、魔法は使いたくなかった。だが、あそこまでお膳立てされた状況で魔法を使わないという選択肢がなかったのだ。
「激しい音がしたと思ったら、戻ってきたのですね」
廊下の外から聞こえてくる声。それは間違いなく“聖女”アイのもの。だが、ここまで追い詰められて何が出来るというのか。アイを傷つける手段を現状持ち得てはいないが、ここでユウを殺すことは出来るはずだ。
俺の手がユウの身体に入り込む。『侵魔の
「て、めェ……」
ユウの顔が苦悶に染まる。口から血の泡を吐き出す。だから、俺は心臓を引き抜いた。ぶちぶちと血管が千切れる音が俺の腕から伝わってくる。そして、ユウの心臓を引き脱いた。
「く……そ、が……」
ユウの身体が壁に倒れかかる。次はアイだ。俺は再びの『暗殺術』を発動。だが、風景に溶け込む感触が無ければ自己が希釈される感覚もない。……アイが【無効化】スキルを使ったのだ。
扉が開く。そこにいたのは、白い装束に身を包んだアイ。
「ユウさん? 大丈夫ですか??」
暗闇の中でユウの心臓を手にもったままの俺。そして、その下には大の字になって残り数秒の命を噛みしめているユウがいる。
「
だが、アイはそれを見てそう言った。立てると思っているのだろうか。ただの現実逃避だろうか? そんなことを頭の隅で考えながら、俺はいかにして目の前にいるアイをどう殺すかを考えていた。
だから、ユウが動いたことに気が付かなかった。
ユウは信じられない速度で俺の足首を掴む。その瞬間、アイが生み出した機剣エクスが俺の首を刎ねる。だから、何だというのか。
俺の視界に入ってくる風景が斜めにずれる。俺の首が重力に従って落ちているからだ。だから、俺は目をつむった。そして、目を開けると首は元の位置へと戻る。いや、首が治る。そして、落ちた首は砂のような粒子になって消えて行く。
「そう言えば、そんな能力もありましたね」
「テメエ、2つもスキルを貰ってたのか!?」
ユウが驚いたような声を上げて、俺の足を握る力を強めた。
「これは、
ナイフを抜く。ユウに向かって振り下ろす。頭蓋骨では頭の丸みでナイフが刺さらない。だから俺が狙ったのは延髄。俺の体重と重力が乗った1撃は、しかしゴムのような感触が返って来る。
「アイっ!」
そもそも、おかしいのだ。ユウは心臓を
ユウが俺の足首から手を外すと、地面を蹴って距離を取る。無事だ。普通に動いている。
「不思議そうな顔をしていますね。ユツキさん」
アイがそっとほほ笑む。
「何をしたッ!」
「無かったことにしたんです。ほら、よく子供が後出しでやるでしょう? それは、『効かない』ってやつです」
攻撃の無効化――? 違う、傷の無効化――――。
天使ちゃんの顔が苦しそうに歪む。無茶苦茶だ。傷が無かったことになれば、絶命させなければ絶対に殺せないではないか。そんなゾンビみたいなやつがいてたまるかッ!
ユツキっ――!!!
天使ちゃんの声で、俺は自分の考えから現実世界に引き戻された。目の前には機剣エクス。俺はとっさにナイフで打ち合った。首寸前まで迫った剣を両手の力で押し返す。だが、機剣エクスはそれで止まらず俺の左腕を持って行った。
「クソ……ッ!」
焼けた鉄を押し付けられたような熱。脳が沸騰しそうになる。いつもなら治るはずの腕が再生する気配がない。当たり前だ。アイによってスキルが【無効化】されているのだから。
だが、言い換えれば右腕が残っている。激しい熱で酸欠のような苦しみが一気に晴れた。
そして、残る右腕で魔法を使おうとして……やめる。どうせ“アイ”に無効化される。無効化されるのであれば、ここで何をしても無駄だ。
「手こずらせやがって」
ユウがそう言って光の塊の中から拳銃を取り出して、俺に向けた。
俺はその銃弾の進行上にそっとナイフを乗せて。パァン!! と、音を立ててユウの射撃が俺の右脚に突き刺さった。
「……ッッヅ!!」
脚を抱える。喉の奥から獣のような声が漏れる。
逃げ出せないようにしたのだ。朝のような失敗を繰り返さないために。俺が痛みに呻いていると、機剣エクスが俺の腹を貫いた。腕やら足やら腹やらに穴が開きまくってどこが痛いのかももう分からない。
「形勢逆転だ。ユツキ」
ユウが俺の頭に銃口を突きつける。熱で皮膚が焼けて、わずかに頭部が熱を持った。
「お前、なんのスキル持ってたんだ?」
ユウが俺の顔を蹴り上げる。ユウの瞳と俺の視線が合う。その瞬間、ユウの瞳に不可思議な光が灯って。
「……ッ! お前、これは…………ッ!!」
激しく
「どうしたんですか? ユウさん」
「こいつは……。この、魔法は……!?」
ユウが一歩後ろに下がった。何かを恐れているのか? 馬鹿な。
あのユウが?? 俺を見て
「死ねッ!!!」
ユウは慌てて俺に向かって銃を突き付けて、
引き金を引いた。
「ああ、クソ……っ!」
また駄目だった。天使ちゃんから力を貰ったというのに。ソフィア先生に見逃してもらったのに。シェリーに倒すと約束したのに!
俺はまた、何も出来ずに死ぬ。
……チクショウッ!!!
「あーあ、そんなにボロボロになっちまって」
だが、銃弾は俺には届かない。俺は死んでいない。
だから、目を開く。そこにはたった1人の背中があった。
俺を守ってくれる、男の背中が。
「ようユツキ」
「またお前かッ!!」
ステラ。そう名乗った男が、笑いながらそこに立っていた。ユウがステラさんに向かって引き金を引く。引き続ける。
だが、届かない。銃弾はどれも
「あ、アイッ! スキルを無効化しろッ!」
「し、してます! この人、スキルも魔法も使ってないんですッ!!!」
俺はそれを死に際の幻聴だと思った。
銃弾をスキルも魔法を使わずに防いだ? どうやって??
「避雷針みてぇなもんだ。喰らった衝撃を俺の身体を通して地面に流す。だから、銃弾の威力は0になる」
果たして、それは“
「天から星が降ってくるように、喰らった衝撃を地面に流す技だ。『
「……お前は、誰だッ」
撃っても無駄だと悟ったのか、ユウは銃を捨てて
「
「……ステラ? 嘘をつくな。お前は、“
「おいおい、キラキラネームかも知れないだろ? 人の名前を人種で判断するのはどうかと思うぜ。俺ァ」
そう言って、男が拳を構えた。
それを見てユウも武器を構えるが、その後ろでアイが叫んだ。
「……ステラ、ステラ…………。……ッ! “星砕き”のステラッ!!」
「俺のこと知ってんのか。なら、自己紹介はいらねえな」
「“星砕き”、だと!? まさか。『大戦』の御伽噺だッ! どうしてこんなところにッ!!」
「そりゃお前。
「はいはーい!」
ステラさんがそう声をかけると、
「はい、これを飲んでください」
「これは……?」
差し出されたのはガラスのような透明の容器に入ったピンク色の液体。
「Lv6の治癒ポーションです。身体を癒してくれますよ」
……治癒レベル。というやつだろう。だが、あいにくと俺は
「……“星砕き”。何故、そいつを味方する」
ユウはステラさんをひどく警戒しながら、それでも闇夜の中で銃を生み出して……身構えた。
「何故? 俺は常に不幸な子供の味方だぜ」
「……不幸、だと?」
「見ろよ、こいつを。この眼を。俺は、良く知ってんだよ。家族に受けいれられない苦しみを。自分の人生に1つとして救いがないときの苦しみを」
ユウは黙りこくる。
「誰も助けないんだ。誰も救いの手を差し出さないんだ。だから、
「“星砕き”。お前は……っ」
「その目を見開いて、良く見ておけ」
バッツツツツツツツツ!!!!!
ひとつ、瞬き。
ステラが消えて。ユウが消えた。
そして、瞬き。
ドンンッッッッツツツツツツ!!!!!
激突音。攻撃は【無効化】されているはずなのに、ユウの身体が壁を貫通して、教会そのものから叩きだされる。
そして、拳を構えたままステラさんが息を吐く。
「『星走り』」
ステラさんがアイを向く。
「まるで、
人間を使って教会に大穴を空けたとは思えないほど、すっきりした顔でステラさんがそう言う。
確かにステラさんの言う通りだった。窓から一直線に大きな流星が駆け抜けたかのように大きな穴が開いている。
「だから、『星走り』。ははっ。安直だな」
その顔は、ひどく頼もしかった。
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