第2-21話 足止め

「お世話になりました」


 魔術工房から外に出ると、空は夕焼けで赤く染まり街はわずかに静けさを取り戻していた。ユウは魔術国家マギアロンドに帰っただろうか。いや、帰っていないだろう。アイツは俺が死ぬのを確認するまで絶対に魔術国家マギアロンドに帰ったりはしない。そういう性格のやつだ。


 ステラさんが頭を下げたままの俺を見て、笑う。


「頑張れよ」

「はい」


 俺は背を向けて『暗殺術』を発動。ずずっと世界に溶け込む感覚と共に、俺の気配が世界から消える。そして、地面を蹴って民家の屋根上に飛び上がると、会場を目指して走り始めた。【無効化】能力を持っているアイはまだあそこにいるだろうか。


 しばらくの間、自分の戦い方というものを考えた。


 闇に紛れての暗殺。これまではそれを得意としてきたし、これからもそれだけで戦っていくのだと思っていた。だからスキルもそういう風に成長させてきたし、身のこなしや魔法の使い方だってそういうものだけしか考えていない。


 ユウはともかく、アイには正面戦闘での勝ち目は無い。少なくともした全ての攻撃を無効化するアレに真正面からナイフを持って戦いを挑むのは馬鹿のすることだろう。


 だから、結局アイに対しては暗殺しか無いのだ。


 【無効化】スキルの効果も分からないのに――。


 天使ちゃんが心配そうに言う。俺もそれについては同感だ。あのスキルの効果が、アイが認識した攻撃だけなのか。それとも範囲内に入った攻撃は何でも無効化されるのか。それが分からないままでは、殺したくとも殺しようが無い。


 見えたわよ――。


 俺の肩から離れて高く飛び上がった天使ちゃんが、会場を視界に収めたようだ。俺の足もより速くなる。


 先にどっちを狙うの――?


 ユウだ。


 【無効化】を先にやらなくても大丈夫――?


 ………………。


 大丈夫か、大丈夫じゃないかで聞かれたら大丈夫じゃないだろう。だが、俺が狙う2人では倒せる方から倒しておきたいのだ。だから、先にユウを狙う。最悪なのはあの2人が未だに共にいる状況だが、2人とも立場のある人間だ。流石にこんなに長く一緒にはいないだろう。


 そう考えると、会場にいない可能性もあるのか。


 なら探す手間がかかるな。面倒だ。


 いたわ――。


 どっちが!?


 ユウよ――――。


 天使ちゃんが会場を見たのか、そっと教えてくれた。どうやら神は俺の味方をしてくれたようだ。ユウはまだ会場にいる。


 アイは!?


 ……分からない――――。


 天使ちゃんはそういって目をふせた。もしかしたら隠れているかも知れないな。走りながら屋根の上から降りられるどこかを探していると、街に武装した人間が目立つのに気が付いた。


 これが、俺を狙っている冒険者たちだろうか。俺を捕まえるだけで大金を貰えるのだ。そりゃあ荒事を専門としている冒険者たちは俺を狙うだろう。だが、彼らに見つかる様な俺じゃない。


 適当な路地裏に身体を落とすと、人とぶつからないように注意を払いながら会場に向かっていく。


 ユノたちは待っているでしょうね――。


 ……どうだろうな。


 仲間たちはまだ待ってくれているだろうか? それとも俺はもう死んだと思って、行ってしまっただろうか。


 頭の中はいろんな考えが散らかっていくのに、脚だけは進んで行く。つい数時間前に敗走を喫した会場が再び路地裏からでも見えてきた。とにかく、このまま忍び込もう。欲を言えば建物ごと爆破出来れば万々歳なのだが、今の俺にそんな爆薬を集めてくるだけの伝手も金もない。


 ……クソ。なんで1人ずつじゃねえんだよ。


 今漏らしてもどうしようもないような呟きを心の中で吐き捨てて、俺の足が一歩前に踏み出す。そして、目の前にあった不自然な水たまりに触れた瞬間、俺の身体が水たまりに


「……っ!?」


 どぷん、と音を立てて俺の身体が水たまりの中に落ちると、ばっと目の前に広がったのは水色のパステルカラー。余りに派手派手しい色合いに目を細める。地面の底がないからか、身体が落ちていくのに身を任せる。


 罠か!? もしかいて俺の居場所はユウにバレていた!!?


 地面に落ちたとしても俺は死なない。それを知っているからか、俺はパステルカラーの地面が見えても受け身も取ろうとしなかった。だが、地面に身体が着く寸前にわずかに身体が静止して俺の身体にかかっていた速度は0になると、着地。


 まったくの無傷で地面に降り立った。


「……本当に、ユツキ君なんです、ね」


 頭上から聞こえて来たのは緊張しているのか、ひどく単語を区切った言葉セリフ。その頭脳とは裏腹に、ひどく臆病なその人の声。


 舌ったらずで、臆病で。それでいて、生徒のことをとても大事にしてくれた先生の声。


「……ソフィア先生ッ!」

「……はい、です」


 箒にのった、魔女が俺を見降ろしていた。


「あの、ユツキ君。先生は、どうしてユツキ君がここにいるか……問いません」


 ぎゅっと目をつむって、ソフィア先生は俺の上を箒に乗ったまま飛び続ける。


「だから、戻りましょう。魔術国家マギアロンドに」

「……どうして、先生が……ここに…………っ!」

「先生、信じてます……です。ユツキ君のことを、です」


 それだけでソフィア先生が何の話をしているのかを悟った。先生は俺が狙われていることを知ったのだ。それで、迎えに来てくれた。


「……ユツキ君は、先生の大事な、生徒です。先生は、生徒を守る義務があるんです。だから、ユツキ君」


 先生が俺のことを見ている。


「帰りましょう。ユツキ君」

「……先生」


 ……ソフィア先生はまったく無関係の人だ。ここで巻き込む必要なんてない人だ。


 息を吐く。腰に収めているナイフに手が伸びる。


 ……ソフィア先生は良い人だ。魔法の効果が分からず、魔術国家マギアロンドに来たばかりの俺を11歳という若さであるにも関わらずフォローしてくれた人だ。俺を支えたくれた人だ。


「あの、ユツキ君のアリバイは先生が……作ってあげます、です。今日は、2人で魔法の勉強をしてたことに、しましょう。魔術国家マギアロンドで、私の部屋で。だから、ユツキ君」


 頭が良くて、いじめられていたのに勉強を頑張って魔術国家マギアロンドで憧れの教師になった人だ。良い人なんだ。俺と、関わったらダメな人だったんだ。


「……先生。俺をここから、出してください」

「ユツキ君」

「これは、簡易的な結界……。術者を殺せば、俺はここから解放される。そうでしょう? 先生」

「…………はい」

「俺は、先生と戦いたくありません。だから」


 俺がそう言った瞬間、ブン! と、蜂のようなうなりをあげて、俺の頬を火球が擦過した。その一瞬で焼けた頬から煙が上がる。


「舐めないで、ください……」


 そこには震える手を抑えようと、両手で杖を握ったソフィア先生がいた。


「私は、先生です」

「……知ってます」

の生徒さんは、先生が止めないと、です」

「…………」

「ユツキ君の先生として……先生はあなたをここで、止めます」


 ……これは、困ったことになったな。

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